沈んだ水面 第四章
『断ち切られた鎖』
まさきは父との関係を断ち切る決意を固めたが、その道のりは想像以上に困難だった。家を出た彼は、これまでの成功や賞金を支えてきた「歪んだ絆」を捨てることで、自分がどれだけその絆に依存していたかを痛感していた。しかし、賞金に取り憑かれた生活から抜け出し、もう一度本当の競艇選手としての道を取り戻すためには、彼には全てを一度捨て去る覚悟が必要だった。
競艇協会に足を運んだまさきは、再び村田理事に会った。まさきの表情はどこか以前の焦りとは異なり、覚悟を決めた強さがあった。
「村田さん、俺はこれから、もう一度自分自身の力で勝ちたいんです」
村田は黙ってまさきを見つめていた。しばらくして、彼は静かにうなずいた。
「お前は過去を捨てられるのか?もう一度、ゼロから始める覚悟があるなら、協会はお前にチャンスをやる」
その言葉にまさきは力強くうなずいた。彼は賞金や名声に囚われず、純粋に競艇選手としての技術を磨き、もう一度トップを目指す覚悟を決めていた。
まさきはこれまでの生活を捨て、再び地道な練習に戻った。A級選手としての名声は一度失われたが、彼にとってそれは重要なことではなかった。まさきはかつての自分が失っていたものを取り戻すために、ひたすら努力を重ねた。父との関係も完全に断ち切り、金に執着しない新しい生活を送り始めた。
そんな中、まさきは新しい仲間と出会った。彼らはB級やC級の選手たちで、まだ名声もなく、ただ自分の力で上を目指そうとする若手選手たちだった。彼らとの交流は、まさきにとって大きな刺激となり、純粋に競技を楽しむ感覚を思い出させてくれた。
「まさきさん、あなたの経験を教えてください!」
若手選手たちは、まさきのA級での経験や技術を聞きたがり、彼に師匠のような尊敬を寄せていた。まさきは彼らに教えることで、改めて競艇選手としての誇りを感じ始めた。そして、それがかつての自分が失っていたものだと気づくことができた。
まさきは次第に小さなレースで勝ち始め、徐々に信頼を取り戻していった。レースに対する感覚も研ぎ澄まされ、かつて賞金に囚われていた頃の自分とは全く異なる新しい自分を感じていた。
「俺は、ようやく本当の意味で競艇選手になれたのかもしれない……」
まさきはレースの終わりにそう呟いた。以前とは違い、勝利そのものが自分にとっての誇りであり、結果としての賞金は二の次だった。
しかし、その成功が再び彼に誘惑をもたらした。
ある日、まさきの前にかつての八百長関係者が再び姿を現した。彼らは、まさきの復活に目をつけ、再び取引を持ちかけてきたのだ。
「まさき、お前が協力してくれれば、もっと大きなレースで勝たせてやる。それに、お前だって賞金が必要だろう?」
その甘い言葉に、まさきは一瞬だけ迷いを見せた。かつてのように、金のためにレースを操る道も、再び彼の前に開かれていた。しかし、まさきは深く息を吐き、冷静に答えた。
「もう俺は、そんなレースには興味がない。俺は自分の力で勝つ、それが俺にとっての誇りだから」
八百長関係者たちは冷たい目でまさきを見つめたが、何も言わずにその場を去っていった。まさきは胸の中に湧き上がる安心感を感じた。彼はついに、歪んだ絆から完全に解放されたのだ。
レースの後、まさきは川沿いを歩きながら、遠くに輝く夕日を見つめていた。水面に映る自分の姿は、かつてのように歪んではいなかった。まさきはその穏やかな景色を見つめながら、これからも自分の道を歩んでいく決意を新たにしていた。
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