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Hawaiiへのスタートアップ『小説』
12章
台北松山空港、深夜のドラマ:
夜10時を過ぎた台北松山空港。ハワイアン航空の搭乗時刻23:30まではまだ時間があったけれど、僕らは早めに空港に到着していた。理由は、台湾のメディアが、僕らハワイアン航空の台湾人スタッフを追いかけていたからだ。どうやら、台湾での様子をドキュメンタリーとして撮影するらしい。彼ら自身も、僕らと同じ便でハワイへ向かうという。これはもう、単なる移動ではなく、メディアを巻き込んだ一大イベントの様相を呈していた。まるで、ハリウッド映画のプレミア上映を控えたスターたちのようだった。
空港ターミナルに足を踏み入れると、深夜にもかかわらず、独特の緊張感と熱気が入り混じった空気が漂っていた。高い天井から吊り下げられた巨大な広告看板が、色とりどりの光を放ち、磨き上げられた床に反射している。搭乗客は、思い思いの時間を過ごしている。スマートフォンを操作する人、家族と談笑する人、出発案内のモニターをじっと見つめる人。それぞれの物語が、この空港という舞台で交錯している。
台湾のメディアクルーは、到着するなり、手際よく機材の準備に取り掛かっていた。ENGカメラ(Electronic News Gathering camera)を肩に担ぎ、三脚を素早くセットするカメラマン。ヘッドホンを装着し、音声レベルをチェックする音声担当。ディレクターらしき人物は、スタッフに指示を出しながら、撮影の構図やアングルを確認している。まるで、戦場カメラマンさながらの精悍な表情だ。
彼らの動きは、洗練されていて、無駄がない。まるで、長年培ってきた経験とチームワークが、彼らを動かしているかのようだ。カメラは、まるで生き物のように、被写体を追いかけ、様々な角度から捉えていく。ズームイン、ズームアウト、パン、チルト。カメラワークの一つ一つに、彼らの意図とセンスが込められている。
僕らは、空港内に用意された会議室兼ラウンジに案内された。そこは、喧騒を忘れられる、静かで落ち着いた空間だった。間接照明が優しく室内を照らし、落ち着いた色調のソファーやテーブルが配置されている。窓からは、夜の空港の滑走路が見え、誘導灯の光が幻想的な雰囲気を醸し出している。
ラウンジの一角では、台湾人スタッフの一人が、静かに瞑想していた。目を閉じ、深く呼吸をし、心を落ち着かせているようだ。長時間のフライトに備えているのだろうか。あるいは、メディアに追いかけられるプレッシャーから解放されたいのだろうか。その姿は、都会の喧騒の中で、一時の静寂を求める現代人の姿を象徴しているようだった。
別の場所では、メディアクルーとハワイアン航空のスタッフが、打ち合わせをしていた。ディレクターが、撮影の意図や構成について説明し、スタッフが熱心に耳を傾けている。時折、意見を交わし、笑い声が聞こえてくる。彼らの間には、プロフェッショナルな信頼関係が築かれているようだ。
打ち合わせの合間には、カメラマンが、カメラバッグからレンズを取り出し、丁寧にメンテナンスをしている。レンズを拭き、フィルターを交換し、入念にチェックしている。彼にとって、カメラは単なる道具ではなく、表現のための大切なパートナーなのだろう。
日本のメディアの参戦、そしてハワイへの胎動:
台北での熱狂的なメディアの動きは、瞬く間に日本にも伝わった。この状況に一番慌てていたのは、日本のメディア陣だった。特に、台湾に支局を持つ各社は、このビッグウェーブに乗り遅れまいと、急遽取材体制を整え、台北松山空港の現場に特派員を送り込んできた。彼らの表情は、どこか焦燥感を帯びており、情報戦の最前線に立つジャーナリストの緊張感がひしひしと伝わってきた。
