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共同親権(2)共同親権問題における「中立」がどこかわかった&当事者の「発信力」グラデーション図解

コミックエッセイスト・コミックジャーナリスト(勉強&研究中)のハラユキです。忙しい年末にnoteを開いていただき、ありがとうございます。

東洋経済オンラインにて、共同親権をキーワードに考える別居・離婚問題のシリーズ5回が無事に全て掲載できたのですが(ほっ🫠)、その反応などから考えたことを今回は書いてみます。

(↑こちらの告知ツリーには、マンガに登場してくれた友人の共同親権についてのYouTubeなども紹介してます)

まず、私は共同親権について「元夫婦が子どものために協力しあえる関係なら賛成」だけど「元夫婦間のトラブルは増えるので、施行するならDV対応などいろんなシステム構築・強化は必須」という立場です。なので、今回のシリーズは「共同親権の問題と施行したら起こり得るリスク(特にDV・モラハラ)」を中心に描きました。

でも、このシリーズに対して、共同親権推進派のみなさんから「ジャーナリストというなら中立の立場で書くべき!」みたいな意見を複数いただいたんですね。それについては、Xでも少し答えたのですが、さらに考えてみたので、この「中立」問題をまとめておきたいと思います。

なぜかといえば、この「中立」問題は、私がいま勉強中の大学院でもよく議論に上がるジャーナリズムの大事なポイントだからです。なので、ここはしっかり整理しておくと私的にいいのかもと。(ジャーナリズムジャーナリズムうるさいよね〜😂!なにしろ、いま新入社員のごとくマジメに勉強中なもんで許してください😂)

ではいきまーす!

賛成派と反対派の「中立」ってどこ?

まず、今回、私が取材した有識者のひとりは、家族法学者の小川富之先生。この先生をなぜ選んだかは、ここにもしーっかり描いたのですが、

共同親権に対して反対色の強い先生を取材したことで「中立派の有識者を取材すべき!」という意見が寄せられました。それで思ったんですが、

そもそも、共同親権問題における「中立」ってなんだろね

例えば私は、当事者じゃないし、協力しあえる元夫婦なら共同親権もアリと思ってるけど、リスクをかなり危惧しているという立場。完全反対派でも完全賛成派でもないけど、中立とも違うと思う。同じように、有識者も、何をもって中立というのだろうと。そんな人いるんだろうかと。

そして、ここからが大事なんですが。

報道において「中立」って絶対条件ではないんです。
報道で大事なのは、「中立」じゃなくて「独立」

ここを勘違いしてる人が多すぎる。
この「独立」とは、癒着や忖度がないこと

なぜなら、人間だから完全な「中立」なんて無理だし、報道で常に「中立」を目指すと、「戦争」とか「悪法」を止められなくなってしまうから。

(↑このあたりはアメリカのジャーナリズムの教科書的な存在として有名なこの本でもよくわかるのでオススメです)

そして、共同親権問題に関して言うと、両論併記で「それぞれにメリットデメリットがある」だけで、意見なしで終わると、「共同親権」という言葉がプラスイメージが強い言葉なので、どちらかというと賛成よりの記事として伝わる、というのも特徴だと個人的には思っています。

つまり、

共同親権テーマで中立報道なんてそもそも不可能だし存在しないんだぜ〜〜〜〜!!!!!!!

というのが私の意見だったんです。

でもね。さらに考えていったら、「中立はここ」が見えてきたのです。

「中立」は「賛成派」と「反対派」の真ん中じゃなくて・・・

さて、「共同親権のリスク」を訴えると、「単独親権で同居親が子どもを虐待するときもある!」という意見がきます。これに関しては、本当にそのとおり。痛ましい事件の話はよく聞きますよね…😭

だからこそ、加害の見極め体制を強化して、同居別居問わず、「常習的な加害者」に親権を持たせないことも大事だと私は思うのです。同時に、シングル同居親が追い込まれて虐待に走ってしまう事態を防ぐ福祉も大事。

そして、なかには同居親も別居親も虐待orネグレストって家庭もあるんですよね…。そういう家庭は、両親ではなく、里親とか施設が養育するのがベストなこともある(里親家庭も何度か連載で取材・紹介しました)。

さらに、不当に子どもと会えなくなった人もいれば、DVなどでシェルターなどに子連れで避難せざるを得なかった人もいる「虚偽DV」という言葉もあれば、「無自覚なDV・モラハラ」もあったりする。

(↑「無自覚なモラハラ」については連載でも紹介しました)

つまり、家庭によるグラデーションが大きい、その真相がわかりにくい、本当に難しい問題なんです。だから、世界中がずっと対応に右往左往してる。これはマンガに描いたとおりです。

このふたつは海外の親権事情について描いた記事より

そうやって考えていくと。

共同親権問題で「中立」というのは、賛成派と反対派の真ん中ではなく、「子ども」に寄り添うことだよね?

