見えない愛の値段 第4話
『ヨウスケの嘘』
玲子がヨウスケと出会ったのは、知人の紹介がきっかけだった。友人に「真面目で誠実な青年」として紹介されたヨウスケは、27歳で証券会社に勤める若手社員。端正な顔立ちと落ち着いた物腰に、玲子は彼に好印象を抱いた。
「はじめまして、桐島さん。僕、ヨウスケといいます。どうぞよろしくお願いします。」
出会いの場であるレストランで、彼は終始穏やかな笑みを絶やさず、玲子を見つめていた。彼は自分の職場での苦労話や、将来の夢について語りながらも、決して彼女に何かを要求することはなかった。それどころか、食事代も自分が支払おうとし、玲子を「お姉さん」として持ち上げることもなく、一人の対等な女性として接してくれた。
「玲子さん、僕なんかでこんな場所に連れて来てもらうなんて、本当に光栄です。」
そんな言葉を口にする彼に、玲子は心の中でふと警戒心を解いた。普段の彼女ならば、相手が資産や地位を求めて接近してくることに敏感だった。だが、ヨウスケは違った。彼は玲子が資産家の娘であることにも触れず、ただ彼女の「内面」について語り、興味を示してくれた。
「玲子さんって、実はすごく人に気を遣うタイプですよね。お金持ちだからって、もっと自己中心的な人だと思ってました。」
彼の素朴な言葉に、玲子は思わず笑ってしまった。
「私ってそんな風に見える?」
「いえ、逆です。玲子さんは本当に優しい人だって思いました。僕、そういう人に支えられたら、もっと頑張れるのに。」
彼の言葉に、玲子は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。今まで出会ってきた男たちのように、彼もまた「支え」を求めているように聞こえたが、ヨウスケの目には玲子という「人間」が映っているように思えたのだ。
それから二人は頻繁に会うようになった。玲子はヨウスケと過ごす時間を心から楽しみ、彼との会話が日々の癒しとなった。彼が自分の目標について話す時、玲子は彼の夢を応援したいと心の底から思うようになった。
ある日、ヨウスケは玲子を呼び出し、こう切り出した。
「玲子さん、僕、証券会社を辞めて独立しようと思ってます。小さな投資コンサルティング会社を立ち上げたいんです。でも、資金がどうしても足りなくて…。」
玲子の心に嫌な予感がよぎったが、彼が困ったように眉を下げる姿に、またその予感を押し込めた。
「どれくらい足りないの?」
「…500万円。玲子さんには申し訳ないけど、僕の力になってもらえませんか?」
彼の声はかすかに震えていた。玲子は迷ったが、彼を信じたいという思いが勝った。彼ならば、この金額を渡しても、それ以上を求めてくることはないだろう。彼の夢を叶えたいと思った玲子は、翌日その金額を彼の口座に振り込んだ。
だが、その日を境に、ヨウスケは徐々に連絡を絶つようになった。玲子が電話をかけても「忙しい」と答え、会おうと誘っても「今はタイミングが悪い」と拒まれるようになった。玲子は不安に駆られながらも、彼の言葉を信じて待ち続けた。
そしてある日、ヨウスケからの連絡が途絶えた。
玲子はどうしても不安を拭えず、彼のSNSを確認した。すると、そこには見覚えのない女性と共に写る彼の写真があった。二人は楽しそうに腕を組み、リゾート地での休暇を満喫している様子だった。玲子は言葉を失い、その写真をただ見つめ続けた。
「嘘…よね。」
彼は独立などしていなかった。500万円を受け取った後、すぐに会社を辞め、玲子には秘密で付き合っていた恋人と共に海外へと飛び立っていたのだ。
玲子は震える手で彼の写真を閉じ、再び彼に電話をかけた。だが、電話の向こうから聞こえてきたのは、無機質な留守番電話の声だった。
「ヨウスケ、何が欲しかったの?私のお金?それとも…私の心?」
玲子は声を震わせながら、問いかけるように呟いた。しかし、その答えが返ってくることはなかった。
彼の「優しさ」も「誠実さ」も、すべてが作られた嘘だったのだ。玲子は彼のアカウントをブロックし、彼からもらった唯一の名刺を引き出しの奥へと押し込んだ。