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自然を引き継いで生かす。盆栽師の使命感。

ヨーロッパを中心に世界各国で、クラブやカフェ、路上などで盆栽のパフォーマンスを開催してきた平尾さん。職人として盆栽を極めながらも、盆栽を通じての文化交流や楽しみを共有する体験作りに挑戦しています。盆栽師になったきっかけや今後の展開についてお話を伺いました。

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自然豊かな環境が盆栽と出会うきっかけをつくった

まず最初にアートに興味を持ったきっかけは?

まあ、何がアートかって子供の時分からないじゃないですか。ただ、なんかカッコいい仕事みたいな。徳島の田舎でどちらかというと情報があまりないような街で生まれ育ったんですけど、その当時だと、美容師とか建築家だとかフォトグラファーっていう言葉が出てきたりとか、そういう時代だったので。なんかこうカッコいい職業みたいなものに憧れは持っていました。ただ気付いたら、高校時代に憧れてた職業に、ほぼ友人が就いてる状態になってて。なにか人と違ったことをしたいなってずっと考えてました。

徳島っていう自然豊かなところで生まれ育ったのと、あとは実家が材木屋さんで木には近い環境下で生まれ育ったっていうのがあったので、ひょんなことから盆栽と出会うきっかけがありました。特に後先考えず、ただ単に面白そうだなと思って始めて。でも絶対、一生これを僕はやりよるんやなと思って。それでこの世界に入っていったという感じです。

なぜ盆栽をやってみたいと思うようになったんですか?

最初は庭師をやりたくて。庭師になりたいって父に相談したら、庭師さんを紹介してくれて。最初その方のところに面接に行ったんです。けど、辞めとけって言われて。庭師なんか君が想像してるような世界じゃないし、すぐに施工管理みたいなことが出来るわけじゃない、穴掘って木埋めるだけやで、みたいなこと言われて。あれ?ちょっとこれどうしようかなと思ったんです。だけど、その面接の後、盆栽を初めて見て、あ、これは面白い世界やなと。で、その日のうちに興味があるという話をして、弟子入りをすることになりました。

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観察と記憶が一番大事

盆栽の修業っていうのはまず何から始めるんですか?

掃除からです。あと最初はとにかく言われたことに従う。ただ、最初は言ってること自体分からないんですよ。教えられても何のことだか分かんなくて。

盆栽って自分で観察して、まず気付くことから始まる。ちょっとした色の変化や、風が吹くとどうなるかとか。あとは、水やりですね。ずっとやってると木の声が分かってくる、じゃないですけど、乾いてる木は手に取らなくても分かるようになる。とにかく観察と記憶がまず第一。テクニックっていうのは頑張れば身につくことなんですけど、まずそこが出来ないと、どんなに腕があって木を改作とかしても、枯らせてしまうんですよ。それを習慣化させて、反射的に出来るようにする。今の弟子たちにも体得まで教えるようにしています。

座学もあるんですか?

土壌の改良や病原菌だとか、そういうものは勉強すれば分かってくる。消毒・殺虫・殺菌は必要なので、知識はもちろん重要ですが、どのタイミングでっていうのは、盆栽って全て形が違うし、樹齢も違うし、鉢の大きさとかも違うので、必ずしも正解がない。やっぱりその統計をとっていって、同じ失敗をしないっていうことが一番重要かなと思います。それが出来るのが記憶力。やっぱり記憶力と観察力っていうのがベースにあって、色んなことを学ぶ。どちらかというと僕は、作っていって良くするより、瀕死の木を復活させる方が好きだったので。攻めより守りの方を大事にしたいって思っています。

盆栽を通じての文化交流

修行後、危機感を感じてスペインへ。それはなぜ?

業界に対しての危機感ですよね。毎年同じことの繰り返しをする。これだけ時代っていうものが大きく変化しているのに全くついていこうとしない。盆栽は変わってはいけないものなんですけど、それを取り巻くものっていうのは、どんどん変わらないといけない。自分勝手なんですよね、みんなが。この業界を良くしようとか、多くの方に盆栽を知ってもらいたいって熱意を持ってる方が少ないと当時は感じました。このまま僕もここにいると視野がどんどん狭くなっていって、ただ盆栽をやってる人になってしまうなと思った。何か新しい刺激が欲しくて、それで海外に挑戦しようと。まあ逃亡ですよね。ぐちゃぐちゃになった頭の中を一回整理したいというか。新しい感覚とかそういうのを取り入れたいなって。

海外で盆栽はどのように親しまれているのですか?

僕の行ったスペインは、ヨーロッパの中でも盆栽人口が多く、盆栽が盛んな国でした。なんと盆栽の博物館もあるんですよ。一番刺激を受けたのは、盆栽そのものというより、それを楽しむ人たちやその楽しみ方です。我々プロは盆栽を芸術って言うんです。だけど愛好家は趣味だと言う。そこのギャップを埋めないといけないなっていうのを一番最初に感じました。あと、向こうの盆栽ワークショップだとお酒飲みながらやってたりするんですよ。なので僕もここでワークショップをする際にはアルコールを出してます。休みの日を使って趣味の一つになるようなものをやりに来てるので、思いっきり楽しんでもらいたいなっていう。海外で「おもてなし」っていう言葉を改めて学んだ気がします。ただ単に買う買わないとかではなく、盆栽を通じて文化交流が出来るという発見が面白かったですね。

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日本に戻るきっかけは?

