果たしておれに批判できるのか、という逡巡

性加害絡みのスキャンダルが報道されるたびに、どうリアクションすればいいか迷ってしまう。

それが許されないことだと、子供でもわかるような倫理観ですぐに判別がつくのはそうなんだけど、果たして自分はそう批判できるほど立派な人間だっただろうかというと、そんなことは全然ないからだ。そりゃあ、嫌がる女性の下着の匂いを執拗に嗅いだりなんてしたことないけど。性的なことであれ何であれ、ただの一度も女性を傷つけたことがないなんてことは口が裂けても言えない。


それに、自分が加害を犯さないという自信があるわけではない。そこに、自信がないというか、これからも注意深く自分を見つめていかないといつ道からはみ出さないとも限らない。自分はそういうやつだと、思っている。そして誰かに謝罪することになったら、いつもネットで批判されているような言い訳がましい焦点のズレた言葉を使ってしまう気がする。だから、声高に批判するのを躊躇してしまう。


でも、セカンドレイプなんてのは論外だよなぁ、ひどいなぁ、と思いながら、報道を眺めてました。いくらホステスさんだからって性的なことされて当然なんて認識がまかり通ってるのはとても怖い。特定の属性の人たちを自分より下に見てもいいという認識で傍若無人にふるまうことを許すのか。社会全体としてそういう認識のままでいいのか。相手も人間だ。金を払っても心まで捨てて働いてるわけじゃないだろう。


被害者の心の傷が癒えますように。充分な謝罪を受けれますように。

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