『駆除の覇者』第七話
窮地に立った時に、男ならば誰だって一攫千金を夢見てしまいがちですよね。
成功するか失敗するかはどこで別れるのか、私には分かりませんが、賢く根性がある人間が成功させるのではないかなと思います。
設計通りに上手く進めるのか、成功するまで諦めないのか。これに限る。
この作品では、大切な人を守るために何が出来るのか?
人生の岐路に立った時に、進むのか立ち止まるのか。
命と向き合いながら歩んでいく男のストーリーを一緒に歩んでみてください。
#LimitlessCreations
『共生拠点の誕生』
慎也と由美が「千葉駆除と共生プロジェクト」を立ち上げてから半年が経過した頃、プロジェクトは順調に成果を上げつつあった。
GPS装置を用いたイノシシやシカの行動追跡調査、農作物被害を減少させるための「緩衝地帯」の設置といった取り組みは、地域住民の生活を守るだけでなく、彼らと野生動物の共生意識をも育んでいった。
だが、慎也はまだ満足していなかった。
彼の胸の内には、もっと大きな目標があった。
それは、「野生動物と人間の共生拠点」を設立することだった。
駆除の枠を超え、野生動物との共生を図るためには、捕獲した動物たちを一時保護し、彼らが人里に降りてこないよう再教育(リハビリ)を行う場所が必要だった。
さらに、地域住民や行政、駆除業者、研究者たちが一堂に会し、情報を共有し合い、共生の未来を模索できる「拠点」となる施設を作りたいという思いが、彼の中に芽生えていた。
だが、その計画を実現するのは容易なことではなかった。
まず、拠点を設置する場所の選定。
行政や地域住民からの理解を得ること、資金調達の問題――次々と立ちはだかる障壁に、慎也は悩まされ続けた。
日々の駆除業務をこなしながら、プロジェクトを進めることは心身共に消耗する作業であり、次第に慎也の体は悲鳴を上げ始めていた。
「やっぱり無理なのか…?」
深夜、事務所のデスクに積み上げられた書類の山を前に、慎也は頭を抱えた。立ち上げたばかりの駆除と共生プロジェクトは、地元で一定の成果を上げているものの、まだまだ理解が追いついていない地域も多い。
行政のサポートも予算の制約があり、民間からの寄付や支援金に頼らざるを得ない状況が続いていた。
「慎也、無理しないで…」
妻の裕子が心配そうに声をかける。
慎也の顔には深いクマが刻まれ、痩せた頬は苦悩の跡を物語っていた。
会社を辞めて駆除業一本に絞った日々から、さらに多忙な日々が続いている。
駆除作業、プロジェクトの管理、資金調達、地域住民との調整――どれも手を抜くことはできず、慎也は休む間もなく走り続けていた。
「わかってる、裕子。でも、俺にはこの道しかないんだ」
慎也はかすれた声で言い、再び書類に向き直った。
裕子はそんな彼の背中を見つめながら、深いため息をついた。
家族のために駆除業を始め、ここまでたどり着いた慎也が、また新たな壁にぶつかっている。
だが、そんな彼を支えることが、裕子にとっての役割だと理解していた。
「あなたが信じてる道を、私も信じてるわ。だから、あなたの好きなようにやって」
その言葉を聞いた慎也は、わずかに微笑んだ。
「ありがとう、裕子…絶対に諦めないよ」
そんなある日、慎也に転機が訪れる。
実業家との出会い
慎也のもとに一通のメールが届いた。
それは、東京で事業を展開する実業家、木島翔一(きじま しょういち)からのものだった。
木島はかつて山本駆除サービスのジビエブランドの取り組みを知り、興味を持っていた人物だ。
環境保護や地域活性化を掲げる実業家として知られ、これまでにいくつかの自然保護プロジェクトを成功させてきた経験を持っている。
「山本さん、お会いしたいと思っております。ぜひ、あなたのプロジェクトの詳細を聞かせてください」
慎也は半信半疑だった。
木島の名前は新聞や業界誌で何度も目にしていたが、彼ほどの実力者が自分の小さなプロジェクトに興味を持つとは思っていなかった。
だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
慎也は東京の木島のオフィスを訪ね、彼の前に立った。
「お会いできて光栄です、木島さん」
「こちらこそ、山本さん。あなたの活動は以前から拝見していました。非常に興味深いです」
木島は40代半ばの切れ長の目をした男で、威圧感のある雰囲気を漂わせていたが、その口調は柔らかく、どこか人懐っこい印象を与えた。
彼は慎也の活動について、事細かに質問し、熱心に耳を傾けた。
「あなたが目指している『共生拠点』、それは実現可能なアイデアだと思います。
ただ、いくつか問題点もありますね」
木島はプロジェクトの資金計画や運営体制について、次々と厳しい指摘を投げかけてきた。
そのすべてが的を射ており、慎也は冷や汗をかきながらも必死に応えた。
「そうですね。確かに、まだまだ不十分な点は多いです。
ですが、私たちが目指しているのは、単なる駆除の延長ではなく、地域社会全体が野生動物との共生を図るための基盤を作ることなんです」
慎也は目を見開き、木島の目を真っ直ぐに見つめた。
「人間と野生動物の間にある溝を埋めるためには、双方の理解が必要です。
そのための教育の場、情報共有の場、そして命を守り育む場を作りたいんです」
木島はしばらくの間、慎也を見つめていたが、やがて口元に微笑みを浮かべ、静かに言った。
「いいでしょう。私も協力させてもらいます」
「えっ?」
思わず驚きの声を漏らす慎也に、木島は続けた。
「私があなたのプロジェクトに出資します。
そして、このプロジェクトを千葉だけではなく、全国展開できるようにサポートしましょう。
私も環境保護や共生を目指して活動してきましたが、あなたの情熱には心を打たれました」
「…ありがとうございます、木島さん!」
慎也はその場で深々と頭を下げた。
これまで一人で必死に奮闘してきた彼にとって、木島の援助はまさに「天の助け」だった。
木島の協力を得たことで、プロジェクトは一気に加速し、共生拠点の設立に向けて大きな一歩を踏み出すことができた。
共生拠点の完成と新たなスタート
木島の出資を得たことで、慎也と由美は千葉県南部の山中に広大な敷地を購入し、そこに「千葉共生センター」を建設した。
センターは、捕獲された野生動物を一時保護するための施設、野生動物の生態を研究するためのラボ、そして地域住民や研究者、駆除業者が集まるコミュニティスペースを備えた複合施設として設計された。
開所式の日、センターには多くの来賓や地域住民が集まり、慎也は感無量の思いでスピーチを行った。
「ここは、野生動物と人間が共に歩むための新しいステップを踏み出す場所です。
私たちはこれまで駆除の枠を超え、共生を目指して活動してきました。
このセンターが、その理念を形にするための拠点となることを心から願っています」
慎也の言葉に、集まった人々は大きな拍手を送った。
これまでの努力が実を結び、共生拠点はついに現実のものとなったのだ。
次なる挑戦
しかし、慎也にとってこの拠点は「ゴール」ではなく「スタート地点」だった。
捕獲した野生動物の保護活動、地域住民との交流、さらには全国規模での駆除と共生のシステム化――まだまだ彼には挑戦したいことが山積みだった。
その夜、由美と二人、センターの展望デッキに立ちながら、慎也はふと呟いた。
「ここまで来れたのは、君のおかげだよ、由美さん」
「そんなことないです。山本さんの情熱と努力があったからこそ、私はそれをお手伝いしただけです」
月明かりに照らされるセンターの敷地を見下ろしながら、二人は静かに未来を見据えた。
慎也の目には、再び新たな挑戦への炎が宿っていた。
「次は、全国の駆除業者を巻き込んで、大きな共生ネットワークを作る。
日本中の野生動物と人間の関係を変えるんだ」
慎也の決意を聞いた由美は、小さく頷いた。
「ええ、やりましょう。私たちなら、きっとできる」
こうして二人は新たな一歩を踏み出した。
慎也の挑戦は、駆除業界の頂点から「共生の覇者」へと向かう道を進み始めたのだった――。