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HIGASHI TOKIO RIOT PART2

事実を事実のまま 完全に再現することは
いかにおもしろおかしい
架空の物語を生み出すよりも
はるかに困難である
(アーネスト・ヘミングウェイ)

これは事実談であり……この男(MUNE)は実在するッ!! 

もういちど会いたい彼

―この写真いいですね。
MUNE これ、ミオくんっていうんですけど、NO.3なんですよ。喧嘩NO.3(笑)。
―NO.2とNO.3が肩組んでるという写真(笑)。
MUNE そうそうそう。

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―ふたりは仲よかったんですか?
MUNE 大親友だったんですよ。ただ、彼が引っ越しちゃうんです。
―これは何年生の時ですか?
MUNE これは小3のときですね。お互い大好きだったんですよ。彼が大洋のファンで、俺は阪神ファン。プロ野球カードをよく交換してて、大洋が出ると、彼にあげてみたいな。引っ越したあとも文通してたんですよ。文通してたから、俺は彼の住所を今でも言えるんです(笑)。練馬区△△●−●−●って。大人になって、実際行ってみたこともあって。練馬区△△●−●−●をカーナビに入れて行くんですよ。
―わざわざ(笑)。
MUNE ミオはタ●ウチっていうんですよ。表札を確認して「ああ、ここがミオん家か」って、帰るという(笑)。
―呼び鈴を鳴らすわけでもなく、家を確認して帰る(笑)。
MUNE そうそうそう(笑)。いまでもFacebookとかで検索しちゃうんですよ。
―今は接点ないんですか?
MUNE ないんですけど、10年くらい前に検索したら出てきたんですよ。しかも顔も出てきて。「ああ、こんなに成長したんだ!」って、すごい涙出てきそうな感じだったんですけど(笑)。●●●の社員になってて。「新人がこんなにがんばってます」みたいなコーナーに出てたんですよ。
―めちゃめちゃちゃんとしてるじゃないですか(笑)。
MUNE それで、その会社●●●に電話して「タ●ウチくんいますか、俺小学校の時に友だちだったんですけど」って言うと思ったんですけど、絶対に気持ち悪がられるじゃないですか。
―それはそうですね(笑)。
MUNE だから気持ち悪がられない方法って何かないかなって考えて。今でも思ってんですよ。こいつに会いたいなって。
―それからもお会い出来てないんですか?
MUNE 会ってないですね。もうコラボを申し込むしかないかなって。
―●●●と。
MUNE もうそれしかないでしょ。会社どうしでつながったところで「俺、実は…」って言うしかない(笑)。
―これはタ●ウチさんが在籍されてるうちに急ぎで進めないといけないですね。
MUNE 急ぎでやりましょう! 宗教団体とか、そういうアプローチって思われたらイヤじゃないですか(笑)。普通に大親友だった彼にもういちど会いたいだけだから。Facebookやtwitterもあるんですよ。横浜スタジアムでビールを写して、その名前でやってるから間違いないんですよ。
―大洋をまだ応援してるんですね。
MUNE メール送ってるんだけど返事がないから、気持ち悪がられてんのかな(笑)。小6くらいまではやりとりが続いてた気がするんですけど、引っ越してからは一回も会ったことなくて。
―小学校のとき、いちばん仲よかったのがミオくんですか?
MUNE そうそう。転校するまではね。そこからは悪友が出てきちゃって。ちっちゃいときはワルぶってたというか、悪いものとかはぐれものにあこがれてましたね。ゴレンジャーだったら、アカレンジャーじゃなくてアオレンジャー好きで。だからちっちゃい時に好きな特撮って「快傑ズバット」だったり、「アクマイザー3」なんですよ。完璧な100%のヒーローに行かないんですよね。

俺たちはブラックファイターズだ!

MUNE 自分で遊びを作り出すのがすごい好きだったんで、自分でマンガを描くんですよ。紙をちっちゃく切って折って、本状にしてミニブックみたいなのを作るんです。それをみんなに見せて。藤子不二雄Ⓐにフータくんってマンガがあって、それに影響を受けて、リトルくんっていうのを描いてたんですよ。リトルくんっていうのは、何があっても最後のフレーズが「くーだらなーい!」っていう、ある意味、植木等的なオチがあって。そのリトルくんっていうのを、ずーっと何巻も描いてて。
―長期連載で。
MUNE 生み出して生み出して、釣りキチ三平を抜きましたね(笑)。300巻くらいまで行ったんじゃないかな。世界一を目指してたんですよ。今でも描けますけどね、リトルくん。300巻描きましたからね(笑)。

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ーリトルくんはみんなで読んでたんですか?
MUNE そうです、回し読みする感じで。2、3人フォロワーも生んでるんですよ。「マネするんじゃねえよ」とかじゃなくて、共同で何か作ろうって言って、オリタってやつとハタケヤマとムネカタで「オムハ」っていうユニットを作って(笑)。まんが道とかトキワ荘にあこがれてたから。気分は寺田ヒロオですよ。あと、当時は野球チームも作りましたね。いわゆる少年野球チームじゃなくて、仲間を集めて「俺たちはブラックファイターズだ!」って。俺は監督兼選手で。「今日は放課後練習するから、みんな来いよ」って、無理やりみんなを集めて。練習っていっても、ほとんど試合なんですけどね。で、遅れて来ると、ケリ入れたりして。ひどいですよ。集合時刻に遅れたら怒るっていう。
―ひどい監督ですね(笑)。
MUNE 小4の時かな、ある日、エース級のピッチャーが「ブラックファイターズやめたい」って言って来たと思ったら、次は別のやつが来て「俺もやめたい」みたいな感じで。主力が6、7人大量離脱したんですよ。
ー大ピンチじゃないですか。
MUNE まあ、俺がイヤだったんじゃないでしょうかね。それで、誰もいなくなった状態になって。だけど、俺の友だちっていうか、子分ってわけじゃないけど、宗方軍団みたいな人たちは残ってくれたんですよ。
―ひとりぼっちにはならなかった(笑)。
MUNE 残ってくれたのが、すごいうれしかったんですよ。だって一番先にあっちに行っちゃいそうじゃないですか。もっとも過激なミッションをさせられてた人たちだから。
―何やらされてたんですか(笑)。
MUNE そしたら意外と残ってくれて。その時に組織というか関係性みたいなのを、生意気で申し訳ないですけど、小4でホントに知ったんですよ。
―学ばざるを得なかったというか。
MUNE 「やめる」って言ったその日から、みんな俺のことを無視するんですよ。抜けるってことは無視するってことなんですよ。俺、クラス全員から無視されたんですよ(笑)。
―アハハハハ!

