『駆除の覇者』第六話
窮地に立った時に、男ならば誰だって一攫千金を夢見てしまいがちですよね。
成功するか失敗するかはどこで別れるのか、私には分かりませんが、賢く根性がある人間が成功させるのではないかなと思います。
設計通りに上手く進めるのか、成功するまで諦めないのか。これに限る。
この作品では、大切な人を守るために何が出来るのか?
人生の岐路に立った時に、進むのか立ち止まるのか。
命と向き合いながら歩んでいく男のストーリーを一緒に歩んでみてください。
#LimitlessCreations
『共生の道』
幻のイノシシを捕らえた後、山本慎也の名は千葉県だけでなく全国に知れ渡ることとなった。
業界誌や新聞、テレビの特集番組では、彼の偉業を讃える記事やインタビューが次々と取り上げられ、駆除業界の新たなヒーローとして注目を集めた。
「山本さん、あなたのような人が現れてくれて、本当に助かりました」
農協組合の会長をはじめとした多くの地元農家からの感謝の言葉は、慎也の心を温かくし、彼が選んだ道は間違っていなかったことを確信させた。
だが、そんな彼を取り巻く祝福ムードの中で、慎也は一人冷静に考えていた。
「これで、本当に良かったのだろうか?」
確かに幻のイノシシを捕らえたことで、農家たちの生活は守られ、地域の被害も軽減された。
だが、彼の胸の中には、駆除の結果として命を奪うことへの葛藤がまだくすぶっていた。
駆除という名のもとに、多くの命が失われる現状を改善するために、自分には何ができるのだろうか?
そんな彼の前に現れたのは、山内清一郎の娘、山内由美だった。
再会と協力の始まり
山内由美――野生動物管理学を専攻し、野生動物保護活動を行うNPO法人「千葉ワイルドライフセンター」の理事として働く彼女は、慎也が父親である清一郎とともに活動していたころからその動向を注視していた。
由美は大学卒業後、野生動物の生態調査や保護活動を通じて、人間と野生動物の共生を目指した活動を続けていた。
「山本さん、お久しぶりです」
幻のイノシシ捕獲後、慎也が農協のイベントで講演を終えた直後、彼女は控えめに近づいてきた。
大きな目と知的な雰囲気を漂わせた彼女は、慎也のことを冷静に見つめながら話し始めた。
「あなたが駆除したイノシシのこと、私も聞きました。素晴らしい成果です。でも、あのイノシシがどうなったか、知っていますか?」
慎也は一瞬言葉を失った。
イノシシは捕獲後、県の指示のもとで安楽死処置が施され、焼却処分されることになった。
あれだけの知恵と力を持っていた存在が、この世から消え去ってしまったのだ。
だが、それは駆除業者としての「当然の結果」として受け入れるしかなかった。
由美の指摘は、彼がずっと心の奥に隠していた悩みの核を突いてきた。
「もちろん知っています。でも、それが駆除業者としての仕事なんです」
「本当にそうでしょうか?」
由美の瞳はまるで慎也の心を見透かすように鋭く、優しさと同時に確固たる信念が宿っていた。
「あなたがあのイノシシを捕まえたとき、ただ駆除するだけでは終わらせたくないと思ったはずです。違いますか?」
その言葉に慎也は、心の奥深くで何かが崩れる音を感じた。
自分がイノシシを捕らえたとき、確かにその命を無駄にしたくないと思った。
ジビエとして食肉利用したり、地域の産業に役立てる方法を模索したりしてきたのも、その思いからだった。
「じゃあ、どうしろって言うんです? 駆除しないわけにはいかない。それで困るのは農家の人たちです」
慎也の声にはわずかに苛立ちが滲んでいた。
駆除の現場を知らない人間の理想論に聞こえたのだ。
しかし、由美は微笑みながら首を振った。
「駆除は必要です。けれど、駆除だけでは根本的な解決にはなりません。
野生動物と人間の間にはもっとできることがあるはずです。
