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#7 訪問現場で感覚を磨く 『訪問力の参考書』
#6で採り上げた「感覚」について、私たち医療介護従事者が、アスリートや視覚障害者の方々など、他者から大いに学ぶことがあります。今回はそれに焦点を当てて述べていきます。
一般的に私たちは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の「五感」よって、周り状況や物事を把握していると言われています。
#6では、自分の感覚を怠けさせず、しっかりと働かせることの大切さを述べ、さらに、視覚、聴覚、触覚など、それぞれの感覚器官に分けて考察しました。
◆感覚器機能の境界線はあるのか?
男子400メートルハードルの日本記録保持者である為末大氏は、「五感を切り分けて論じることは難しく、すべては繋がっている」と言われています。
為末氏の著書『熟達論』の中では、次のような具体例を紹介しています。
…スプリンターはスタートの際に「背中でピストルの音を聞け」と表現する。聴覚は耳に依存するので一見荒唐無稽なアドバイスに感じるが、実際に人間が音を聞く際には身体に響く音の揺らぎも感じ取っている。
卓球選手が耳栓をして試合をすると、球がうまく捉えられないという。それは視覚情報だけに頼らず、相手選手が球を打つ音や、地面を蹴る音もプレイに活かしているからだ。だが、興味深いことに、選手たちは球の音を聞くという感覚を持ってはいないという。
スプリンターはスタートの反応速度を上げるために、耳だけで判断するのでなく、「背中の触覚からの情報も繋げて音に反応している」のです。
また、卓球選手は相手が打つ球の軌道を、目だけで捉えているのではなく、「聴覚からの情報も繋げて球筋を見ている」のです。
書籍『目の見えない人は世界をどう見ているのか』の著者で、障害を通して人間の身体の研究をされている伊藤亜紗氏は、「そもそも人間の感覚を五つに分けたり、見る働きを目の専売特許とみなしたりすること自体が間違っているのではないか」と言われています。
同著において、視覚障害者の方が「点字を手(触覚)で読んでいる」とする事例や、「周囲の状況を耳(聴覚)で眺めて把握している」とする事例を紹介し、彼らは特別な触覚や聴覚を持っているのではなく、見える人が目でやっていることを手や耳を用いてやっているに過ぎないと述べています。
そして、誰しもがそのような能力を高め得るとして、次のように述べています。
…器官と能力の対応関係があべこべになってしまう。このような状況こそ、むしろ、感じる器官の秘めた能力が最大限に発揮された状況でしょう。
…進化と言うフェーズにおいては、私たちが予想もしなかったような働きが、ある器官から取り出されていきます。… (中略)…つまり器官とは、そして器官の集まりである体とは、まだ見ぬ様々な働きを決めた多様で、柔軟な可能性の塊なのです。
為末氏や伊藤氏が述べていることは、私たち医療介護従事者が訪問現場において働かせる「感覚」を、今以上に磨くことができる可能性を示唆してくれています。
◆緊急コールを受ける消防隊員の能力
NHK総合テレビで不定期的に放映されている、『エマージェンシーコール 緊急通報指令室』という番組があります。ここでは、119番の緊急コールを受ける消防署員のスタッフの方々の、見事な能力を見ることができます。
緊急通報をしてきた相手との声でのやり取りだけで、状況や心情を把握して判断し、救急チームに指示を出しています。さらには、パニックになっている相手から必要な情報を引き出したり、的確なアドバイスや安心させる声掛けも行なっています。彼らは仕事を通じて、耳(聴覚)で状況を的確に把握して対応する能力が鍛えられたのです。
◆訪問現場で感覚を磨く
今まで述べてきた上記の事例は、誰しもが素晴らしい感覚器官の能力を備えていること、そして、仕事を通じてその能力を高めていけることを教えてくれています。
では、私たち医療介護従事者は訪問現場においてどのように「感覚」を磨いていけば良いのでしょうか?
「相手の言葉には出さない感情にしっかりと心を向けよう」
「相手の醸し出す雰囲気から気持ちを汲み取ろう」
私たちのこのような心の姿勢が、単なる視覚や聴覚からの情報以上のものを感じ取る能力を磨いてくれるのです。