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小説(SS)【被虐の愛】
「お前が好きだよ」
軽薄を絵に描いたような男が囁いた。美しい双眸が蕩けるように細まる、熱が籠もった視線は胸焼けを起こさせた。美代子は口を閉ざして、相手を観察する。人形のように整った恐ろしい顔が微笑むが、ときめきなど皆無であった。
足下一面に咲く桃色の花から漂う甘ったるい香りが、思考を鈍らせる。今、この瞬間がロマンチックであると錯覚させられる。間違いだと、頭を振った。
「軽い」
「何が?」
男の腕が伸びて、腰に回る。抱き寄せる彼に抵抗はせず、ただ静かに見つめ返した。太陽の光を浴びて煌めく姿は眩しい。
「言葉が」
好きという言葉は、本来であれば特別なはずである。特に恋情などを含ませるならば覚悟が必要だ。何度も、何度も繰り返されれば価値は下がっていく。
普通の女ならば喜んでいたかもしれない。しかし美代子は狂っていた、どこまでも純真に可笑しい人間の部類であった。
重いのが、愛おしいのだ。
美代子が他の人間と話すならば、喉を切り裂いてほしい。
美代子が他の人に触れたならば、腕を切り落としてほしい。
美代子が他の誰かに会いにいくならば、足を切り刻んでほしい。
愚かだ。猟奇的でどこまでも狂った願いを、彼に伝えるつもりはない。
浮気しようとも勝手にすれば良い。だが美代子の汚らわしい願望に怯え、離れるのだけは避けたかった。
目の前から去るなど認められない。
「束縛されたいのか?」
少々外れているが間違いでもない。鈍感にしては珍しい。瞬きもせず、無言で肯定すれば男は楽しげに喉を鳴らした。忍ぶように、耐えるように。
「馬鹿だなぁ。早く言ってくれればいいのに」
するりとかさついた指が頬を撫で、顔のラインを辿る。行き着いた唇をふに、と指の腹で軽く押した。緩く開ければ滑り込んで、卑猥な音を立てながら舌を弄んでいく。体に熱を灯すかのような動きに、自然と息が荒くなれば、彼が目を細めた。
欲に濡れた瞳に、美代子は、ぞくりと粟立った。
「我慢してた俺が、馬鹿みたいじゃん」
口の端をつり上げ、歪んだ笑みを浮かべる。自分の痴態に欲情しているのだと一目で分かり、美代子は悦びに声を上げた。