ハラマキ通信 リフィルの森の迷い子 筆記具考
今夜は終電ギリギリかなと腕時計を見ると、時刻は7時40分を過ぎたところで止まっていました。あわてて駅の階段を降りると電車の到着まで10分近くある。ああよかった。
腕時計の電池はどうして示し合わせたように切れるのかしら。ふたつ持っている腕時計をわざわざ少し時期をずらして電池交換しているのに、針が止まってさあ電池切れだともう一つの時計を出すとかなりの高確率でこちらもすぐに事切れるのです。これはやつらの策略なのだと私は疑っています。
さらに明らかな悪意があると感じるのがボールペンのインクです。こちらは集団で仕掛けてくるので本当に始末が悪い。インクがかすれて出にくい時、ボールペンならいくらでもあるさと取り出したペンもメモ用紙の端でぐるぐる迷走する羽目に。やっとインクが出たと思うとまたかすれて紙の端っこをいつまでもぐるぐるしながら諦めがつかないのです。
私は仕事柄メモを取ることが多いのですが、スマートフォンやパソコンが主流になった今でも鞄の中には手帳や紙資料と一緒に何本もボールペンが入っています。服のポケットにも気が付くと黒と赤単色と三色ボールペンに加えてぺんてるサインペンの赤と青がにぎやかに刺さっていることがよくあります。定期的にごっそり増えた筆記具の整理をするのですが、これが逆に出掛けた先で「筆記具が一本もない!」という緊急事態を招いてしまうのです。刀を忘れた用心棒とまではいきませんが、小銭を切らした銭形平次くらいそわそわ不安な気持ちになってコンビニでボールペンを買う羽目になり…そうしてまた一本、また一本と増えてしまうのです。
4月の文具売り場は入学準備の新一年生たちがはしゃぎ回り母親たちは険しい顔。一方わたくし初老女はインクを使いきったボールペンのリフィルを求めてふらふらと型番のシールが貼られた小さな引き出しの前に辿り着くと、古いリフィルを10本以上も握りしめた初老の男性が立ち尽くしていました。忙しく立ち回る店員を呼び止めた男性は。
初老男「いやあのね これ全部種類が違うんで探すの大変なんだけどね なんだか捨てるのも忍びなくって」
店員「替え芯ですね 型番お探しします」
初老男「100円ぽっちでもさインク切れたからって捨てられないんだよケチとかじゃなくて」
老眼には程遠いであろう店員は長く使うための替え芯ですからと丁寧に対応しながらも、メーカーも型番も違う10数本のリフィルを探すのにかなり手間取っている様子。なにしろ男性が持っていたのはボールペン本体ではなくてリフィルだけ。インクが切れて透明になった細身の替え芯は刻印された型番が見えにくいのです。じっと一部始終を観察していると店員の笑顔が少し消えかけたように見えたので、私は店員には声をかけず自力でリフィルを捜索することに決めました。
初老女の意地にかけて!と取り出したのは…三菱鉛筆uniballシグノキャップ式0.38、ジェットストリームスタンダード0.7が三本、ゼブラSARASA dry0.5も三本、 ジムノック0.5は一本だけ。パイロットsupergrip0.7は二本。よしよし順調に集まってきた。しかし最後の一本ステッドラーLUNA0.7が見つからない。STAEDTLERは製図用品で知られるドイツの老舗メーカーで日本でも人気があるのに。いやいやもうひとつ日本製のOHTO水性ボールペンもないない。私このふたつお気に入りだったんだ。知らなかった自分の気持ち。
やっぱり諦めきれず帰宅してからインターネットで探してみると、ステッドラーLUNAはすでに廃番になっているようです。しかしリフィルはアスクルで見つけることができました。値段は一本43円で生産国はMADE IN INDIA ドイツではなくインド製です。日本のバイクや車もインドから逆輸入だったりする時代ですから驚くことでもないのかな。廃番だと知ると名残惜しくなるもので私はインド製ステッドラーと日本製OHTOのリフィルを2本ずつ注文しました。あとどのくらい文字を書き続けられるのかわかりませんが長い時を共に過ごしてきた相棒ですから、まだしばらくお付き合いさせていただきますね。