さらに、日本国内のキー局からも、ドキュメンタリーの撮影クルーがハワイに派遣されることが決定した。彼らは、ただの記録映像を撮るために派遣されたのではない。緻密に練られた戦略と、綿密な準備のもと、ハワイという舞台で、今まで見たことのない、革新的で、視聴者の心に深く突き刺さるような映像作品を創造するために送り込まれた精鋭部隊だった。まさに、メディアを巻き込んだ一大スペクタクル、情報と映像のプロフェッショナル同士のプライドをかけた真剣勝負が、幕を開けようとしていた。
今回のドキュメンタリー制作にあたっては、メディアクルーの選定に、並々ならぬ力を注いだ。単に技術力があるだけでなく、映像に対する情熱、斬新なアイデア、そして何よりも「今までとは違うものを作る」という強い意志を持つ人材を求めた。ヒアリングを何度も重ね、過去の作品を徹底的にチェックし、ポートフォリオを隅々まで吟味した。その結果、クールで、スタイリッシュで、それでいて人間の内面に深く迫る映像を撮る、まさに「Aランク」と呼ぶに相応しい精鋭チームを選び抜いた。台湾と日本のメディアクルー、両方に最高の布陣を敷けたことで、僕の期待は最高潮に達していた。
後日、選ばれたカメラマンの一人が、わざわざ挨拶に来てくれた。黒のタートルネックに身を包み、精悍な顔つきをした、いかにもプロフェッショナルという雰囲気の男だった。「この度は、このような貴重な機会を与えていただき、本当に感謝しています。必ず、期待以上の映像をお届けします。」と、深々と頭を下げた。その目は、静かに、しかし確実に燃えていた。その奥には、映像に対する並々ならぬ情熱と、このプロジェクトにかける強い覚悟が宿っているのを感じた。少し目を潤ませているようにも見えたのは、気のせいではなかっただろう。彼にとって、このプロジェクトは単なる仕事ではなく、自身のキャリアを賭けた一大勝負なのだ。
「こちらこそ、最高の映像を期待しています。ハワイでも、最高の瞬間を捉えてください。」と、僕は力強く握手を交わした。彼らとは、これから約1ヶ月、文字通り寝食を共にするほどの濃密な時間を過ごすことになる。ゲラチェック、書店やコンビニ、駅周辺での取材、そしてハワイでのロケ撮影。一つ一つのプロセスを丁寧に積み重ねることで、より深く、より多角的な視点からの取材が可能となり、結果として、視聴者の心に深く響く、他に類を見ないドキュメンタリー作品が生まれると確信していた。これは単なるプロモーション活動ではなく、メディアの最前線で繰り広げられる、プロフェッショナルたちの熱い戦いなのだ。
ハワイへの胎動、そして新たな風:
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台北の熱気を帯びた空気から一転、ハワイに到着すると、そこには全く異なる空気が流れていた。降り立った瞬間に感じる、むっとするような熱気と、甘く香るプルメリアの花の匂い。そして、肌を優しく撫でる、心地よい貿易風。台北の喧騒が嘘のように、ゆったりとした時間が流れている。まさに、楽園と呼ぶにふさわしい場所だ。
ハワイでの撮影は、すでに佳境に入っていた。強い日差しが照りつけ、エメラルドグリーンの海がキラキラと輝く中、プールサイドでは撮影クルーが忙しそうに動き回っていた。椰子の葉が風にそよぎ、サラサラと心地よい音を立てている。遠くから聞こえる波の音と、ウクレレの軽快な音色が混ざり合い、まさに「ハワイのBGM」といった雰囲気を醸し出している。空気は乾燥していて、どこか甘い花の香りが漂っている。台北の空気とは全く違う、まさに「ハワイの匂い」だ。
1ヶ月の追い込み取材、そしてハワイへ:
メディアクルーとの濃密な1ヶ月が始まった。彼らとは文字通り、寝食を共にする生活だった。ゲラチェックでは、細かい表現の一つ一つにまでこだわり、何度も議論を重ねた。書店やコンビニ、駅周辺での取材では、通行人の邪魔にならないように配慮しながら、効果的な映像を撮影していった。時には、予想外のハプニングも起こったが、彼らは臨機応変に対応し、見事に乗り越えていった。彼らのプロフェッショナルな姿勢には、本当に感心させられた。