たとえば、生態調査を通じて、個体数の管理を行うことや、餌場を整備して人里への侵入を防ぐ対策を行うことなど」
彼女は自分がこれまで行ってきた活動の資料を慎也に見せた。
そこには、鹿やイノシシの生息域を把握するためのGPS装置を用いた調査や、獣害を防ぐために人間側が積極的に環境を整備していく施策が詳細に記されていた。
「山本さん、あなたの経験と技術があれば、もっと多くの命を救えるはずです。捕まえるだけじゃない、新しい駆除の形を一緒に模索しませんか?」
慎也は資料を食い入るように見つめた。
駆除の仕事を続ける中で感じていた行き詰まり感。
その先にある道筋が、由美の言葉と資料の中に見えた気がした。
「…わかりました。やってみましょう、由美さん。でも、簡単なことじゃないと思います」
「もちろんです。でも、山本さんがいれば、きっと道は開けます」
由美の笑顔に、慎也は小さく頷いた。
こうして、彼らは新しい取り組みを始めることになった。
新たなプロジェクトの始動
由美との協力のもと、慎也は「千葉駆除と共生プロジェクト」を立ち上げた。
プロジェクトは、捕獲された動物の個体管理や生態調査、地域住民とのワークショップを通じて、野生動物との共生を目指すものだった。
彼らはまず、捕獲したイノシシやシカにGPS装置を取り付け、放獣(リリース)した後の行動を追跡することにした。
これにより、彼らがどのように人里に降りてくるか、どのエリアを縄張りとしているかを詳細に把握し、駆除と保護のバランスを見極めるためのデータを収集していくことが可能となった。
さらに、彼らは地域の農家と協力し、野生動物が侵入しにくい「緩衝地帯」を設ける試みも行った。
耕作放棄地を活用して野生動物の餌場を整備し、農作物に手を出さないよう誘導する。
これにより、農地の被害が減少し、野生動物との接触が最小限に抑えられるようになったのだ。
その成果は次第に目に見える形で現れ始めた。
イノシシの捕獲数が減少し、農作物の被害も徐々に減少。
地域住民たちからは、これまでの駆除活動に比べ、野生動物と共生することへの理解が深まり、感謝の声が多く寄せられるようになった。
「山本さん、本当にありがとうございます。これまでとは違って、野生動物たちを敵としてではなく、共に生きる存在として考えられるようになりました」
慎也はその言葉を聞くたびに、心の奥が温かくなるのを感じていた。
自分が行ってきた駆除は、単に動物を排除するだけではなく、より大きな目的に向かっていたのだと実感できた。
さらなる挑戦
だが、プロジェクトの成功とともに、新たな課題も浮かび上がってきた。
行政や地域社会との調整、資金面での問題、さらにはプロジェクトを維持するための人員確保など。
慎也は日々の業務に追われ、心身共に疲弊していった。
そんなとき、彼を支えたのは由美の存在だった。彼女はプロジェクトの管理運営を率先して引き受け、慎也が駆除の現場に集中できるように尽力してくれた。
二人の間には次第に信頼が生まれ、お互いに欠かせないパートナーとしての関係が築かれていった。
「由美さん、ありがとう。君がいなかったら、俺はきっとここまでやってこれなかった」
「私こそ、山本さんと一緒に活動できて、本当に嬉しいです」
互いの存在を認め合いながら、二人は新たな目標を見据えていた。
それは、地域に「野生動物との共生拠点」を作ること。
ここでは捕獲された動物の一時保護やリハビリ、地域住民への教育、さらには駆除業者や研究者たちの交流を図る場を設ける計画だった。
慎也と由美の挑戦は、単なる駆除から共生へ、さらに「未来を見据えた地域社会の再生」へと続いていく。
彼らは新たな一歩を踏み出し、駆除業界の常識を再び覆すべく、次なる挑戦へと向かっていくのだった――。