虹色戦争~2~
彼は走る。
再び戦いを繰り広げるために。剣を握り、敵を薙ぎ払い、お互いに殺しあう毎日を繰り広げる。
それぞれの兵士たちに名前など存在しない。代わりにあるのは肩書のみ。
ここは作られたシナリオのような世界。名前なんて最初から存在なんかしない。
剣を振るいぶつかり合う赤の兵士と黄金の兵士。木の上から弓を射る緑の弓使い。魔法を唱える青の魔法使い。そんな彼らの間に張り込んできたのは、黒の召喚士。魔術を唱え、呼び寄せた頭蓋骨の化け物を使って敵を薙ぎ払う。敵はいとも容易くつぶされ、大地はあっという間に彼の黒い大地に変えられた。何もなくなったのを確認して、彼は再び馬を走らせる。
彼は戦う。戦うために生きている。自分たちの領地を広げるために、戦いを続けるのだと、信じていた。
同じように敵陣に突っ込み、斬り捨て、薙ぎ払う。
黒の召喚士と呼ばれた彼は淡々と他者を殺していく。
その光景が恐ろしいなど誰も思わない。死ぬのは当たり前。戦っているのだから。死を恐れてはならない。これは、全ての兵士たち共通の言葉でもあった。
黒の召喚士は、ある場所へとたどり着いた。
目の前は白い靄が広がっている。
ここは、「白の王」の領域らしい。
らしい。誰も分からない。
この国が国として存在しているのか。
兵士の姿も、王の姿も、誰も見たことがないのだから。
この境界線を越えて靄の中に入ろうとするものは誰もいなかった。
この空間には誰も入れない。入ってはいけない。そんな暗黙の了解がすべての者たちにあったのだ。
何故なんて、また聞くことでもなかった。
黒の召喚士は白い靄に背を向けて再び走り出す。
次に仕留めるのは、青の大地に出てきている「青の王」だ。
「青の王」は美しい青年の姿をした若い王だった。
彼は水と氷を操り、他国の兵士たちを薙ぎ払っていた。
黒の召喚士も彼に挑もうと剣を抜く。そして、その「青の王」に向けて獣を差し出したが、「青の王」はそんな弱きモノではない。
青い目で召喚士を見た後、こう囁いた。
「愚かな召喚士。王に立てつくとは何事か」
氷の槍が召喚士の身体を貫いた。数は三本。黒い血を口から吐き、苦しそうにそこから走り出す。
「青の王」は珍しそうにつぶやいた。
「おや、逃げるなんて、珍しい個体もいるものだ」
追いかけもせず、見送りながら「青の王」はその場を離れる。
召喚士は足を引きずり、血を吐きながら逃げていく。しかし、身体は限界を超えた。地面に倒れ込み、血を黒く染め、段々と青くなっていく。
ああ、死ぬのか。それだけ考えながら彼は目を閉じようとした。
だが、それは一つの声で起こされる。
「大丈夫?」
目を上げると、そこには金色の髪をした美しい少女いた。
驚いた。兵士ではない者がいる。剣を掴もうとしても身体はもう動かない。このまま死ぬのだろうとおもっていた。
再び目を閉じ、死を受け入れようとしていると、傷ついた腕を少女が手を取った。
「酷い怪我、私が治してあげるね」
そう言って彼女は何かを呟いた。違う。歌い始めたのだ。
優しい囁きのような、優しい子守歌のような、温かい光のような力が、傷ついた身体を癒していく。
ああ、これはなんだ。一体何が起きているんだ。再び目が覚め、身体を起こした時には身体はすっかり癒えている。
召喚士は彼女に問いかけた。
「お前は誰なんだ?」
少女は歌と同じような優しい顔で答える。
「私は、ただの通りすがりの子だよ」
それから彼女は自分のことに関して話してくれた。
「私はね、ここから離れた白い大地から来たの」
「白の大地にはね、お母さまがいるの」
「お母さまにここへ来てはダメと言われたけど、どうしても気になってしまった」
「でも、ここへ来てよかった。あなたがもう少しで死んでしまうところだった」
「ここへ来たのは、きっとあなたを助けるためだったのね」
ああ、なんだこの胸の高鳴りは。
何故こんなにも動機がする?なぜこんなに苦しいんだ?
傷は彼女のお陰で癒え、すっかり動けるのに、この心を締め付け、高ぶらせるものはなんだろうか?
「お前は、俺を助けたのか?」
「そうよ。当然じゃない。何故そんな事を言うの?」
「俺は、戦う道具だ。戦うために生き、戦うために死ぬんだ。だから、お前の言葉が理解できない」
「そんな事を言っちゃだめ。いい?生きるということはとても大変なことだけど、とても素敵なことなのよ」
そう言いながら、彼女は再び歌いだす。
「生きとし生けるもの、全ては神の思うままかもしれない。
けれど、私は生きることを、幸せなことだと思う。
何故、それは、こんなにも幸せに、歌えるのだから。
あなたにも、教えてあげる。幸せの方法を」
「明日も会える?」
「あした?」
「そう、明日!お日様が落ちて夜が来て、またお日様が顔を覗かせたら明日が来るの!会える?」
「………会える、と思う」
「じゃあ約束!ここで会いましょう!」
「あ。おい!待て!」
それだけ言い残し、彼女は森の奥へと消えていった。
何か言えてないと、感じたのは彼女がそこから去った後のことだった。
召喚士はそれかた立ち尽くしたまま。
何かを締め付けられる思いを抱きながら再び馬に跨り、祖国へと戻っていった。
彼女は、一体……。