カルト宗教が牙をむく時・11~ 遺骨を手にする者 教祖のDNAとウソ
オウム真理教 骨肉の争い
2024年3月13日。東京地裁は国に対し、松本智津夫元死刑囚の遺骨を実の娘である二女に引き渡すよう命じる判決を言い渡しました。
2018年7月に死刑が執行された松本死刑囚。その遺骨引き渡し先について最高裁は二女と判断し確定しています。しかし遺骨を保管している国は「宗教的に利用される可能性がある」として二女には渡さず保管し続けてきたのです。
遺骨がこのまま二女ら遺族に引き渡されるかどうかわかりませんが、国による“保護”がなくなることで新たな宗教被害者が増える危険があると私は考えています。
松本智津夫元死刑囚の詐欺的商才は、オウムとして活動する以前の鍼灸師であった頃からその兆しが表れていました。1982年ニセの漢方薬を販売したなどの罪で罰金刑を受けています。ヨガサークルを中心としたオウム神仙の会を設立した頃には霊的エネルギーを持つパワーストーン“ヒヒイロカネ”だとする石を儀式に用いていました。この時期オカルト雑誌に松本智津夫元死刑囚が蓮華座で空中に浮いているような写真が掲載されました。修行によって超能力者になれるなどと書かれた記事に影響されて入信した若者も多かったようです。
オウムと対峙した坂本堤弁護士
さらに松本智津夫元死刑囚は自らを霊的ステージの最高位“最終解脱者”であるとして、人間界に転生してきたという荒唐無稽なストーリーを展開し始めます。自分の生物学的な毛髪、皮膚片や体液のDNAには霊的ステージを引き上げる効果があるとして高額で売るようになりました。その力を信じて多額の金を払い入信した人たちがいたのです。教祖の血液成分やDNAを培養して作ったという液体を飲む儀式=イニシエーションの費用は100万円。松本智津夫死刑囚のDNA によってエネルギーが高まるなどとしていて、DNAの効果は京都大学の研究で証明されたと宣伝していました。大学はもちろん松本智津夫のDNA研究などしていません。完全に虚偽広告です。このような被害の相談を受けてオウム被害者の会を立ち上げたのが坂本堤弁護士だったのです。
1989年11月4日未明 坂本堤弁護士33歳、妻の都子さん29歳、長男龍彦ちゃん1歳2か月が神奈川県横浜市の自宅から行方不明になりました。教団が不利になることを恐れた松本智津夫の指示による犯行でした。実行犯は教団施設の前で刺殺された村井秀夫元幹部、岡崎一明元死刑囚、早川紀代秀元死刑囚、新見智光元死刑囚、中川智正元死刑囚、端本悟元死刑囚。
事件発生からおよそ5年10か月が過ぎた1995年9月。実行犯の供述した場所から坂本堤弁護士と妻の都子さん、龍彦ちゃんの遺体が発見されました。
坂本堤さんの遺体は新潟県、都子さんが富山県、龍彦ちゃんが長野県と3人は別々の場所に埋められていました。
私は当時夕方のニュース番組のディレクターとして中継映像を見ながら社内で原稿を書いていました。坂本堤さんのご遺体発見の一報、そして捜査員が整列してご遺体を見送る姿を見ながら、流れる涙をぬぐうことができませんでした。それでも原稿を書かいて映像を編集しなければなりません。早く家族の元に帰してあげたい。しかし生きて無事に帰ってくることを待ち望んでいたご家族を思うと、もうこの世に命がないという現実が待ち受けていることは頭ではわかっていても、受け入れることが出来なかったのです。他の多くの仲間も同じだったと思います。私は仕事でこれほど涙を流したことはありません。
遺体なき被害者たち
オウム真理教の一連の事件で殺害された人の中には遺体を見つけることができない事件も多いのです。温熱修行で死亡した信者、その友人で脱会を試みた男性。スパイ容疑をかけられリンチを受けた男性信者。そして目黒公証役場事務長の拉致監禁致死事件。
