結ばれたんじゃなく結んだんだ
「夜の世界」
TLで流れてきた公演タイトルを頭の中で直訳した瞬間、10周年の重みをドッと感じた。同時に、眠れない夜を通して彼女と出会えた私にとってはデビュー初期の頃の楽曲にまつわるテーマを掲げてくれたことがとてつもなく感慨深かった。
Aimer 10th Anniversary Live in SAITAMA SUPER ARENA "night world"
9月11日、12日の二日開催で私は12日の公演に行った。Aimerさんにとって一年半以上ぶりのワンマンライブになる。その意味では初日の11日はより大きな意義を持つから初日も見たかったなあと思いつつ、現地で彼女の歌声を聞けるならどっちだってよかったとも思える。
私の意志だけでライブに行けることが当たり前だったのはいつの頃の話か。ライブに行くことがはばかられるようになったこの情勢で私は後ろめたさを感じながらも行くことを決心した。
アルコール除菌、二重マスク、ギリギリに会場入りするなど取れる感染対策をして会場に向かった。
入場口とは反対方向にあるグッズ売り場でトートバッグを購入し持ち物を入れ替えたら入場準備完了。写真上でなら見たことのある、会場名がどんと掲げられた広々としたあのスペースを歩いていることが現地にいる、とじわじわ実感させられた。
Aimerさんのライブで電子チケットは初めてだ、といまさらながら気づいたのはスタッフの方にチケット画面を見せ、自身でチケットもぎりをするための二本指でスワイプするタイミングだった。まだ数回しかしたことのない行為に新鮮さを覚える。
アルコール除菌を済ませチケットに示された番号のゲートへ真っすぐ確かな足取りで向かう。私に用意された席があること、ここに私の居場所があることを確かめるのを急ぐように。
だいぶ歩いたのにまだか、と思った頃に番号が見えてきた。開かれた扉から青白い光が漏れている。いくつかの段差を上り数歩で賄える踊り場を過ぎたら座席へとつながる階段を下りていくようになっていた。
階段を下りる手前の会場を見渡せる位置にいた私の目に飛び込んできた光景に、体をまるまる包み込んだ音楽と会場の雰囲気に、一瞬で溶かされそうになった。
さっきまで確かだった足取りはいずこへ、階段を踏み外さないようにすることに精一杯だった。なんとか自分の席の列を見つけ、チケットに書かれた番号の席へつくことができた。
全体的に青く、けれどやさしくやわらかな光でライトアップされた会場、席の間隔をとっているとは言えそれでも日常で目にすることのないくらいの人の数、定番となっている『Bitter&Sweet』の楽曲がもたらす高揚感。
長らく忘れていた感覚が五感をフル活用して蘇っていくのを感じた。欠けていたピースが元の場所に埋まっていくような心地よさと同時に声にならない声がこみあげてきた。自分でさえ聞き取れるかどうか怪しい声量で発せられたものの代わりになったのは眼からにじんでくる涙だった。
私が求めていた非日常の中に、まさに今いる。ずっと待ち焦がれていた場にいられたことがこんなにも心震わせるなんて思わなかった。ここに来られただけでただただ嬉しかった。
もうこの瞬間がハイライトだと思えるくらい私の情緒はぐちゃぐちゃだったけど、落ち着きを取り戻して開演まであと数十分というなか胸を高鳴らせつつカウントダウンしていた。
会場が暗転し、拍手に包まれる。そしてステージに向かって左右に設置されたスクリーンに映し出されたのは『トリル』が使用された短編アニメーションの「夜の国 第1夜」だった。
アニメーション始まりの意外な演出に驚きながらもじっと映像を見つめ耳を傾ける。実は第1夜を見るのは初めてだった私はこういうストーリーだったのかと新鮮に見ることができた。
アニメ本編のクライマックスで流れる『トリル』はその効力を余すところなく発揮していて音源だけで聞くよりいっそう優しく温かかった。眠れない夜の中にいながらも陽だまりのように包み込んでくれる安心さがこの曲にはある。
映像が終わりいよいよ一曲目が始まる、と身構える。10周年を迎えて初めてのライブで最初に何を歌うのか、いろいろ予想はしてきたけれど結局どの曲が来ても嬉しいから途中で考えることを放棄してしまった。
イントロが流れる。パッとあの曲だと思い出せない。でもイントロの短さからすぐに会場に彼女の歌声が響く。そしてやっと曲名を思い起こす。
『眠りの森』。しばらくライブで聞いていなかったこの曲が来ることは予想外だった。けれど夜へ誘うような世界観の歌詞は今回のライブのテーマにぴったり過ぎるくらいでこの曲が選ばれたことは必然のようにも思える。
少しダークなおとぎ話みたいな雰囲気をかもし出すこの曲はふわふわと夢見心地な気分にもなり、でも確かにこの会場にいる全員に届けられているという現実との狭間にいるようだった。
