「顧みられない熱帯病」とは 〜概要と世界や日本の取り組みについて〜
COVID19の蔓延により感染症の怖さが世界中に広がりました。しかし、アフリカ諸国はCOVID19が蔓延する以前から「顧みられない(かえりみられない)熱帯病」と呼ばれる感染症に苦しんできました。ここでは、その概要や社会問題となった経緯や背景、今後の課題、世界や日本の取り組みを紹介していきます。
顧みられない熱帯病とは
ここでは、顧みられない熱帯病とはどのような疾患なのか、その概要をお伝えします。
顧みられない熱帯病が社会問題となる前から良く知られているのが、エイズ、結核、マラリアといった「三大感染症」であり、貧困にあえぐ国を中心に現在も蔓延し、依然として年間250万人以上の死者を出しています。
これらの感染症の拡大は国際支援により低下してきていますが、蔓延国では政情不安や経済的な課題、脆弱な医療体制、薬剤の耐性問題、そして、COVID19などの新たなパンデミックも追い打ちとなり、依然として多くの人たちを苦しめています。
そのような三大感染症に対し、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)」とは、熱帯地域で広く見られる感染症の総称です。これらの病気は、一般的に疾病管理や医療資源が限られている地域で多く発生していますが、三大感染症のようには広く認識されていないため、「顧みられない」と呼ばれています。
顧みられない熱帯病の多くは、予防や治療が可能であるにも関わらず、貧困や医療インフラの不備などにより、医療サービスが行き届かず、助かるはずの命を奪っています。
アフリカ諸国の代表的な顧みられない熱帯病としては、アフリカ睡眠病(トリパノソーマ症)、カラアザール、シャーガス病、毒ヘビ咬傷、および水がんなど、貧困と健康格差の根源とも言えるこれらの感染症により、今もなお毎年多くの助かるはずの人たちが亡くなっています。
※参照URL:三大感染症、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases, NTDs)とは
※参照URL:顧みられない熱帯病と三大感染症について
三大感染症と顧みられない熱帯病の違い
三大感染症と呼ばれる結核、マラリア、そしてHIV/AIDS(エイズ)は世界的に広く知られ、多くの資源と関心が寄せられている病気であり、治療法や支援も大きいため、減少傾向にあります。
一方、顧みられない熱帯病は、主に熱帯地域に広く存在する20以上の疾患を総称となります。罹患による経済的コスト、死亡率、疾病率で計算される特定の健康問題の指標のことを「疾病負荷(GBD: Global Burden of Diseases)」と言いますが、顧みられない熱帯病はその負荷値が高いことが特徴です。疾病負荷が高い場合は、合併症や生活の質の低下、死亡率の上昇につながる割合が高いといえます。
現在、世界中で推定10億人が顧みられない熱帯病に罹患しており、毎年約35万〜50万人が死亡していると言われています。しかし、ほとんどの病気はゆっくりと進行するため、正確な数は不明であり、多くの場合、徴候や症状は些細なものであったり、特異的でなかったりするため、病気の進行の後期になるまで診断されないことが一般的です。
また、顧みられない罹患者は相対的に貧しい所得層に多く、医療を受けるために必要な情報や経済的資源がないため、多くの症例が報告されていないなど多くの問題を抱えています。
※参照URL:疾病負荷とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
※参照URL:CDC’s Neglected Tropical Diseases Program
※参照URL:Neglected tropical diseases – the present and the future - PMC
社会問題となった経緯
ここでは、顧みられない熱帯病が拡大した経緯や背景、今後の課題についてお話していきます。
拡大した経緯と背景
アフリカの顧みられない熱帯病が社会問題となった経緯と背景には、地理的・経済的・環境的な要因に深く影響を受けています。例えば、顧みられない熱帯病の1つである「内臓リーシュマニア症」という感染症について見ていきましょう。
