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プロフェッショナリズムに触れるため、美容室へ行く

「とりあえず、髪を切ろう」
激動の2020年のおわりが見えた冬の朝。伸びきった髪にしびれをきらし、近くの美容院を予約した。シャワー後に髪を乾かしていると、毛量が多くもりっとした手触りが、急に猛烈にうっとおしく思えたのだ。

伸びきった髪が象徴しているように、近頃の私はなんだか覇気のない日々を送っていた。仕事やステイホームを粛々とこなす、かわり映えのない毎日。知らない間に疲れが溜まっていたんだろう。2020年前半には「変化に負けずに生きるぞ!」と意気込んでいた気持ちはすっかりしぼみ、なにをするにも億劫になっていた。

だからどうしても、行きつけの美容院がある都会まで電車に乗っていく気になれなかった。そこで徒歩圏内で探したところ、家から20分の場所にあるプライベートサロンに空きを見つけた。美容師さん1人でやっていて、同じ時間帯に私以外のお客さんはいないという。

土曜日の11時。そっとサロンのドアを開けると、ロン毛のお兄さんがマスクの下から笑顔をのぞかせ、出迎えてくれた。

足を踏み入れたそこは、町の美容院と呼ぶには洗練されすぎた空間だった。白い壁、選び抜かれたおしゃれなインテリア、CULTIのルームフレグランス......。部屋の真ん中にあるのは、こげ茶色をしたしっとりと上質な皮のチェア。まるで、表参道に住む売れっ子モデルのパウダールームに迷い込んだみたいだ。

案内されて、ふかふかのチェアに身を預ける。すると美容師さんは、私と目線が合う位置までかがみ、「お飲み物、なににしますか?」とドリンクメニューを差し出した。

「あ、じゃあ、ホットの紅茶で......」
「かしこまりました。今日、寒いですもんね」

店内をきょろきょろと見渡していると、今度は温かいおしぼりが運ばれてきた。素人でも「これもしや、オーガニックコットン?」ってわかるくらいの柔らかいタオルが、外を歩いてきて冷え切っていた私の指を包み、ほぐしていく。

そしてほんのりとたちのぼってくるのは、甘酸っぱいオレンジの香り。あとから聞いたら、ヴィラロドラというオーガニックブランドのアロマオイルを数滴たらしているらしい。あぁ、すでに大好きです...!

ここまででもかなり最高な体験だったのだけれど、最高はどんどん更新されていった。

「今日は、どうしましょうか?」
「うーん。カラーとカットをしたくて...。気分をガラッと変えたいんですよね」

「じゃあ、このへんまで切りましょうか?」

美容師さんは、耳から3センチ下くらいのところに人差し指を置いた。

(ちょっと短すぎるかなぁ...?)
鏡に映る自分がぼやく。でも、その次の一言でその気持ちは変わった。

「アッシュ系ブラウンのショートボブ、とてもお似合いになると思いますよ」

「あ、はい!!! じゃあ、それで!!!!」
(......私、引っ張るより、引っ張られたい勢なんです.....!!)

✂︎

さっそく施術がはじまった。まずはカラーから。アロマオイルと同じブランドから出ている92%天然由来だというカラー剤は、特有のツンとした匂いが一切ない。

「お仕事的には明るめでも大丈夫なんですか〜?」

なんの仕事をしているのか直球で聞くんじゃなくて、仕事の話をもっとしたいのか、決定権を私にゆだねてくれる。あぁ、このコミュニケーションは心地よいなぁ。

「そうですね。仕事は○○なんですけど、今ほとんど在宅で...」
ぽつりぽつり、自分のことを話し始める。

「そうか〜それは大変でしたねぇ」
「えー!!それ、すごいですねぇ〜!」
とても聞き上手な美容師さんにするすると導かれていく。気がつけば私は、とても饒舌になっていた。

そのあいだにも、美容師さんはテキパキとカラー剤を混ぜ、こっくりとした液体を私の髪へと塗っていく。微妙に色をわけ、私の髪に混在する過去のカラーやパーマの上を均一に染め上げる職人技。私はほれぼれと、鏡の中の手先を見つめてしまう。

シャンプー台に移動し、洗髪。レモンのような爽やかな香りが鼻をくすぐる。そして、ふいに始まる頭皮マッサージ。絶妙な指圧で、ゆっくりと頭の凝りがもみほぐされていく......

ふわふわと気持ちよくなり、あやうく天に召されそうに......

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↑脳内のイメージ画像


「では、起こしますね」との声で現実に引き戻され、また鏡の前に座った。

いよいよ髪にハサミが入る。耳元でジャキジャキと音がし、10センチくらいの毛束が床へ落下していった。

途中、「初めての美容院でイメチェンって、リスクとりすぎたかな?!」と心がサワサワしはじた。

思えば、中学ぶりのショートボブ。そういえば、あの頃、私は「ふわか(ふわかりょうさん)」と呼ばれていたのだ。

どきどき。。。

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どきどき。。。

でも、それは杞憂だった。いくつかまばたきをしたあと鏡に視線を戻すと、そこに映るのは、美しいボブのシルエット。いまさら「左の頭のハチが張っているので、目立たないようにしてください」と言いそびれていたことを思い出したけど、美容師さんはそれも計算済みだったようだ。

やっぱりプロはすごいなぁとうっとりする。そして、このシーンを巻き戻したところに存在するであろう、美容師さんの下積み時代に思いを馳せる。

そこには、若き日のお兄さんが先輩に怒られているところや、終電が過ぎてもカットの練習をし続ける姿、「もうやめようかな?」と葛藤しながらも、また次の日には歯を食いしばって仕事場にむかう果敢な背中が見えた。

長い修行の時期を耐え抜き、確実な力をつけて、自分のお店を出す夢を叶えた人......。だからこそ、技術に、空間設計に、おもてなしに、そのすべてにプロフェッショナリズムを感じるんだ。

オイルでセットしてもらい、私の髪は完成した。光に当たると少しオリーブ色を思わせるようなブラウン。首周りがスッキリと出て、鎖骨が綺麗に見えるショートボブ。品があるのに私の強い部分をキリリと引き出してくれるその髪型を、私はひとめで気に入った。

「ありがとうございました。髪型、とっても気に入りました。サービスも、本当に最高でした...!!!」
ありったけの感謝の気持ちを伝え、お店を出る。

私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれる美容師さんに頭を下げながら、体の奥からポジティブなエネルギーがわいてくるのを感じていた。なんだかそれは、スポーツや演劇を見たあとに似ている。「本物」を目の前に、自分ももっと高みを目指したいと刺激を受ける、あの感覚だ。

私の中に、やる気や希望が戻ってくるのがわかった。これまでカチカチにむくんでいた心がほぐされ、全身に血がぶわっと行き渡っていく感じだ。

帰り道、信号待ちの交差点でコートのポケットにしまったレシートを見返すと、そこにはこんな粋なメッセージが。

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はぁ... 完全に降伏です。



髪がなくなってあらわになった涼しい首筋をすっと伸ばし、私は家まで続く一本道を、がしがしと元気に歩いた。

私はきっと、来月も美容院に行く。あのプロフェッショナリズムに触れたくて、美容院へ行く。

✂︎おわり



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