彼女の発した第一声が聞こえたそのとき、やっと、望んでいた場所に来ることができた、その想いがどばどばあふれてきて全然集中できてなかった。けど、眼に涙を溜めながら一時も目を離さないという強い意志で彼女を見つめ耳を澄まし続けた。
Aimerさんに会いたい、Aimerさんの歌を聞きたいという一心で来ることを決めた私の心の内を代弁するかのような詞が並んだ『7月の翼』は意味深でこれまでとはまた違った解釈になった。
ライブに行けたらこの鬱屈した気持ちが晴れるのか、ずっとどうしようもない気持ちを抱えたまま変われないのかと悩んだ葛藤が「どこにも行けずに まだここにいる」のフレーズに的確過ぎてそれだけで行き詰った状況から掬い上げてくれるみたいだった。
MCを挟みつつ『トリル』『悲しみはオーロラに』『tone』、『あなたに出会わなければ~夏雪冬花~』と披露する。この流れも選曲に驚く。
「どれくらいの涙を流したら ここから抜け出せるの」と紡いでくれたフレーズが先の見えない不安を抱えた過去も報いてくれるようだった。私が誰にも言えずにずっとしまい込んでいた想いを歌にしてくれる人がいる。それだけで心強かった。
「夜の国 第2夜」がスクリーンで流れ始めた。これは以前新曲を聞きにYouTubeで見たことがあった。友達とのすれ違いに悩む女の子の話。やっぱり映像とシンクロした曲は相乗効果でよりきれいに優しく聞こえてくる。
『AM02:00』『グレースノート』『星屑ビーナス』『AM03:00』『Noir!Noir!』の流れは衣装チェンジしたAimerさんがくるくると軽やかに動く場面が多くてほほえましかった。
AMシリーズはメドレーが恒例となりつつも今回は単発でフルサイズの披露に心躍った。『AM02:00』ではこの日初めての観客によるクラップがなされて会場が一体となるシーンにこみあげてくるものがあった。
楽しい曲のはずなのに泣けてくる自分がいた。ノートパソコンの画面の前にいただけじゃ味わえないあの瞬間が愛おしくてかけがえなくて、この場にいてよかったと改めて喜びを噛み締めた一曲になった。
「望んでいたのは 大げさなことじゃなく ここにいてもいいよ って言葉だけ」を聞きに私はここに来たと思えるくらい欲しい言葉が降ってきた。
一人で生きられるほど強くない、けど誰かの支えになれるほど出来た人間じゃない、そんな情けない自分でもいいよって言ってもらえる居場所を求めていた。この数時間でどれだけ私が今欲しい言葉を届けてくれただろう。何年経っても私の中で響く詞を紡いでくれるのはAimerさんだけ。
『Run Riot』『SPARK-AGAIN』とアップテンポなナンバーをかまし、『AM04:00』『星の消えた夜に』の二曲でライブ本編を終える。本編最後で夜明けを迎えたこのセットリストに忖度なしの本気が垣間見えた。
直接手を差し伸べられるわけではない、神様にもなれない彼女が歌で寄り添ってきたこれまでの10年間の重みを感じる。リスナーに向き合って歌い続けてき彼女が歌うことで響く曲だ。
そしてこれからもそばで歌い続けることを宣言するかのようにも聞こえた。逆境のシーンが多かっただろうこの一年の中「私も不安だよ」と背伸びしないありのままの寄り添い方をしてくれる彼女だからこそ信頼できた。
彼女とリスナーをつなぐ一曲で締めくくられたライブ本編はある意味異質でレアなセットリストだった。けれど一曲一曲に意味を持って奏でられていることは明らかだった。
そして10周年イヤーの始まりとなる今回のライブは本当に序章に過ぎない。そう思うのは良い意味でこのセットリストは物足りなかったから。
そもそもデビューして10年の月日を数時間で表現することが不可能に近い。初期の頃に描いた「夜」以外にも魅力的な楽曲はたくさんある。また必ず会いたい、あの曲を聞きたい、と次回への期待に胸が高鳴るライブだった。
アンコールは『LAST STARDUST』『蝶々結び』だった。野間さんのピアノ一本で聞く『LAST STARDUST』は贅沢過ぎた。歌声の強弱による美しい響きがこれでもかと言うほど鼓膜に染み渡る。
ラストのラストに持ってくる曲として少し意外だった『蝶々結び』は改めて聞くとAimerさんとリスナーとの理想の関係性を描いていて、こうあればいいよねと答えを提示してもらえた形になったのはとても納得している。
お互いが今を生きていて、そしていつか出会えるように生きることを選び取ったことは糸を手繰り寄せるようなことだと思った。「生きていればまた会える」とAimerさんはいつかのライブから口にするようになった。
お互いの意志で糸と糸を結ぶように会いたいと思う気持ちが無くならない限り、会えることを信じていたい。もしこの先会うことが難しくなってもAimerさんは歌い続けてくれる、そう思えたライブでもあった。
10年近く歌で寄り添ってくれた彼女に心からの感謝を。そしてこれからもそばで歌い続けてくれることを願って。