MUNE でも宗方軍団4人は残ってくれたんです。分かんないですよ、俺の恐怖政治に怯えてたのかもしれないですけど。そこで俺は「こういう人たちを大切にしよう」と思ったんです。本人たちは楽しいから、俺と仲良くしてくれてたのかなって。そこはグッと来ましたね。
―「宗方はきついとこもあるけど、面白いところもあるからな」みたいな。
MUNE だから俺は小3小4で、いろんなことを知ったんですよ。
―「別れ」と「裏切り」(笑)。
MUNE 完全に独裁というか恐怖政治を横行させてましたね、ブラックファイターズは。それがある日、みんないなくなって、残った宗方軍団でなかよくして、小5に突入するわけですよ。
―ここまで、まだ小4ですか(笑)。
MUNE そうそう。こういうのって大人の世界の話だから「そんなこと考えてなかったでしょ」とか思われるのがイヤなんですけど、ホントに考えてたんですよ。人事とか、人を動かすとか。
―誰かに聞いたとか、本を読んだとかじゃなく、肌感覚で(笑)。
MUNE で、小学5年のクラス替えでリセットされて、あらたに友だちができるんですけど、5、6年になると同じクラスだから仲いいとかじゃなくて、同学年で気の合うやつらが集まり出すんですよ。そこで、中学にも続くような友だちがまたできるんですよね。ジャッキー・チェン好きでつながった人とか、プロレス好きでつながった人とか。
―ブラックファイターズも並行して活動して。
MUNE いやいや、ブラックファイターズはもう解散ですよ(笑)。俺自身が自分でチームを作るとかじゃなくて、オーナーからプレイヤーになろうと思って、東洋クラブっていう地元の野球チームに入団したんですよ。

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ー運営から選手に。
MUNE そうそうそう。鬼怒川で合宿するんですよ。
―ポジションはどこだったんですか?
MUNE 俺はずっと外野でしたね。6番ライト。バッティングはよかったんですよ。ただ守備がめちゃくちゃ下手くそで。緊張しちゃうんですね。フライが上がった瞬間、ボールに集中すればいいんだけど、上がった途端に歓声が聞こえて来て、プレッシャーで落としちゃうんです。プレッシャーに弱くて、クラスで絵を描いてても、誰もいないとスラスラ描けるんですけど、人が集まってくると途端に描けなくなるんですよ(笑)。
―なんでなんですかね?
MUNE わかんないです(笑)。人のいないところで全部やりたいんです。
―今もその感じは残ってたりしてますか?
MUNE 残ってますよ(笑)。見られたくない。緊張しちゃうんですよ。
―緊張とは無縁の御仁かと思ってました(笑)。東洋クラブは長くやってたんですか?
MUNE 2年間だけです。でも楽しかったですね。練習ではまったく打てないんですよ。コーチが間近で見てるから。1スイングごとに何か言ってくるから、それがプレッシャーで。オール空振りとかありましたよ。で、コーチが向こうに行ったら、途端にバカバカ当たり出して。
―試合のほうが気が楽だったんじゃないですか?
MUNE そうそうそう。試合ではめっちゃ打ってたから、6番だったんです。ウチのクリーンナップがほとんど打てなくて。みんな本番に弱かったんですよ。俺だけ本番に強くて、クリーンナップは打てなくて、6番だけ打つみたいな。
ーこのときにできた友だちはいますか?
MUNE キャッチャーのケンってやつは、中学行ったら大不良になって。こいつと小6の最後に遊びに行った時に、悪い遊びをいっぱい教えてもらいましたね。コインランドリーの●●●●●●から●●●●●●がいっぱい出てくるとか、ヨーカドーの屋上のゲームコーナーで●●●を●●●●たら●●●●●みたいなのを教えてもらったりとか。ケンからはいろんなことを教えてもらって。いま通ってるもんじゃ屋にたまに来るらしくて、いつか会えたらなって思ってるんですよ。
―連絡取るんじゃなくて、偶然会いたいですね。
MUNE そうそうそうそう。中学になって野球やるかやんないか、いろいろ考えて、結局やんなかったんですよ。野球が日曜の朝9時集合とかそんな感じで、ちょうどその頃アニメ化されたキン肉マンがその時間帯だったんですよね。キン肉マンが見たくてしようがなくて(笑)。
―キン肉マンお好きだったんですね。
MUNE 好きでしたね。いちばん好きだったんじゃないかな。小3小4の頃、みんなで銭湯行ったあとに寄った隣のコインランドリーに古いジャンプとか積んであって。暇つぶしで読んでたら、ジャンプに「キン肉マン」ってプロレス漫画があるんだって読み始めて、そこでハマったって感じですね。

<HIGASHI TOKYO RIOT PART3へつづく>


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