なぜ「笑っていいとも!」に!?

 大学院で知り合った院生にはそれぞれ夢を持って研究活動に邁進している志の強い人がほとんどだ。文学部出身の者、私も含めたリベラルアーツ学部出身の者、他大学出身の者、地方の学校を休職して学び直しを行う者など。大多数の院生は中学・高校の英語教員になるために各々の専門分野を学んでいた。授業でも研究室でも雑談を交えつつ、英語教育について語り合うこともあり、とても良い刺激をもらっていた。
 人見知りが激しかった私でも研究についての情報交換を行うなどして交流を深めることができたことはこの上ない貴重な経験だった。ただ相も変わらず人前で喋ることが億劫である私には、授業でのプレゼンやディスカッションでも自己主張できず、苦痛を感じていた。
 家に帰っても研究や英語学習に身が入らず、途方に暮れる日々を送っていた。

 そんな私に突然、ある機会が訪れた。

 母親と妹がフジテレビ放送のバラエティー番組『笑っていいとも!』の「そっくりさんカーニバル」の出演者募集に応募していた。結果として当選確実になった。

 「なんで私が行かなくてはならんのだ!?」

 すると、母はこう言う。

 「これに行かなきゃ、大学教授になれないよ!」

 実をいうと、私は大学生の頃から英語研究者にロマンを感じていた。そんなことは無謀な夢だと思っていた。小学校時代からろくに勉強しなかった私が大学で教壇に立つなど幻を見ているに過ぎない。だが、英語が好きだった私は研究を続けたい気持ちがあった。大学以外に居場所がなかったと思っていたのだ。
 確かに人前で出る経験に場数を踏んでやらなければ何も変わらない。そう思った私は渋々オーディションを受けることに決めた。

 収録日の朝、山手線新宿駅を降りて、徒歩10分で新宿アルタ前に到着した。駅の近くにそびえ立つ一角のビル。そこにアルタのスタジオがある。当日のオーディションの参加者は40組以上だった。まず第一次審査にてどの有名人のそっくりさんかを現場のスタッフに伝え、フジテレビのディレクターに厳正なる審査を行ってもらった。多数の中から選ばれるのは6組だけ。ディレクターが有名人の特長や物まねのクオリティなどを総合的に判断して選ぶのだ。

 私が扮したのは映画『ハリー・ポッター』シリーズに登場する青年期のハリー・ポッターである。母が髪型と顔が似ているからだと決めたそうだ。黒い丸縁の眼鏡と一本の菜箸を持ち、グレーの長袖シャツと青の長ズボンの姿で臨んだ。ディレクターは「おおお!いいね!!」と言ったような感心した表情で見ていた。結果、6人のうちの1人に選ばれた。
 本番前に番組スタッフからスタジオのルールを伝えられ、リハーサルを行うことを告げられた。「本番ではセットのゾーンから動かないでね。」と言われ、その通りにした。リハーサル終了後、休憩時間に入り、他の出演者が息を整えて静かに出番を待っていた。静寂に包まれた本番前。段々と緊張気味になった。「ここまで来たら逃げるわけにもいくまい。」意を決して平常心を保ちつつ、本番を迎えた。
 5番目に登場するため、刻一刻と時間が近づいてくる。「いよいよか。」と待ちに待ったところだ。

 「さあ、次の方!どうぞ!!」

 「夏のそっくりカーニバル」の司会を担当したのはお笑いタレントの山口智充さん。颯爽と母と妹が登場した。ゲストには森田一義さん(タモリさん)や爆笑問題などの豪華絢爛たるメンバーが揃っている。

 「さあ、お兄さんがそっくりさんだということで、どなたですか!?」

 ジャジャーン。母はフリップを返した。

 「魔法が使えないハリー・ポッター!」

 皆は興味津々のご様子。

 「それでは拝見しましょう。どうぞ!!」

 ジャーンジャーンジャジャジャジャン。登場した瞬間、会場の観客が一斉に笑いが起こり、同時に納得感のある様子だ。

 「おお!なんか似てない!?」

 そんな声がちらほらと聞こえてきた。山口さんは私が持っていた箸を見て、「これは魔法の杖?」と尋ねた。「いえ、ただの箸です。」箸なのか杖なのか見当がつかなかったのか、山口さんは「どっちゃでもええわ!!」と投げやりになりました。その後、続けて「本当に魔法が使えないんですか?」と聞いていた。「やってみましょうか。」と言い、呪文を唱えた。

「エクスペクトパトローナム!!!(Expecto patronum!!!)」

 会場の空気は静寂に包まれた。一瞬でツンドラ地帯に移り変わり、その後にドッと笑いが起こった。当たり前だ。分かっているけど、現実に起こりうるはずがない。まさに羞恥心を感じた瞬間だった。
 訳が分からなくなった山口さんは苦笑いをしながら、「さあ、判定どうぞ!!」」と声を掛けた。
 全員、「思い込み」の札!!

 最後にお辞儀をして出演を終えた。ああ、見事に残念な一幕だった。心の中で確信した瞬間だった。
 番組のステージから降りる際にスタッフから「君はタモリさんたちにおいしくしてもらったんだよ。」と励ましの言葉を貰った。嬉しいのか苦々しいのか、私にはわからない。
 最終的に優勝を決めたのは誰だったのかが忘れたが、無事に収録は終わった。

 アルタのスタジオからの帰り際に母から「ご苦労様。これで良かったじゃない?」と聞かれ、「馬鹿やろう!赤っ恥だよ!!」と言い放ち、顔を赤らめていた。新宿駅のホームに到着すると、通りすがりの男性から「番組を見たよ。似ていて良かったよ。」と声をかけられたとき、少し嬉しい気分になった。

 今となっては、華々しいエンターテインメントの世界の表舞台に立てたことは僥倖の機会だったと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

ハリス・ポーター
ご助言や文章校正をしていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。