特別編:「我が名はハードコアチョコレート 2」
デザイナーMUNEがブランドのルーツを辿る「我が名はハードコアチョコレート 」
第1回で古着のTシャツに魅了された男の情熱は加速する一方!
まさにハードコアチョコレートの原点となる第2回!
第1回はコチラ
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ー運命の1枚に出会うために探し歩く日々
その頃にはもうTシャツ収集というのが一つの趣味となっていて、とにかくあらゆる所で売ってるの発見すると必ずチェックしてた。
平日はバンドでスタジオ入って、映画やプロレス雑誌を読んで、休日はTシャツ収集みたいな生活を続けてたね。
前に書いたように洋服屋、古着屋だけじゃなくそれこそお土産屋とかもぬかりなく捜し歩いたよ。
なかには浅草の仲見世とか外国人しか入らないような店もしっかりとチェックしてたよ。
なんてったってそこにはハルク・ホーガンが着ていて人気になった「一番」Tシャツとかあるからね(笑)。
生地はペラッペラだけどね。そんな感じでファッション不毛の地とかでも探しちゃうと言う「病気」にかかっていたよね。
ー市販では飽き足らずDIYへ目覚める
「自分で作りたい」と思うようになったのは、いつ頃かな?
最初はシルクスクリーンとかじゃなく、東急ハンズでアイロンプリントの用紙を買ってきて作ってたよ。
専用紙をTシャツに貼り付けてアイロンを当てて、剥がすみたいな。
週刊プロレスや週刊ゴングの好きなレスラーを綺麗にくりぬいてね。
これが全然うまくいかなくてさあ、いっつもイライラしてたよ。
そっから雑誌「BURST」のパンクファッションDIY講座みたいなコーナーで、初めてシルクスクリーンの存在を知ったんだよね。
それまで何十枚も持ってるのに、それがシルクスクリーンという手法で作られてる事を知らなかったんだよ(笑)。
いわゆる年賀状印刷のプリントゴッコと同じ原理って事にもビックリしたね。俺は年賀状は必ず手書きで、プリントゴッコとか使っているやつを馬鹿にしてたからね。恰好つけてんじゃねえ!って無茶苦茶な理由で(笑)
ー遂にコアチョコのルーツとなる1枚が誕生
それで新宿の世界堂で売ってることがわかって、「Tシャツくん」を買ったのが最初かな。本当の原点。
まず初めに「仁義なき戦い」のロゴを描いたよね。
「描いた」というのは、当時PCこそあったけど、プリンターもスキャナーも持ってなかったからね。
当然イラレだのフォトショップとかも使えなかったよ。
だから「仁義なき戦い」のチラシとか見て「模写」するしかなかったんだよ(笑)。
Tシャツくんの枠のサイズに合わせて描いてね。それで刷ってみたらドンズバでバッチリだったんだ。
これは面白いと思ったね。自分で好きな柄を着れる喜び。
今まで自主映画製作やパンクバンドなど、誰かの手を借りないと成り立たないものばかりに手を出してたからね。
自分発案で実行、完成みたいな流れは非常に充実感があったよね。
そっから白土三平の「カムイ伝」の好きな1コマを「模写」して、「幻魔大戦」「恐竜戦隊コセイドン」とかどんどん作っていったな。
もちろん自分用ではあったけど、家族や友人に評価されると「着てもらいたいな」って発想になってくるんだよね。
そんで決定的なあの出来事が起きたんだよ、新宿WIREで....
ハードコアチョコレート公式サイト
http://core-choco.com
「ハードコアチョコレート」の原点となる1枚が誕生した第二回。
第三回更新もお楽しみに!