赤い口紅さえあれば。
トイレで手を洗っていると、白いドレスを着た人が来て、一気にその場が華やいだ。その人が鏡に向かって、色白の顔に真っ赤な赤い口紅をさしている様は、雲の上に大きな薔薇が咲いたようだった。
パーティ会場に戻って、カシスソーダ―を一口。パーティはいつも壁の花。みんなモデルのような人々が、楽しそうに話をしているのを遠くで極力気づかれないように時間が経つのをじっと待つ。でも、その目はいつも、一人の人を追ってしまう。最近転職してきた先輩。背が高くて、スーツの着こなしも恰好良くて、ついつい目で追ってしまう。。。(ええっ、っとどうしよう!目でストーカーし過ぎて、視線を感じられて目が合ってしまった!!!)その先輩がズンズンこちらに向かってやってくる!(キャー!!!!目の保養で見てただけです、とも言えないし、、、今すぐ私の足下に落とし穴を誰か掘って欲しい・・・)
ふっと先輩は私の脇を通り抜け、後光さえさしているとも言える先ほどの白いドレスの女性に話し掛けた。(ああ、、、、分かってる!ワタシなんて視界にすら入ってないのよぉおお、、、)
カシスソーダで濡れた唇を噛み締めた。戦う前に完全にノックアウト。ぽっちゃり目で、着やせテクニックを発揮しても着れるワンピースは限られてるし、化粧もはみ出てるって女友達にも突っ込まれがちなワタシ。着やせ効果を狙って着ている黒のワンピースを着ているワタシはもはや魔女にすら思えてくる。
※
「元気だしなよ!」とポンと肩を叩いたのは、ゲイの友達。「あなた、あたしからしたら羨ましいのよ!折角女体あるってのに、なんでメイクとか頑張らないわけ??残念ながら、持ち前の美しさで勝負以前の問題よねぇ~。メイクも出来ない女なんて何にも出来ないぐうたら娘です!と看板背負って歩いているようなものよ!」
「うえ~~ん。だってぇええ~気付いたら、歯に口紅ついてたり、一日終わったらメイク完全に落ちちゃってるし(どこへ忘れて来たの?)」
「ほら、ちゃんと良く見て!」と言ってそのゲイ友は、ワタシが手に持っていたカシスソーダを指で、トントンと唇を何度か叩いた。東京の夜景に映ったワタシは、涙目と唇が潤ってて、なんだか別人のようだった。(あれっそういえば、ワタシってこんな顔してるんだっけ??自分の顔もしっかり見たこと無かったかも~)
「思い出してよ!昔はプリンセスになりたかったんでしょ?ママの目を盗んでは、こっそり口紅ぬってたんじゃない?分かるわよ、だってあたしだってやってたんだから~。なんか義務感で化粧してるでしょう!もっと美を追求しなさいよ!!!」
確かに、ゲイ友はスーツを着ているけれど、肌が艶々で、物凄く清潔感がある。(見えないのにすね毛も剃ってる~!)「そか、ワタシってば、女であることを大切に出来てなかったわ、、、憧れてた先輩にも話し掛けられない自信の無さを克服しようとなんてしてなかったな・・・自分に自信無い→ジメジメ閉じこもる→余計太って化粧もしない、、という悪のスパイラルにどっぷり浸かった魔女だった~!」
「そうそう!その調子よ!あんた、絵描くの上手いんだから、やる気出せば綺麗になれるわよ!あたしの分まで情熱を注いであげるわ♡赤い口紅は何でも叶えられるのよ。ぬるたびに、ぬるだけで、幸せになっていく。それは魔法なのよ!ほら、塗る時に呟くの『ハッピー!』ってね!」
いつかは綺麗になりたい、と思って三十路を過ぎて、いつまでも妥協の人生を歩んで行くのかとぼんやり思ってたところに、魔法の赤い口紅を塗ってもらって魔法が掛かった。
「女はいつだって、女なのよ!赤い口紅さえあれば♡」
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