聴いた音楽で内面が変わるのか、内面が変わったから聴く音楽が変わるのか
テレビとか、ラジオとか、ネット上とか、
色んなところで新しい音楽と出会うけど
昔は聞かなかったなあ、苦手だな、と思うようなジャンルでも、「この曲いいな!」って感じたりすることがある
それは音楽側の魅力によって自分の内面が変わる故か
それともその時の自分の内面の変化がちょうどその音楽を受けとれる状態だったからなのか
音楽が自分を変えるのか
自分が変わったから聴く音楽が変わるのか
いつもどっちの影響が強いんだろうとか考えたりする
どっちもだよって言われたらそうなんだろうね、とも思うのだけれど
個人的には「自分の内面の変化がちょうどその音楽を受けとれる状態だった」の方がしっくりくるケースが多い
心がニュートラルな状態、元気な状態の時はあまり感じない
その状態であれば、ただ自分の趣向のみで享受できる
でも例えば、生きているのが辛いという状態の時に、ポップで明るくて元気がでそうな曲を聴いても
どうしても心に刺さらない
むしろ聴いていられない
暗い曲調の方が心にマッチする気がする
音楽は寄り添うものであって、気分を変えてくれるものではないよなと思ったりする
さらに深堀ると、心にマッチしたのは歌詞の力なのか
これはどっちもだなと思うけど
歌詞の力で響くときは結構心の状態と歌詞がピンポイントで合わさる時だなあと思う
歌詞があるものを「歌モノ」、歌詞がないもの(歌詞というより音の1つとしてボーカルが乗っかっているものを含む)を「音モノ」とすると
歌モノ:他人の感情に共感する→自分の内面と照らし合わせる
音モノ:自分の内面を拡張する
みたいなイメージがある
なので歌モノが響く時は、曲調を歌詞が上回る時がある
暗い気分の時も、明るめの曲だが歌詞がマッチすれば沁みる時がある
恋していてウキウキしている時に、暗めの曲でも歌詞がマッチしていれば「その気持ちわかる!」ってなる
もちろん音楽そのものもいいんだけど、歌詞を際立たせるためのオプションかの如く感じてしまう時がある
その分その時の心情とマッチしうる歌詞と出会うのは個人的には難しいなあと思うけど
マッチするものは本当にいつもお世話になってます!という思いでいっぱいだ
色んなものに共感しにくい人間にとっては特にありがたい存在に感じる
一方で、音モノは好きなジャンル、その時に合った曲調であればあるほど自分の内面を拡張してくれるイメージがある
楽しい気分だったら、自分の内面と一緒にアガれる場を設けてくれる感じがするし
落ちている時だったら、その時の心情の自分と対面する場を設けてくれる気がする
対面した結果、悩みを和らげてくれることもあるし、悪い想いも良い想いも膨らませることもある
どちらにせよ自分を客観視できるその時間は
その時の自分には必要な時間だったんだろうなと感じるし
対面することで、モヤモヤした気分とかをその場に収めてくれる
いいことがあった時も、辛い気持ちになった時も、いつも誰かがいてくれるわけではないから
そんな時に寄り添ってくれる音楽の存在はありがたい
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