ドーターズ 『ユー・ウォーント・ゲット・ワット・ユー・ウォント』
※2018年10月にリリースされたドーターズの復活作は、各メディアから絶賛の嵐を浴びた。その国内盤用にライナーノーツを書かせてもらったものの、たいへん残念なことに、それはついぞリリースされず未発売のままになっている。あれから1年以上が経過したため、もうこちらの勝手にさせてもらってもいいだろうと判断し、今更ながら公開することにした。この強烈なバンドについて未だよく知らない人が、1人でも多く聴いてみようと感じてくれますように。
今から10年以上前のこと。2007年の2月に、ドーターズは来日公演を行なった。今となってはちょっと信じられないような気もするが、渋谷O-NESTの梁から、やたら粘性の高い唾液がデロリと垂れ下がった光景とともに、未だ強烈に記憶しているから、決して夢(あるいは悪夢)ではない。
筆者が見た2月1日のショウは、ハウス・オブ・ロウ・カルチャーとMGR(※それぞれアイシスのアーロン・ターナーとマイケル・ギャラガーのソロ・アクト)、ディーズ・アームズ・アー・スネイクスも出演するイベントだった。当日は開演前の会場にて、演奏の準備に忙しいアーロンとマイケル以外のアイシスのメンバー3人、そして大好きだったディーズ・アームズ・アー・スネイクスのブライアン・クックとスティーヴ・スニアーに続けてインタビューしたりしていたこともあり、正直に言うと、わりと直前になって追加出演が決まったドーターズについては、あまり意識しておく余裕がなかった。だが、彼らが登場して演奏を開始するやいなや、娘達なんていうバンド名とは似ても似つかぬ「イル」な瘴気がぶわっと湧き出し、瞬間的に爆発するというよりはジワジワと浸透する感覚でフロアを覆っていく様を目の当たりにして戦慄したものだ。そしてトドメが、多量の(しかも相当にベタついた)唾液をあちこちに擦りつけまくるという所業(※別の日の公演では、フロアにいた女性の手を舐めまわしたりもしたと伝え聞く)。人間は、理解不能な行為と接した際には狂気に震えるものだということを、あれほど生々しく実感した経験は他にそうそうない。それは、やっている音楽こそ違うとはいえ、バットホール・サーファーズから放たれるものとも少し似ていなくもなかった。
ちなみに当人からは、日本について以下のような感想をもらっている。
アレクシス「日本は、これまでに行った国の中で、自分が明瞭に外国人(アウトサイダー)だって思えた唯一の場所だ。ドイツやフランスだったら現地の人間だと思われてもおかしくないけど、日本じゃ隠れようがないだろ。俺は、日本の古い文化がモダンでインダストリアルな建物と同じ空間にあるのを気に入っていたよ。スーツを着込んだサラリーマンがアニメ・オタクと同じ道を歩いてるのは、信じられないような光景だった。誰もそれが普通って態度でさ、素晴らしいね」
ともあれ、衝撃的な来日のあと、ドーターズは2009年にサード・アルバムを作り上げたものの、レコーディング後に解散。翌年になって、セルフタイトルを冠された同作品がリリースされた時点では、もうすでに存在していなかったという。活動終了時のメンバーは、アレクシス・S・F・マーシャル(ヴォーカル)、ニック ・サドラー(ギター)、ジョン・シヴァーソン(ドラム)、サミュエル・ウォーカー(ベース)の4名だった。
だが2013年には、彼らのファースト・アルバムをリリースしたレーベル=ロボティック・エンパイアのアンディ・ロウが色々と立ち回り、その奮闘の甲斐あってアレクシスとニックは再会、やがてバンドは自然に復活を果たす。それから5年が経ち、ついに完成したのが本作『ユー・ウォーント・ゲット・ワット・ユー・ウォント』だ。リリース元は、ご存知マイク・パットン(フェイス・ノー・モア)の運営するイピキャック。なんでもパットンは以前からドーターズのファンであり、デイヴ・ロンバード(スレイヤー/スイサイダル・テンデンシーズほか)とジャスティン・ピアソン(ロカスト)らが結成したデッド・クロスに参加してツアーを行なった際、シヴァーソンと仕事をする機会を持ち、そこで契約の話が出てきたのだという。
