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【微ホラー】【怪談?】凌雲閣の怪【朗読可能】

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本編

以下の文章は神田神保町で筆者が購入した、昭和初期のある学生の日記を現代風に訳したものである。

筆者はこれから小旅行に向かうが、理由は以下にまとめてある。


以下の傍線より下が、日記の意訳である。


━━━━━━━


昭和◯◯年◯◯月×2日


あらためて、自分の性分は日記通りだと思う。


日記をつける風に、面白くもつまらなくも正確に淡々と綴っていく。日記に虚偽はいけない。


細かくきっちりしていると言われる。同時に、融通が利かず神経質とも言われる。
だが、ありのままを正確に書く事こそ最も重要だと僕は思い至るのだが。


出来事しか書かない、そんな僕の日記だが、公平な視点の僕が言うに、今日の日記は格別興味深い内容だ。


なぜなら、面白い話しを聞いたからだ。


本日は日曜だったので、どこかに行こうかしらと洋食屋でカツレツを食っていた。


店内は、油と汗の混じったすえた匂いで、僕は鼻をつまみたい。


ここにいる理由は少し前に、家からの仕送りと家庭教師の給料が入ったので、贅沢をしたくなったから。


木造建て2階の洋食屋を出ると、眩しい陽光に出くわす。

立て襟で洋物シャツに、着物と袴は今更ながら蒸し暑い。学生帽も脱ぎたい。冬服がないのはどうもいただけない。


ああ、◯◯月といってもまだまだ強い。先程の贅沢を忘れるように、僕は安い所で日差しを避けたいと考えた。

漫然と近くのS駅に行く。
雪駄下駄がカラコロと軽快に鳴っている。僕の心持ちとはまるで反対だ。

到着後、さて、どこへ行こうかとS駅で思案し……浅草に向かうことにした。どうしてかは今でも判然としない。

僕が浅草に着き、吸い込まれるように凌雲閣(りょううんかく)へ行った所から話しは始まるのだ。


注釈※雲よりも高いと呼ばれる凌雲閣について
凌雲閣は明治23年に開業する。
高さが173尺(約52メートル)
10階までは赤煉瓦造り。11・12階は木造造りだ。
設計者はウィリアム・K・バートン氏

1階は入り口。2階から7階は海外の物産展、8階から10階までは休憩室で、11・12階は眺望室になっていた。

凌雲閣から、東京の全てが見えると豪語する程の絶景であったそうだ。(注釈終わり)


僕は浅草に降り立つと、構内の壁をじいっと見ている男に出くわす。土埃と錆び鉄の薫りが構内中にまとわりついていた。


その時の僕は、不思議な位親切で彼に話しかけた。


「どうしたんですか?」
その男は、流行りの服装をしていた美男子であった。

海老茶の山高帽、ロイドメガネにだぼだぼした帽子と同じ色のジャケットとセーラーパンツ。

後ステッキがあれば当世風の伊達男になれる。

そんな男がじいっと、ボロボロに塗装の剥げた改札口手前の壁面を見続けているのだ。


「凌雲閣に向かわなくては……。あっ、いや考え事をしておりまして……邪魔でしょうから、どきます」
「いや……凌雲閣ですか。僕も浅草で何か見たいと思ってたので、凌雲閣に行ってみようかな」