これは「子どもが賛成か反対か」という「子どもの声」というより「子どもの精神的・肉体的な安心・安全」ということです。なぜなら、安心安全が確保されない状態では、子どもは「本当の自分の言葉」は発することができないし、自分の本当の気持ちを自覚することもできないからです。

報道は必ずしも「中立」である必要はないけど、「子ども」という意味では私の今回のシリーズは中立寄りだったと思うし、今後はもっと意識したいなとあらためて思ったのです。

「発信力」のグラデーションを図解にしてみた

さらに、「声」というキーワードをもう少し掘り下げてみます。

当事者には、立場のグラデーションに伴う、「発信力のグラデーション」もあると、情報を追っていて気づきました。

「発信力」とは、「声を上げやすい立場」「情報や主張を発信できる余力や時間」または「権力者や議員に訴える力」のことです。それが、親権問題においては、当事者でかなり差が大きいなと感じたのです。それを図解にしたのが以下です(なんでも視覚的に整理したい病気だよ😆)

親に関していうと、経済力やサポート(法的支援、家族や団体の支援)があると、堂々と発信しやすくなったり、発信できる時間を捻出しやすくなり、発信力は上がる。同居親は子どもの世話に時間を取られるので、リサーチしたり発信したりの時間は制限される。ちなみに、親の中でもっとも発信力が弱くなるのは、配偶者の加害から避難をして身を隠している同居親ではないでしょうか。発信が身の危険につながる可能性もあるからです。そういったことを考慮して並べてみましたが、もちろん、同じ立場でも個別例外はあると思います。

一方、子どもで言うと、別居・離婚という話がでる家庭には、子どもにも加害が加えられていることもあります。その度合いや内容で、その子が自分の気持ちを外に発信できる力、自分の気持ちをちゃんと自覚できるかは大きく変わると思います。そして、もともと子どもは大人より発信する力も、外に助けを求める力も弱い。

なぜこういう発信力図を描いたかというと、ジャーナリズムで大事なこととされているのが「弱い人の声、声なき声を伝えること」だから。

そういう意味で、共同親権問題における「弱い声」「声なき声」は、「子ども」と「加害から避難中で、経済力がなくて後ろ盾もない親」です。

ちなみに、共同親権問題では、一部の方に常軌を逸した攻撃をする方もいるので、そういった攻撃が怖くて声を上げられない当事者も数多くいるというのも側面もあります。

だからこそ、私がいま気になっていて、連載の中でも複数回紹介したのがイギリスの「cafcass」(子どもの声を代弁する国の機関)など、家族の問題を支援するシステム。こちらももちろん完璧ではないのでしょうが、日本の参考になる部分はありそうだなーと思っています。

DV・モラハラ加害者変容団体を取材した記事より。

親権問題は、一歩間違えると、殺人や傷害や自死につながります。弱者がひとりで対応できるような問題じゃない。だからこそ「弱者を守るシステム」という観点を無視しては語っていけないと思うのです。なのに、そういう意味を含めたリスクを危惧する記事で、「反対意見ばかり言うな!」「中立に!」という声には、本当に子どものことを考えているのかな?と私は不思議に思ってしまうのです。

でも「弱者」という意味では、この問題では「本当の弱者」を見極めるのがかなり難しくもあるんだよね…。なぜなら、家庭問題では、「被害者」と自称する人が「加害者」であることもよくある話だから。

この問題は(奥も闇も)深すぎるし、私にはまだまだ勉強不足の部分がたくさんあります。なので、できたらまたこの別居・離婚編の続編を描きたいなと思い始めています。(とはいえ、このテーマは時間がガッツリないと描けないので、いつになるやらですが…。実は今回のシリーズも、大学院の夏休みにまとめて作業したのでした😂)

ちなみに、私がいまもっと知りたいと思っているのは「DV・モラハラ・虐待の海外の対応支援」「共同養育・共同親権でうまくいっている元夫婦の別パターン」「共同養育がうまくいかない元夫婦の特徴」「連れ去りの別パターン」「DV等支援措置」「不仲と発達障害(発達特性)」「不仲と認知の歪み」「モラハラ・DVのトラウマ治療」「イギリスのカフカスのような、子どもの代弁機関」「シングル家庭の福祉」「片親疎外」「虚偽DV・モラハラ」「養育費と婚姻費」「ハーグ条約と国際結婚」「継続性の原則」「フィショ元夫妻」などです。なんか書き出したらいっぱいあるな!!他の有識者の方にも取材したいなーとも思ってます。ちなみに、「共同養育がうまくいっている元夫婦」に興味があるのは、うまくいっている人の話からは学びが多いと思っているからです。

「右」と「左」はどこだ!?

最後に余談なんだけど、今回の記事の反応で「左翼のプロパガンダ!」的な声も見かけたんです😂。共同親権のリスクを心配するのは左翼なのか〜ははははは、とか思ってたんだけど、そいえば、能登の復旧について描いたこの記事では、

「リアルな現地事情」と現地の方から好意的な声もたくさんいただくと共に、「行政擁護!」みたいなかんじで、私を右的立場として批判する声もあったんですよね。

私って、記事によって、右になったり左になったりしてるんか!?😂

最近、「中立」と共に、この「右」「左」も面白い言葉だなー、なんかみんな適当に使ってそうだし、私も正確にはよくわかってないなー、そのあたりも勉強してみよ!とか思ってたりします。

ちなみに、被災地の記事と家族問題の記事に共通するのは、最初からすぐに「本当に弱い声」には辿り着けないということ。どちらのシリーズでも、私がしっかり取材した当事者は、自ら発信活動(SNS含む)をしている人たちです。「取材では、回数と時間をかけないと、本当の"声なき声"には辿り着けない」は経験豊富な報道の先輩方が口を揃えて言われることです。

なので、被災地の問題も、家族の問題も、ゆっくりペースにはなってしまいますが、続けていくのが大事だな、とあらためて思ったりしたのです。

うん、コツコツがんばっていこう。

てなわけで、長文を最後まで読んでいただきありがとうございました!

最後に、みなさんのご家庭が幸せになることを、心から、祈っております。特に、いま弱い立場で戦い続けているみなさま。あなたには幸せになる権利があります。いい方向に、幸せな方向に向かっていけますように。心から、応援しています。

ではでは、よいお年を😊

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ハラユキ(harayuki)
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