パットンの眼力は確かで、ドーターズ8年ぶりのニュー・アルバムは、聴いていただければわかる通り、おそろしく強力な内容に仕上がった。前作から8年を経てなお、あの来日公演で味わった狂気は目減りすることなく、むしろさらに煮詰められ濃度を増してもうもうと立ち上ってくる。まず一聴して彼らの深化を感じさせるのは、以前の作品に比べ1曲1曲が長くなっていること。過去の3作品はすべてトータルタイム30分に満たず、ファースト『カナダ・ソングス』に至っては11分だったのに対し、本作は約50分。途中で弛緩することもなく、聴き応えは倍増している。
アレクシスは、あまりインタビューで多くを語るタイプではないようで、この最新アルバムの制作についても「俺たちは住んでる場所がバラバラなんで、集まるのがとても難しいんだけど、いったん作曲作業に集中しはじめたら、あとはとてもスムーズに進んだよ」としかコメントしてないが、おそらくは、不本意な解散から活動再開後の地道な5年を通じ、メンバーの創作意欲はふつふつと高まり切っていた様子が想像できる。この間アレクシスが、ドキュメンタリー映画『The Fix: The Ministry Movie』に関連して、元ミニストリーのポール・バーカーとコラボレートするなど、各自がバンド外の場で積んだ経験も、当然のように反映されたのだろう。
初期のニック・ケイヴや、それに影響を受けたデヴィッド・ヨウ(ザ・ジーザス・リザード)に近い印象もあるヴォーカルを聴かせるアレクシスだが、作詞に関しても独特の感性を発揮していて、例えば"Satan In The Wait"の歌詞は、コーマック・マッカーシー(ドーターズと同じロードアイランド州の出身で、コーエン兄弟が映画化した『ノーカントリー』の原作『血と暴力の国』などの著者)やウィリアム・フォークナー(ロスト・ジェネレーションを代表する、アメリカ文学界の巨匠)を意識していたそうだ。
アレクシス「俺の歌詞の書き方は、他のロック・シンガーとか作詞家よりも、小説家に近い。《彼女と別れた》みたいな、ありきたりな詞は個人的にすごくつまらないと感じるので、そういうのは書かないんだ。マッカーシーやレイモンド・カーヴァー、コラム・マッキャンが生み出したキャラクターは、基本的にあまり好ましい人物じゃないかもしれないけど人情味があって、それはいわゆる《ヒーロー》的な主人公より本物だと思う。だから、もちろんそういった作家の影響も受けるし、例えばレイ・ブラッドベリやアーサー・マッケンみたいな空想小説の作家からも影響を受けているね。歌詞っていうものは、ノーマン・メーラーの作品と同じくらい文学的でいいんじゃないかな」
このコメントだけを見ても、ドーターズというバンドが鳴らす音の背景が一筋縄ではいかないものであるのは明らかだろう。このような表現意識を軸に、さらに他のメンバーも多彩な才能を発揮していくことで、まったく独自のノイズ・ロックが鳴らされているのだ。個人的には、ジョン・シヴァーソンが優秀な技術を持つドラマーであるだけでなく、マルチ・インストゥルメンタリスト/ソングライターでもあることも、かなり大きいのではないかとふんでいる。
そして、この『ユー・ウォーント・ゲット・ワット・ユー・ウォント』において最も重要なポイントは、「君は欲しいものを得られないだろう」というジョン・ライドンばりの皮肉を効かせたタイトルになっているにもかかわらず、異様なテンションで様々なノイズを撒き散らす一方、どこか不思議なポップセンスを併せ持っていることだ。単なる前衛に陥っていない点は、ドーターズの賞賛すべき特徴だと言っていい。アレクシスは、共感できるアーティストとして、ナイン・インチ・ネイルズとレディオヘッド、さらにデヴィッド・ボウイやエルヴィス・コステロの名を引き合いに出しており、いずれも先鋭性/芸術性を、高いポピュラリティーと同時に発現させている者ばかりであることは、なかなか興味深い。
ドーターズの音楽は、奇妙奇天烈なアート感覚を強固に保ちながら、必ずしも閉じてしまっていない。少しでも大勢の日本の音楽ファンに聴いてほしい。他には滅多にない刺激が満ち満ちているのだから。