![抽象画80](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9042791/rectangle_large_type_2_37a28092c7e4940dbe5c5821f32b682b.jpg?width=1200)
森の鳴く鳥
人物
佐倉春生 (20)
夏野海 (20)
○紫蘭(しらん)駅・ホーム(夕)
うっそうとした森を切り分けて敷かれた線路
その先にある無人駅
佐倉春生(20)と夏野海(20)が駅のホームで少し距離を空けて立つ
海「どこやねんここ」
朽ち果てる寸前のコンクリートの隙間から雑草が力強くのび、行き先が書かれた駅名標はツタとコケに覆われかろうじて駅名が見える。
時刻表は上り下りとも一本ずつで、土日は運休と書かれている。
春生「なんで関西弁?」
海「関西弁ちゃうし。大阪弁やし」
春生「じゃなくて。海ちゃん関東人じゃん」
海「つーか春生は九州人でしょ?」
春生「まぁ、でももう関東が長いし、関東人でしょ」
海「いやどうでもいいし、出身地とか。マジどこ?ここ」
春生「アハハハハ」
海「え?なに?なんかおかしいこと言った?」
春生「いやいや、駅名、ウケる」
駅名標には「紫蘭(しらん)駅」と書かれている。
春生「紫蘭知っとる?紫蘭知らん。いや知っとるやんっつって。アハハハハ」
海、春生を睨んで、
海「は?マジなに言ってんの?」
春生「いやまぁ、あれだね。寒くない?大丈夫?」
海「寒いしお腹も減ってるけど!そんなことよりこんななんにもないところで降りてどうすんの!って話をしてんの!つーかなんでこんなところで降りたわけ!?」
春生、カバンをゴソゴソしながら、
春生「まぁ過ぎたことをここで取り上げてもなにも解決すまい。あ、グミ食べる?ちょっと酸っぱい系のやつだけど、結構気に入ってるんだよね~。あ、海ちゃんってもしかしてソフキャン派?」
海「ソフキャンってなに?」
春生「ソフトキャンディーよ。グミ派かソフキャン派か、どっち!?」
海「ってかそれ、対立してる?」
春生「同じ引き出しに入ってるでしょ。あ、先に言っとくけどソフキャン派でもボク今ソフキャン持ってませんからね~」
海「はよグミよこせや」
春生「はいどうぞ~」
海豪快にグミを頬張る。
海「あー!そうだ!諸岡先輩車じゃん!迎えにきてもらえばいいんだー!もう私のばかばか!」
といってスマホを取り出す海。
海「デンパー!だよねー!圏外に決まってるしー!」
ヘタリ込む海。
春生「あ、ボク、トランシーバー持ってるよ」
海「え!マジ!?」
春生の方を勢いよく向く海。
春生「うっそー。持ってるわけないじゃーん」
海がスッと立ち上がって周りを見渡し、ツタを引きちぎって春生にムチのように叩きだす。
春生「いたいいたい!ごめんごめん!」
と、森の奥の方からガサガサと動く音と、「キエエ!」と動物の鳴き声のようなものが響く。
春生、海「ぎゃああああ!」
春生、海の後ろに隠れる。
海「ちょっとあんた!なに隠れてんのよ!男でしょ!」
春生「海ちゃん武器持ってんじゃん!やっつけてよほら!」
身構える春生と海。
再び静寂に戻る。
遠くで鳥の鳴き声がする。
春生「もう大丈夫みたいね」
海「うう・・・」
春生「ん?え?どうしたの?」
海、ツタを引っ張って引きちぎりながら、
海「もうやだ。なんであんたなんかとこんなところで二人っきりなのよ。あんたじゃなくて諸岡先輩にならよかったのに」
春生「あれ?海ちゃん諸岡先輩にフラれたんじゃなかったっけ?」
海、さらに近くに生えてるツタを引きちぎって、
海「フラれたけど私は諦めてないの!っていうかなんであんた知ってんのよ!」
春生「まぁ先輩結構遊んでるの有名だしな」
海「知ってるし!知ってるけど知らないフリしてるだけだし!」
春生「そんないいもんかね」
海「わかんないわよ。あんたなんかに」
春生「じゃあオレと付き合う?」
海、ツタを引きちぎる手を止め春生を見る。
海「は?」
春生「よく言うじゃん?こういう危険な目に一緒に遭って、それ乗り越えたら恋が芽生える、釣鐘効果ってやつ?」
海「吊り橋でしょ。鐘2人でついてどうすんのよ」
と、線路の先からゴトンゴトンと電車の音が聞こえてくる。
海「え?」
春生「お?」
電車が見えてくる。
春生「おおー!やったー!」
海「生きて帰れるー!」
手を振る春生と海。その横を猛スピードで通り過ぎる特急電車。
風が海の髪をかき上げ、あっけに取られた顔を叩く。
電車の音が遠くなっていく。
海「終わった・・・」
春生「そして恋が始まった・・・」
ムチのしなる音と春生の悲鳴が日が落ちていく森に響き渡る。
× × ×
暗闇に包まれた駅ホーム
スマホの明かりを中心に春生と海が寄り添って座っている。
少し震えている海。
鳥の鳴き声が少し離れたところで聞こえる。
春生「お、キジバト」
海「え?わかるの?」
春生「あ、うん、結構好きでさ。さっきはオオルリも鳴いてた」
海「へ~ほんとかなぁ。さっきはあんなにびびってたのに~」
春生「へへっ」
海「もしかしてわざと?」
春生「さあね」
静まり返る森
海「このままずーっとここで生活しなきゃいけなくなったら私死んじゃうかもな」
春生「そうか?なんとかなるだろ」
海「計画性と貯蓄の無い男は嫌い」
春生「いや、違うな。なんとかしていくもんだな。どんなことがあっても」
海、春生を見る。
スマホの明かりで少しだけ表情がわかる。
手が触れ合う。
海「でも、1人はもっと大嫌い」
2人の顔が近づいていく。
と、森の奥からガサガサと動く音。
春生と海、音のしたほうを向いて身構える。春生の後ろに隠れる海。
音が大きくなってくる。
春生「離れるな」
海「うん」
パッと光が春生と海を照らす。
村人「おお、遅くなってすまんな」
春生「え?」
村人「電車の運転手さんから紫蘭駅に置き去りの客がおるって連絡がきてね。年に1人2人おるんよ」
安堵する春生と海。
海「よかった」
涙をこらえる海。
春生、海の方を向いて、
春生「ま、オレはもう少しこのままでもよかったけどね」
海「ばか」
村人「まあええ思い出になったなぁ。ちなみに紫蘭の花言葉は『変わらぬ愛』『あなたを忘れない』だ。誰も知らん紫蘭駅。それでも忘れないでってね」
顔を見合わせ笑う春生と海。
村人「まあほんとクマに食われんでよかったなぁ。この辺はよけー出るからな~。生きててよかったよかった」
一瞬にして青ざめる春生と海。
春生、海「よかった~」
終わり