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見えない愛の値段 第1話

「タクミの時計」

玲子が彼と初めて会ったのは、代官山のカフェだった。
柔らかな光に包まれた空間の中で、タクミはモデルのような顔立ちと、さわやかな笑顔で彼女に話しかけた。


「玲子さん、会えて嬉しいです。
今日は緊張してますけど、楽しい時間を過ごしたいと思ってます。」

その時点で玲子は、彼が言う「楽しい時間」が何を意味しているのか、薄々わかっていた。
メッセージのやりとりで、彼の興味が彼女の経済力にあることは明白だった。
だが、それでも玲子は、彼の若さと純粋そうな瞳に、わずかばかりの好奇心を抱いていた。

二人はワインを傾けながら、趣味や旅行の話に花を咲かせた。
玲子がイタリアのトスカーナ地方で過ごした夏の思い出を語ると、タクミは目を輝かせてこう言った。

「僕もいつか、そんなところでのんびり過ごしてみたいな。玲子さんみたいな人と一緒だったら、きっと素敵だろうな。」

玲子は小さく笑った。

お世辞だと分かっていても、誰かに必要とされることが嬉しかった。
年齢を重ねるごとに、女性としての自信を失いつつあった自分にとって、タクミの言葉は甘い慰めのようだった。

数週間が経ち、二人は高級ホテルで再会を重ねるようになった。
タクミは玲子のことを「お姉さん」と呼び、時には子どものように甘え、時には情熱的な愛を囁いた。
玲子は彼に惹かれることを恐れながらも、その関係に溺れていった。


そんなある夜、タクミが玲子の胸に顔を埋めたまま、囁くように言った。


「玲子さん、お願いがあるんです。」



玲子の心臓が一瞬止まったような気がした。彼が何を求めているのかを、本能的に理解していた。

「何かしら?」と玲子は優しく問いかける。

「僕、ずっと欲しかった時計があるんです。
仕事で少しでも成功したら、自分のご褒美として買おうって決めてたんですけど…
玲子さんと出会って、僕にはこれからもっと努力しなきゃって思えたんです。だから…
それを見せてほしい。」


玲子は何も言わず、彼の瞳を見つめた。
そこには、真剣さと、ほんの少しの期待が見え隠れしていた。
彼が求めているのは「愛」ではなく、玲子の「価値」を示すものだった。


「いくらの時計なの?」玲子が尋ねると、タクミは嬉しそうに口元を緩めた。


「300万円です。」


それは普通の若者には到底手が届かない金額だったが、玲子にとってはただの一晩の出費にすぎなかった。玲子は微笑みながら頷き、次の日に時計を購入した。

タクミがそれを腕にはめ、嬉しそうに笑う姿を見て、玲子もまた自分の存在意義を確認することができた。

だが、それから彼の態度は次第に変わっていった。メッセージの返信は遅くなり、会いたいと誘っても「仕事が忙しい」と断られることが増えた。

玲子が不安を感じ始めたころ、彼は突然連絡を断ち、姿を消した。

数日後、彼のインスタグラムのアカウントを偶然見つけた玲子は、彼が別の年上女性と腕を組み、楽しそうに笑っている写真を目にした。
玲子のプレゼントした時計を誇らしげに見せながら。

「結局、私もただの通過点だったのね。」

玲子はスマートフォンの画面を閉じ、静かにベッドに横たわった。

タクミに渡した時計の領収書だけが、玲子の引き出しに残されていた。


#Limitless Creations

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