殺害や死体遺棄に関わった実行犯は裁判で山梨県にあった第二サティアンと呼ばれる教団施設にあるマイクロウェーブ焼却炉で遺体を焼却した、骨は粉砕して湖や川に遺棄したなどと証言しています。
第二サティアンの家宅捜索入った捜査員は、天井が人体を焼却した脂で変色していたと言っていました。何人の遺体が焼却されたのか、正確な被害者の数はわかりません。
オウム真理教に関わった人の中には他にも事件として立件されないまま消息がわからない人もいるのです。
取材メモを読み返すと、古参信者から聞いた話として一連のオウム事件を引き起こした教祖のある言葉が残されていました。
96年6月10日(月)の取材メモ
OA後に会う約束。この日決定的な言葉を聞く。以前、信者の連れ戻しをした。自分で勧誘した人で、何でも相談に乗った。その人は、その1週間後に死亡した事が警察にも確認されている。何度も事情聴取された。今でも私は、その人のために良かったと思っている。
二人の子供を持つ母で、子供は今、祖母に引き取られている。これがヴァジラヤーナの教え。
※ヴァジラヤーナ=殺人を肯定するオウム真理教の教義。真理の実践を邪魔をする者は“ポア”殺害してもよい。教祖・松本智津夫元死刑囚だけが指示
その古参信者は取材後に教団を離れていますが、今もヴァジラヤーナ教義は正しいと言えるのでしょうか。死亡したことは事実だとしても遺体は見つからないのです。すでに成人している二人の子どもは母の面影も記憶にないでしょう。母はどんな最期だったのかも知ることができず、遺骨を手にすることもできない。裁判で母の命を奪ったであろう人物の罪を問うことも出来ないのです。事件にはならなかった“オウム未解決事件”の被害者は他にもたくさんいるのです。
オウム遺骨ビジネスの危険性
教団は松本元死刑囚が逮捕された後もミラクルポンドと名付けて風呂の残り湯を1万円で販売していました。毛髪も「御宝髪」として3000円で販売していました。私が入手した御宝髪と書かれた袋の中には太く縮れた毛が三本入っていたと記憶しています。長さがそれなりにあったことと、教祖以外は特定の女性幹部しか髪を伸ばすことは禁じられていましたので、袋の中に入っていたあの毛は松本智津夫元死刑囚本人の頭髪だったのだと思います。私は資料撮影をするため出版物やバッチなどと一緒に御宝髪を床に広げて置いていたのですが資料の頁をめくる風に飛ばされたのか大量の雑誌に紛れ込んだのか、三本の縮れ毛は撮影をする前に失くなってしまいました。
最近はSNSやリモート面談など人の動きが見えにくい中で、教団関係者が教祖の遺骨を利用して布教を活発化させる可能性が高いと危惧しています。
オウム真理教の教祖・松本智津夫元死刑囚の遺骨は、再び信者を獲得する力となって、莫大な金を儲けるビジネスになる可能性があるのです。引き渡し先の二女が遺骨をどう扱うのかもわかりません。一部を教団関係者に分骨する可能性も否定できません。
たとえ骨の欠片でも、水に入れると教祖の霊的パワーを授かるとして、それこそ湯水の如くカネが湧く“水商売”になるでしょう。
教団はいまいくつかの団体に分裂していますが、松本智津夫元死刑囚の霊性を信じることに違いは無いはずです。遺骨の引き渡しをきっかけに信者たちが集結し信仰をさらに高める可能性はあると思っています。教団を運営する幹部は巨額のカネを生む教祖のDNAを渇望していることでしょう。
オウム真理教にまつわる都市伝説的な噂は今もネット上にたくさん浮遊しています。松本智津夫元死刑囚の詐欺的商法に決して騙されないように、新たな被害者を出さないように、死刑囚を神格化させてはいけない。
オウム真理教事件の取材に関わった者として伝え続けて行くつもりです。