突如として、伊達男は語気を荒げた。


「やめなさい。あそこは……特に12階の先にある13階はいけない」


僕は男の言う、辻褄が合わない事に苛立ちと興味を持つ。


「あの、すみません。確か凌雲閣は全部で12階しかないような」
「あるんだ。13階が、あそこには」


僕はとても気になったので、彼の話しを聞きたくなる。

「すいません。その話し、僕に聞かせてもらいませんでしょうか。飲み物代はこちらでお支払いするので」


「凌雲閣のですか……。いいでしょう、どうせ凌雲閣へ向かう前に誰かに話しておきたかったんです。むしろ私の方が払います」


結局、伊達男に僕は珈琲を奢ってもらう。珈琲屋で聞いた彼の話しは以下の通りである。

以下※より、学生の僕が一言一句正確に彼の話しを筆記した内容だ。

※※※※※※※※※

私がどこの誰というのはどうでもいい。ある地方の良家の長子だった。今は違う。

僕は派手好きで流行にも敏感でね。蓄財はせず、遊び倒していた。

上京して、誰の親類がいない為寂しかったかもしれないが……今となってはどうでもいい。


まぁ、そんな享楽の中で私は、浅草の凌雲閣の噂を馴染みの占い師に聞いたのだ。

なんでも、凌雲閣には秘密の13階目があってそこには世にも不思議な物品と眺望があるという。


冗談半分で1人で、行ってみる事にする。話しの引き出しを独占したかったからだ。


浅草に降り立って、辻道を何度か左に曲がり凌雲閣に着く。

朽ちかけた赤煉瓦の建築物は、外にいても軋みが聞こえてきそうで不気味だった。


赤煉瓦の上に小さな眺望室が独立して建っている。

そして、12階まで行って見たが、上階へ通じるような物が見当たらず、単なる眺望室でしかなかったのだ。


やれやれ、骨折りだと私は下へ向かおうとした時……

眺望室の隅の暗がりから声が聞こえた。生まれてこの方、聞いた覚えのないような幼な子の声が……

「御帰(おかえ)り」と、ささやくのだ。

2

振り向くも、私以外の客はおらず人の気配もない。

汗をハンケチで拭い、気持ちを落ち着けようと呼吸を整える。しかし、手の震えは小さくとも止まらない。

気のせいだと思い、上体を元に戻そうとすると……今度もささやきが聞こえる。


私の耳元で。


「御帰り。こっちだよ」


一目散に階段を駆け下りた。霊なのか、物の怪なのか、わからない。


得体がしれない者の声を聞いてすくみ上がってしまった。

あそこにはいるのだ。何かが。

はぁ、13階は?

一度振り向いて、声のする隅を見た時に……壁しかなかった所に……あったんだ。

扉、あるはずもない扉が。


私はこの体験を忘れるように、深酒をあおり始めるのだが……呼ばれているんだ。


確かに。四六時中、あの声に。

そして、不思議な事なんだが……恋しくなってくるんだ。


あの声が大きくなる方へ向かいたくなる。大好きな故郷へ帰郷するように。

さっき、君は私が壁を見つめていると言っていたが……違うんだ。声のする方へ向かうだけだったんだよ。


仕事もやめて、家も潰れて、もう私は凌雲閣に向かうしかない……あの12階の上に続く扉を開けるしかないのだ。


今?楽しい気分だよ。

だって……君の後ろから声が聞こえるんだから。

「こっち、こっち」ってね。


※※※

以上が伊達男から聞いた話しである。僕は正確に記した。

珈琲屋で彼とは別れる。恐ろしくなって、凌雲閣へ向かえなくなったからだ。

しかし、聞いたままを書いたのだから格別面白い。


正確にきっちり事実を書くからこそ、今日の絵空事めいた内容は光り輝く。

僕はそう思い……筆を置く。


気のせいだと思うが……僕も何か聞こえてくる気がする。早く寝よう。


━━━━━━━━

この日の日記は以上である。

この日記のしばらく後、日記を書いた人物は失踪してしまったようだ。


なぜなら、日記の最後に自身が失踪すると明記されているからだ。


筆者は、この日記への疑問点が2つある。

3

凌雲閣は大正12年(1923年)、関東大震災で倒壊し、残った塔の一部を陸軍が爆破解体する。

当然昭和期にはもう存在していない。嘘を書いた事になる。

他の日記の記載は、淡々と事実しか書かれていない内容である分不可解だ。


さて、ありもしない凌雲閣へ行った伊達男は一体どうやって凌雲閣の中に入ったのか。


日記の僕は虚偽を書くつもりはないのに、虚偽の固まりとも言える内容をありのまま書いている。

もう一点。

この日の日記の服装だ。

凌雲閣があった、大正時代の服装を折り目正しく筆記している。

昭和期であるにも関わらずだ。

訳がわからない。

日記の作者は狂ってしまったのだろうか。

作者と同じ性格の筆者はこの問題に大いに悩んでいたのだが……

いや、その話しはさておいて。

今、筆者は旅支度をしている。

私は旅に出るのだ。

浅草駅から、凌雲閣へ向かう。


最近、人懐こい子供の声がくすぐる様に語るのだ。ずっとずっとずっと、四六時中いつでもどこでも。

「おかえり。凌雲閣はこっちだよ」
なんて愛らしいのだろう。恐怖もあったが、もうどうでもいい。

行かない理由が見つけられない。


なので、私はこの記録をあなたに残し、旅立つ。

事実を明記する。


私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。
私は狂ってなどいない。私は狂ってなどいない。

最後にあなたももう聞こえるはずだ、天使のようないじましい、あのささやきが。


◇◇◇


ここで筆者である◯◯◯◯の記録は途絶えた。


尚、現在◯◯は親族より失踪宣告を受けている。この記録は◯◯よりデータをもらった△△氏から提供を受けたが、提供を受けた翌日より連絡がつかない。

△△氏たっての希望で、noteに投稿する運びとなった。

(了)

















ねえ

「……さっきのおかえり、聞こえたでしょ。」


(了)

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