たとえば、こころで通い合える、ある一つのオモイがあるのなら
クリスマスまで約一か月に。
家々のところどころのイルミネーション、
大型ショッピングセンターのクリスマス色。
大小にかかわらず、クリスマスグッズを見ると
ワクワクするのは、私だけでなく、世界共通に近いのかもしれません。
みなさんは、クリスマスと聞くと、どんな気持ちがされますか?
大小にかかわらず、クリスマスの準備やどう過ごすか決まっていても、決まってなくても。いまから、それぞれに感じるクリスマスを思う存分、まずは、ひとりひとりが心で楽しむ・満喫も。
さて、今日は、今週の印象に残った言葉というかオモイをおすそ分けさせてくださいね。
今週の印象に残ったオモイというか言葉は、
「I’m being 」 私はいる
「I’m doing 」 私はやっています
この2つの違い。
「I’m being 」のbeingは、何もせずに、ただその状態にあること
「I’m doing 」 のdoingは、何かの行動を起こすこと
と記載されていました。
私は、やっている。やること・行動することも大切です。
と、同時に。もしかしたら、それ以上に。
私はいる。何もせずに、ただその状態にあること。の尊さを見過ごしてしまう。
人は、時に、誰かになにかしなければ、なにかすることに、無自覚に意識が傾く時があります。
誰かののためにと。
実は、何かすること以上に、いや、なにもしなくても。
ただいるだけで、言葉を交わさずとも一緒に共にいる
ことだけでよかったりします。
人は、なにかをしないと価値がないと思ってしまうこともあります。
たとえなにもしなくても。お互いに、ただそこにいるだけで価値があるし、穏やかな気持ちにもなれる。言葉を交わさぬとも優しさにつながっています。
なにかすることのみが大切なわけではなくて。
なにもしなくても、そこにただいるだけの尊さや凄さ。
ひとりひとりの存在することのすばらしさ。
そこには、きっと目に見えない心の交流があり、思いもある。
ただそこにいるだけの深さや尊さをもう一度感じ見直したいなと思いました。
私はいる
「I’m being 」
たとえば、こころの通い合いにつながる、ある一つのオモイがあるのなら。これからは、この言葉も一つピックアっプしたいと思います。
「あなたの中の、たとえば、こころの通い合いにつながる、ある一つの言葉があったのなら、なにを選びましょう?」
今日も、おたちよりいただき、最後までお読みいただきありがとうございました。