2015年ぐらいまではずっと海外を回るっていうことをやってたんです。でもとあるイタリアの盆栽屋さんに「海外で盆栽を広げる前にまず日本をなんとかしろ」って言われて。その方はバイヤーで日本によく行って盆栽の買い付けをやってるんですけど、飲みに行った時に、日本の若者が盆栽知らんかったって。そっちの方が問題ちゃうか?っていう話があって確かになっていう。海外に盆栽広げるってもう広まってるし。でも、その中でちゃんとしたことが伝わってないってことにジレンマがあったから、海外で盆栽を広げる活動をしてたと思うんですけど、よくよく考えたら日本が一番大事やなって思って。そこからはちょっと日本をなんとかしないといけないなって風に変わってきたかなとは思います。

海外の活動があったからこそ、日本で展開できたと?

海外を回りながら、クラブやカフェで盆栽作ってみたり、路上でDJと一緒にやったことが、メディアに取り上げられて・・・日本でもパフォーマンスをやらせてもらえるようになったのをきっかけに、本格的に日本での活動を始めました。ずっと日本に居て、この活動が出来たかといったら絶対そうではないと思います。その一方で、変わらないものもある。例えば、盆栽の作り方。これは圧倒的に日本人の方がそういう感性を持っているので。ただ、楽しみ方とか盆栽の位置づけとか、そういったものへの考え方が、新しい軸として加わりました。

自分がワクワクするものを常に作りたい

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どちらかと言うと保守的な業界の中でアグレッシブに活躍されている印象です。

動きやすくなる方が嫌ですけどね。僕って凄い飽き性で。盆栽だけ唯一飽きないんです。でも、自分の中では盆栽のパフォーマンスにちょっと飽きが来ている。需要が出てきた頃に飽きてくるんですよ。やっぱり消費されたくない。追われるように作ると絶対いいものって出来ないので。自分がワクワクするものを常に作りたいと思ってます。盆栽の業者に登壇を頼まれることも増えてきたんですが、僕は元々アンチテーゼをその方々に持って活動してきたので、そこが認めたらあかんやんっていう。なんか逆にちょっと気持ち悪いなっていう感じがあったりします。多分僕のことを認めてるわけじゃない。周りが認めてるから認めざるを得ないみたいな、なんかそんな変な感じ。それがあまり面白くはないなと思います。

風向きが変わったって感じることありますか?

日本で一番最初にパフォーマンスしたのが伊勢丹サロンでのオープニングだったので、そこで一回やれたっていうのが大きな自信になりました。あとは瀬戸内国際芸術祭に出たことも大きかったです。ただ単に盆栽を飾るっていうのではなくて、お金がない中でみんなで一つの家を改装するっていう面白さと、人が癒やされるような空間が出来たこと、あと盆栽というフィールドを超えた体験ができたのも、更に自信になりましたね。今は盆栽がどうのこうのっていうより、盆栽をやってきて培った空間把握だとか形式美っていうものを、空間ディスプレイとか空間デザインの方に生かせれるかもしれへんなっていう、そんな思いもあります。

自然がつくったものを更に良くして次に渡すのが僕の使命

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盆栽師かアーティスト、どちらを名乗るのかというと?

職人ですね。盆栽師です。アーティストって言われるのはなんか嫌ですね。アーティストっていうと0から作り出すんですよ、僕の中では。誰かが育てたものがここにあるだけで、僕が0から作ったわけではないので。ほとんど自然が作ったもの。自然が作ったものを誰かが見つけて、手掛けて、今は僕のところにあるだけなので。それを引き継いで更に良くして、次の人にパスダウンするっていうのが、僕の使命なんですよね。そうなると多分アーティストではないなって。まあアーティストみたいな顔する時もありますけど。

常に挑戦していきたい

今後更に挑戦していきたいことは?

パフォーマンスは常に挑戦していきたいと思ってます。パフォーマンスって同じことは二度と出来ないんです。オブジェだったりなんだったりに、何かしら自分のアイディアとか閃いたものはどんどん入れていきたい。あとはお客様の反応や満足をもっと高めたいっていうのがあります。そこに関しては全く飽きないですね。ただそれに追われたら飽きてきてしまう。あとはやっぱり弟子たちが育つようにしていきたい。弟子を持つって大変なこと。なかなかわかってくれないような部分がありつつも、素直なええ子たちなので。なんとか将来ものになって、僕のマインドを持って世界中に羽ばたいていってもらいたい。そういうのを背中で見せる活動をどんどんしていかなあかんなと思います。

ご自身の作品で好きな作品は?

『真柏(シンパク)』。盆栽は僕が全部惚れたものを買ってるんですけど、こいつにはもうベタ惚れです。本当は『ミヤマビャクシン』っていう植物学上の名前があるんですけど、盆栽に仕立てるのに最も向いている柏だから『真柏』って名前がついたと言われている。他のやつも好きなんですけど、この幹が女性っぽいというか、線の細い感じがとても良い。これでも150年ぐらい経ってますから。ほんまに僕が惚れ込んで買った木です。

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平尾 成志
大学在学中に訪れた東福寺にある重森三玲作・方丈庭園に感銘を受け、日本文化の継承を志し、さいたま市にある加藤蔓青園に弟子入りする。修業に励んだ後、海外へと活動の幅を広げる。各国で盆栽のデモンストレーションやパフォーマンスを行った後、日本の文化である盆栽の美しさとその楽しみ方を幅広い世代に伝えるため、国内でのワークショップや個展開催に力を入れている。
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