昔物語 マッチ売りの少女
「マッチはいかがですか?」
「ライターをなくしても、カバンに入ってたらタバコが吸えますよ。
気分が暗くなった時、炎を見てホッとしませんか?」
「引火するものに燃えたマッチを近づけると、大きな炎も楽しめてアシがつきにくいマッチはいかがですか?」
「人気の商品で、残りあとわずかとなって参りました。
あと5名様で売り切れとなります。
お早いお求めをお勧めします。
ギンギラギンににさりげないマッチはいかがでしょうか?」
歳の瀬も押し迫った12月の凍えるような寒さの中、少女は街角でマッチを売っていた。
師走の忙しい人々は少女のか細い声には足を止めず、無情に通り過ぎて行く。
そのうちに夜は更けて人通りは途絶えてしまった。
お金を稼いで帰らないと、今夜食べるものもない。
昨年末に20数年間食べなかった馬刺しを食べてしまったくいしんぼうの少女は、競馬の神にも見放され、年末のGⅠレースも一つもかすっていなかった。
その上マッチも売れず、年末に凍てつく街で天を仰ぐしかないのだ。
街にはケンチキの香りが漂うが、今の少女には売るためのマッチの他に何もなかった。
夜空には満点の星が輝き、その一つが願い事もする間もなくながれた。
「流れ星が流れる時、人の命も終わるんだよ」と言った亡き祖母の声が聞こえたような気がした。
「おばあ様に会いたい」
疲れ果て、かじかんだ手で、少女はマッチを擦った。
ほんの一瞬手元が明るく暖かくなり、その炎の中には憧れのエル アターブレに出てくるような何もないリビングに置かれたクリスマスディナーが見えた。
しかし、マッチの灯りと共にその夢のような風景は小さくなって消えてしまった。
2本目のマッチを擦ると、婦人画報の「年末の食卓特集」が見えた。
それも炎が消えると共に去って行った。
3本目のマッチを擦った時、懐かしい祖母が寿司三昧の社長のように、大きなマグロを前に手を広げて微笑んでいた。
炎は一瞬激しく燃え、次第に小さくなっていく。
「おばあ様、行かないで!!」
少女は祖母を炎にとどらませようと、全てのマッチをいっぺんに擦った。
大きな炎の中で祖母は優しく微笑んだ。
そして優しく手を差し伸べ、少女の身体を幼い子のように抱き抱えると、炎の中に導いたのだった。
暖かく懐かしい温もりに囲まれ、少女は目を閉じた。
マッチの細い煙とと共に、少女は天に昇って行った。
新しい年の朝、冷たい街角には少女が倒れていた。
その両頬には涙の跡があったが、幸せそうに微笑んでいた。
誰も少女がなぜ微笑んでいたのかを知る人はいなかった。