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創像工房 in front of.『不埒』

2024/10/27 (日)マチネ@合C

もはや古巣……な、創像工房in front of. の「不埒」を観た。あらすじを読んで、きっと空想的でディストピアな世界観なのだろうと身構えていたが、実際はそんなこともなく、むしろ現実的なテイストで観やすい作品だった。客席よりも低い位置から始まる階段の存在も相まって、日常の延長線のような世界だった。

ただし、物語の設定については、ド フィクション。物語のベースにある「クノム」は、遺伝子を残す価値がある人間にだけ生殖権を付与するいう政策であり、優生思想そのもの。各々の生殖権の有無が定められた社会で、皆粛々と過ごしている。反面、その定めに抗おうとする人もおり、例えば生殖権の無い「トキ」は認定試験を受けて、生殖権の有る彼女「アヤメ」と同じ側へ行こうとするのだが、、、みたいなお話。他にも、クノムの話題から派生して「環境移民」や「アパシー」(←トー横×ヒッピーみたいな集団)等といったサブ的なコンテンツも用意しており、深みと彩りに富んだ舞台設定だと感じた。

こうした設定は、前情報が無くても大体理解することができた(と思う)。外見では生殖権の有無をパッと判断できないのだが、その辺りは、会話内容や立ち居振る舞い、もしくは独白から読み取れるような親切設計になっている。
中には「説明的すぎる」という指摘もあっただろうが、個人的には星空寝落ちした幼少トキの夢語における一節として納得できるかなと思っている。まあ、こういうのは半ば趣味の世界なので何でも良い気もしている。

ところで、脚本家が生み出した設定をより高い解像度で観客に届けるために、この世界の「外圧」をもっと見せて欲しいとも思った。クノムのような政策が民主的に確立されることは稀で、多くの場合、恐怖政治的な強硬策による。となると、某北の国さながら、人々は強制力の中で暮らすことになろう。実際、劇中ではトキとアヤメが監視員的な存在に迫られて慌てて許可証を見せる様な描写があった。仮にこの世界でルールを守らなかったら一体どうなるのか、私は観てみたい。酷な結末が待っていればいるほど、登場人物らの葛藤がドラマチックになるのかもしれない。
(歴史を振り返った上で、現実的なことを考えると、生殖権無しによる子は問答無用でぶち◯す、くらい徹底するのだろうな…)

鑑賞して感じたこと。「不埒」は、脚本家自身がこれまで目にしてきた、数多の社会問題にインスパイアされているのだと強く感じた。比較的分かりやすいところで、トー横、OD、売春、孤児。そのほか、(少し逸れるかもしれないが、)高考のような受験戦争、ウイグル民族迫害、無戸籍等のワードも脳裏をよぎった。いずれも、大小あれど、コミュニティを失ったり、自我を失ったりと、自分らしさを保てなくなることの恐ろしさを訴える様である。そして、人との比較や差別化を通じて弱者を産み得る、人間の負の側面を感じさせる。

でも同時に、人間は、自分らしさを認め合うこともできる。自分らしさを保ち、時に外圧に屈しないような抵抗心を生み出すのも、また人間である。人を救えるのは人だけなのだと、改めて思い知らされた。

暗い世界の中にも、救いの手を差し伸べる明るい星が、少しはある。「不埒」は、人間の表裏を露わにするような、そんな作品だと思った。(終)

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