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『駆除の覇者』第二話
窮地に立った時に、男ならば誰だって一攫千金を夢見てしまいがちですよね。
成功するか失敗するかはどこで別れるのか、私には分かりませんが、賢く根性がある人間が成功させるのではないかなと思います。
設計通りに上手く進めるのか、成功するまで諦めないのか。これに限る。
この話では、大切な人を守るために何が出来るのか?
人生の岐路に立った時に、進むのか立ち止まるのか。
命と向き合いながら歩んでいく男のストーリーを一緒に歩んでみてください。
#LimitlessCreations
『最初の一頭』
週末の早朝、山本慎也は軽トラックを運転しながら千葉県北部の農村地帯に向かっていた。
運転席の横には、購入したばかりの狩猟用の罠と、餌となるためにスーパーで買い込んだ米ぬかとサツマイモ。
普段とはまるで違う光景が、慎也の心に微かな不安を呼び起こしていた。
「本当に…俺なんかができるのか?」
心の奥底で囁くその声を振り払うかのように、慎也はハンドルを握る手に力を込めた。
頭の中では研修で学んだ罠の設置方法や、イノシシの生態に関する知識が何度も反芻されていた。
イノシシは用心深く、嗅覚が鋭い。
自分の気配を少しでも感じ取られれば、すぐに逃げ出してしまう。
慎也はそのことを肝に銘じながら、今日の作業を成功させることだけを考えていた。
目的地に到着すると、彼は車を止め、辺りを見渡した。
田畑が広がり、その先に鬱蒼と茂る山々。
冷たい朝の空気が肌を刺し、澄んだ青空に鳥のさえずりが響く。
都会では味わえない静けさの中、慎也はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「こんな場所で、本当にイノシシが捕まるのか?」
実際に目にすると、すべてが現実味を帯びない。
ただのサラリーマンである自分が、野生の獣を捕まえることなどできるのだろうか。
ふと、幼い頃に父親に連れられて来たキャンプの思い出が頭をよぎる。
父親は釣りやキャンプが得意で、川でヤマメを釣ってくれたことを覚えている。
その時も父は、自分のことをこう言っていた。
「いいか、慎也。自然を相手にするには、自分の感覚を信じるんだ。余計なことを考えずに、目の前のことだけに集中するんだぞ」
父親のその言葉を思い出し、慎也は深呼吸をした。
余計なことを考えている暇はない。
自分がやろうとしていることは、家族のため、そして自分の新しい未来のための挑戦なのだ。
慎也は車の荷台から罠を取り出し、山の中へと一歩足を踏み入れた。
研修で教わった通り、イノシシの通り道を探し、罠を仕掛ける場所を慎重に見極めていく。
獣道には獣の足跡や糞が点々と残っているのが見えた。
慎也はその場所に腰を下ろし、罠を組み立て始めた。
罠は金属製の頑丈なもので、イノシシの大きな体重にも耐えられるように設計されている。
大きな丸い輪っか状の罠を獣道に設置し、慎重に地面に固定していく。
その上に土や枯葉をかぶせ、目立たないようにカモフラージュ。
さらに、餌として米ぬかとサツマイモを罠の中心にまく。
これらの匂いに誘われてイノシシが近づき、罠に足を入れれば、輪が締まり捕獲できる仕組みだ。
だが、設置は想像以上に骨の折れる作業だった。
慣れない手つきで罠を組み立て、周囲のカモフラージュを行うのに、慎也は何度も汗をぬぐいながら作業を繰り返した。
山の中は予想以上に傾斜がきつく、足を踏み外せば転落の危険すらある。
木の根に躓き、何度もバランスを崩しながら、それでも慎也は諦めずに罠の設置を続けた。
「よし、これで…大丈夫なはずだ」
最後の仕上げを終えたとき、慎也は腕時計を見た。すでに昼を過ぎていた。
設置作業だけで数時間が経過していたのだ。
全身が汗まみれになり、シャツもズボンも泥だらけ。
普段はスーツ姿でエアコンの効いたオフィスにいる彼にとって、この作業は想像を絶するほどの肉体労働だった。
「これでダメだったら…どうしようもないな」
罠を設置し終えた後、慎也は山を下り、再び軽トラックに乗り込んだ。
捕獲の成否は翌日、罠を確認するまでわからない。
その夜、慎也は家に帰っても落ち着かず、何度も罠の設置場所や手順を思い返していた。
失敗していたらどうしよう、これが無駄になったらどうする?心配ばかりが頭をよぎる。
だが、翌朝、再び山に向かった慎也を待っていたのは、信じられない光景だった。
「…嘘だろ」
罠の場所に近づくと、金属製の輪が地面から大きく浮き上がり、激しく揺れていた。
そこには、見事にイノシシがかかっていたのだ。体長1メートルほどの大きなイノシシが、必死に足をバタつかせ、鼻を鳴らして抵抗している。
その迫力に、慎也は思わず一歩後ずさった。
「これが…イノシシ…?」
実物を目の前にすると、その巨大さと迫力に圧倒された。
罠にかかったとはいえ、鋭い牙と筋肉質の体躯は、少しでも油断すれば反撃されかねない危険性を秘めている。
慎也は冷静さを保とうとしながら、駆除研修で習った捕獲の手順を思い出していた。
まずはイノシシを刺激しないように、ゆっくりと近づくこと。
次に、捕獲用のネットを頭からかぶせ、動きを封じる。
「…よし、やるぞ」
手に汗を握り、慎重に捕獲網を取り出した。
腰が抜けそうな恐怖を押し殺しながら、慎也はゆっくりとイノシシの周囲を囲み、隙を見計らって網を頭からかぶせる。
イノシシは抵抗し、激しく暴れたが、なんとか網を固定し終えると、その動きが次第に落ち着いてきた。
「よし、次は…麻酔銃だ」
慎也は用意していた麻酔銃を取り出し、イノシシの首元に狙いを定めてトリガーを引いた。
パシュッという音とともに、麻酔弾がイノシシの皮膚に刺さる。
数分後、暴れていたイノシシの動きがゆっくりと鈍くなり、やがて大きな体が地面に倒れこんだ。
「…やった…やったぞ!」
慎也はその場に座り込み、深いため息をついた。手足は震え、全身は汗でびしょ濡れ。
だが、心の奥にはこれまで感じたことのない達成感が広がっていた。
サラリーマンとしての生活では決して味わえなかった、充実感と誇り。
自分が一歩を踏み出し、何かを成し遂げたという確かな実感。
「俺だって…やれるんだ」
慎也は心の中で自分にそう言い聞かせた。
こうして、彼の駆除業者としての最初の一歩は、大成功を収めたのだった。
だが、これが彼の長く、険しい道のりの始まりに過ぎないことを、慎也はまだ知らなかった。