メルカリのビジネスモデルはアメリカでどう取られたのか?
メルカリがアメリカ市場で苦戦している。日本のビジネスモデルがそのままアメリカで通用するとは思わないが、ここまで明確に苦戦しているとは思いもしなかった。シェアリングエコノミーの旗手的な企業だけに、一定のインパクトは受ける。
そもそも不用品を個人間取引で利益を上げる文化はアメリカにはない。あったとして、キリスト教の教会で信者同士が子供服などをシェアし合うことはよく見られる。その場合、無料か格安。アメリカの個人間取引は基本的にアンティークなどのオークションが一般的だから、この流れは変えられないのだ。
出典:メルカリ 2020年6月期第1四半期決算説明会資料(PDFファイル)
メルカリの客層がそもそもアメリカの文化に合わない。メルカリアプリを開けば解るが、トイレットペーパーの芯やペットボトルの蓋などアンティークとはかけ離れたモノが流通している。これはもう日本のメルカリにいる客層が子持ちの主婦がメインだと証明している。
アメリカでこのモデルが成功するとしたら、取り扱う商材はやはりアンティーク一択だと思う。また、eBayのような国を超えた取引ができるシステムがあれば、日本からアメリカへアニメグッズやプラモデルなどの商材が発信できたはずだ。メルカリはその市場の規模感を読み間違えたのではないだろうか?
日本発の事業が成功しにくい理由
日本で成功した事業がアメリカやヨーロッパで成功したと言う話をここ最近聞いたことがない。ソニーのウォークマンかCANONのカメラか任天堂のゲーム機あたりではなかろうか?企業の商材は一定の評価を受けるが、サービスを輸出してそのまま成功した事例を見たことがないのだ。
その理由はいくつかあるのだろうが、そもそもシェアリングという意識が日本人にはボランティアの延長線という意識がない(もしくは少ない)。昭和の頃であれば「あら、お醤油が切れちゃった、お隣さんから分けてもらって!」なんて話はあったが、最近ではお隣さんは誰が住んでるのか関心すらない家庭が増えてないだろうか?だからネットの画面の向こう側のの人とのやり取りに暖かさを感じてしまうのかも知れない。
これがアメリカだとちがう。毎週末に教会へお祈りの日曜日がある。なので同じ宗派通し、仲がいい。その仲間意識で今メルカリで売られているような商材がシェアされている。つまりは譲る先が決まっているから、アプリを使ってまで個人間取引は必要ないのだ。
シェアリングエコノミーはアナログ回帰?
ここ最近、やたらと「シェアリングエコノミー」の話題に触れる。日本では黎明期だ!みたいな記事を見かけることもあるが、本当にそうなのか?
先の醤油の話ではないが、以前の近所付き合いがネットの世界に発展して、参加人数がネットにいる人の数になったのだと話をすればわかり易かろう。
ネットの中の人が参加人数なのだから、そのコミュニティーは年齢層も含めて幅が広い。またつながりが希薄であると言える。希薄な人のつながりをどこまで濃くできるのか?がこれからの課題で、シェアリングエコノミーの世界がどう広がるのか面白い。また、アナログ的な回帰だと僕は思う。誰かの特別な体験は素晴らしくアナログチックだと思うのだがどうだろう?