オリックス・山本由伸投手のファンになったらテディベアができた話①
突然、このテディベアを完成させたくなったのです
パーツを裁断したきり、バラバラのまま針を置いてしまったのでした。
どうしてもどうしても、ここから先に進めなくなってしまったのです。
記録を掘り起こしたら裁断したのは母を亡くして何年か経った2020年でした。
私のテディベア製作は心境と体調に大きく左右されてしまいます。
母を亡くした喪失感からずっと抜け出せず苦しみがつのっていた時期と重なります。
他愛ないなんでもない暮らしのはなしをしたい。
春になったね、野球が始まったね、勝ったね負けたね。それを母と話したい。もういない。もういないんだ。
「心で会話する」とかお墓の前でしんみり話すとか、確かに多くの方がそうして時をお薬にしてきたのでしょう。
でも私は遺った自分ができる振るまいを考えても行動しても虚しさばかり募り、
ただただ、会いたくて声が聞きたかったのです。絶対に叶わないことなのに。
野球もとんと見なくなりました。
母は針仕事をなりわいにしていました。また同時に趣味としても手仕事を愛していました。わたしも同じです。
針と糸をもてばたいていの辛いことを忘れられて、出来上がったささやかなものを眺めては満たされた空気を吸える。
そんな母娘だったのです。そりゃ、それなりにぶつかり合いもしましたけれど。
* * *
ぽっかり空いた母がいない現実。
どんどんカビ臭くなってゆく生家を片付けて涙、母が縫いあげたパッチワークキルトが出てきては涙。
はぎれをみて涙。使い残りのダルマ糸をみてはひっそりと泣く。
それでも
「手仕事をしていれば落ち着ける、小さなテディベアを縫ったら和めるかもしれない」
と淡い期待をもって、もはや正気を保つためといってもよいくらい辛かった私はチョキチョキとモヘアを切り出したのでした。でも前に進めなかったのです。
パーツを切り出し、縫い代部分の毛を刈り取った画像が残っていました
* * *
トレイに放置していた素材が、ふと目にとまりました。
「あ、縫いたいな」
とおもいました。
そういえばこのところ野球中継をみるようになっていました。
気づいたらぐんぐん縫い進んでいました。
足底や足首など細かい部分は、表返ししたときに縫い代がゴロつかないよう縫ったあとに余分な縫い代をカットします。
ペールブルー×白のパンダベアです。
わくわくする心が戻ってきたと実感しました。同時に炭火の"おり"になっていたものがテディベア作家の炎として火を吹き出しました。
ガラスの目は、トパーズ色かダークブルーかで迷い中。
引き出しの中のグラスアイも経年劣化で割れていたりと、いかに私が製作から遠ざかっていたかを感じます
鼻を刺繍します
刺繍糸の太さと色を吟味しビーワックスというロウで糸をしごきます。
糸をうす紙に挟み、軽く熱を加えるとロウが糸に染み込み 糸が丈夫になります
お目目はダークブルーに決定!
直径9mmのガラスの目はもう生産されていない、残念至極。
8mmを使います
目にスエードを当てて目のふりどりを兼ね、メイクの理論でアイを大きく見せる
突然気付きました。人懐っこい笑顔に、何か「お生(なま)ちゃん」(生意気なこと)を言いたげな瞳。
誰かに似てる?
あ、この子オリックスバファローズのエース、山本由伸くんに似てるんだ!と思いました。
と同時に母に時折り
「お生ちゃん」
とたしなめられていたことも。
テディベア作りでよく謂れていることは、ベアの顔は作者の心情が現れると。または作者本人や子供、好きな人に似るとも。
由伸選手の毒舌が面白いなーと思ったり、針の穴を突くような正確なピッチングに惚れ惚れしながら観戦しているうちに
由伸くんに夢中になっちゃったみたいです。
そうか私山本由伸選手のファンになったのか…私の心の表現は、やっぱり針仕事、やっぱりテディベアだったのね。
そして、喪失感が埋まってきて元気を取り戻すことができてるのかもしれない…と自分の変化に気づきました。