この本のプロモーションには、様々な仕掛けが用意されていた。読者へのプレゼント企画はもちろん、各ローカルエリアの雑誌や年間紙と連携し、モニターハワイ体験が組み込まれていた。5月から始まるこの一連のプロモーション活動は、雑誌の売り上げを押し上げるだけでなく、SNSでの話題性を高め、大きな反響を呼ぶことが期待されていた。
そんな中、ハワイでは、本のカバー撮影やプロモーションビデオの撮影などが立て込んでいた。連日、早朝から深夜まで撮影が続き、スタッフは疲労の色を隠せない様子だったが、それでも皆、最高の作品を作るために全力を尽くしていた。
ハワイのプールサイド、飛魚と聖子の出会い:
ハワイの強い日差しが照りつける中、プールサイドをランチボックスを手に持った飛魚が歩いていた。心地よい貿易風が吹き抜け、椰子の葉がサラサラと音を立てている。遠くから聞こえる波の音と、ウクレレの軽やかな音色が混ざり合い、まさにハワイアンミュージックがBGMとして流れているようだ。空気は乾燥していて、プルメリアやハイビスカスなどの甘い花の香りが漂っている。
その飛魚を見つけた聖子は、トーキートーキーで優しく声をかけた。「飛魚、もしよかったら、3階まで上がってきてくれない?一緒にランチしない?」と、少し照れくさそうに付け加えた。「もしよかったら、もう1つ私のランチボックスをスタッフキッチンから持ってきてくれないかな?悪いんだけど…」と、申し訳なさそうに付け足した。
飛魚は快くOKし、スタッフキッチンへ向かった。シェフのマックは、飛魚のランチボックスも再度オープンし、ぷりぷりのシュリンプを追加してくれた。さらに、彩り豊かなサラダを2つと、レモン入りのアイスティー(14オンス)を手提げに入れて渡してくれた。マックは、飛魚に温かい笑顔を送った。
聖子のいるゲートは、普段はセキュリティが厳重だが、事前に聖子から連絡が入っていたため、飛魚はスムーズに入ることができた。ドアでインターホンを押すと、すぐにロックが解除され、中に入ることができた。エレベーターの前では、顔認証のチェックが行われ、承認されない限りエレベーターは動かない仕組みになっていた。特に3階は、セキュリティレベルが高く、顔認証が通らなければドアさえ開かない。初めての経験に戸惑いながらも、飛魚は無事に3階の聖子の部屋にたどり着いた。
聖子の部屋は、スタジオタイプで、普段はゲストルームとして使われているらしい。室内は、白を基調としたシンプルな内装で、清潔感にあふれていた。窓からは、青い海と空が広がり、素晴らしい眺めだった。デスクの上には5台のPCが整然と並べられ、それぞれの画面には複雑なデータやグラフ、デザインなどが表示されていた。時折、AIの分析結果を示すアラート音が静かな部屋に響く。聖子は、忙しそうにキーボードを叩きながらも、飛魚に優しく微笑みかけた。
「ランチにしましょう」と、聖子は飛魚をラナイに誘った。ラナイに出ると、目の前に広がるのは息を呑むほど美しい景色だった。ターコイズブルーの海は太陽の光を受けてキラキラと輝き、白い波が穏やかに砂浜に打ち寄せている。遠くにはダイヤモンドヘッドが雄大な姿を見せ、空には白い雲がゆっくりと流れていた。心地よい風が頬を撫で、潮の香りが鼻腔をくすぐる。まさに楽園と呼ぶにふさわしい光景だった。
「ここは本当にいい眺めよね。仕事でなければ、もっとゆっくりできるのに…」と、聖子は少し残念そうに、でもどこか楽しそうに笑った。その表情には、仕事に対する情熱と、忙しい日々の中での一時の安らぎを求める女性の繊細な感情が表れていた。
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