内臓リーシュマニア症(カラアザール)とは、リーシュマニア原虫によって引き起こされる寄生虫症です。感染したサシチョウバエに咬まれることで感染が伝わります。この病気は骨髄、リンパ節、肝臓、脾臓など内臓を侵し、感染者は発熱や免疫不全などの症状を示すとともに、病気の進行により致死的となる場合もあります。
これらの病気は主に熱帯地域で広がっており、環境、貧困、基本的な衛生施設の不足など、疾病以外の要因により感染が拡大しています。特に、予防と治療の手段が限られており、保健施設や適切な医療へのアクセスが不足していることも影響しています。
アフリカでは、これらの病気は経済的な途上国で特に問題視されており、貧困層や社会的に弱い立場にある人々により大きな影響を及ぼしています。WHOや国際的な支援団体の取り組みによって、これらの病気への関心や対策が高まっていますが、COVID19などの世界的なパンデミックのための治療や予防などに予算や関心を奪われ、未だに多くの課題が残ったままになっています。
※参照URL:https://www.msf.or.jp/news/detail/headline/msf20200213to.html
※参照URL:顧みられない熱帯病とは|現状・種類と原因や対策そしてSDGsとの関係
※参照URL:顧みられない熱帯病と三大感染症について
今後の課題とは
アフリカ諸国が対応に迫られている課題はさまざまですが、大きく分けて3つに分かれます。
まず1つ目が、保健システムの強化です。特に治療や診断へのアクセスの改善は大きな課題になるでしょう。また、前回の記事でお伝えしたような医療専門アプリや、NTDs流行国への支援、NTDsリスク要因への啓発、地域習慣の考慮なども保険システムを強化するためには重要な課題だと思います。
2つ目はNTDsに対する研究への強化です。NTDsは感染症ですので、その病原体や中間宿主の研究、それら感染症への検査や治療に関する新技術応用研究、そしてNTDsの経済影響評価のリサーチも今後の課題になってくるでしょう。
最後の3つ目は、低価格治療法の提供です。NTDsが低所得層の間で拡大することを考慮すれば、低価格での提供は避けられない課題です。そのため、低価格技術開発、WHO承認製品のサプライチェーン(供給網)の確保や強化も必要になってきいます。
これらの施策はNTD対策における重要な取り組みであり、国家や地域に適応した支援と研究によるNTDsへの対処が求められています。
※参照URL:Approaches taken to control, eliminate and eradicate NTDs
※参照URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8321407/
世界や日本からの対策
顧みられない熱帯病は広範囲に広がり、特に低中所得国で問題となっています。このため、世界的な協力が感染者数の削減や治療の普及に向けて進められています。
具体的には、2012年にはロンドン宣言が発表され、世界の主要製薬会社や国際機関がNTDsの10種の感染症に取り組むことを共同で宣言しました。
その中で、日本企業のエーザイ株式会社なども含む主要製薬会社や国際機関、政府、NGOが参加したロンドン宣言で、顧みられない熱帯病10種の疾患の制圧に取り組むことを共同で宣言しました。
エーザイはその中で、リンパ系フィラリア症治療薬のDEC(ジエチルカルバマジン)をWHOに22億錠提供し供給不足の解決のために尽力しています。
また、2012年のロンドン宣言に続き、NTDsの対策を強化するために2022年6月17日には「キガリ宣言」が策定されました。
この宣言では、NTDsに罹患する人々への支援、予防、治療に取り組む国際的な努力が強調され、関連する組織、政府、民間セクター、NGOなどが連携して包括的に取り組むことに同意しています。
※参照URL:顧みられない熱帯病とは|現状・種類と原因や対策そしてSDGsとの関係
※参照URL:ロンドン宣言—顧みられない熱帯病制圧に向けた新たなコミットメントを表明
※参照URL:The Kigali Declaration | Uniting to Combat NTDs
WHOによるThe NTD road map 2021–2030
WHOもNTDsへの対応を強化しており、投資や研究開発、計画の実行に取り組んでいます。そのため、より広範なステークホルダーと、NTDsの影響を受ける国々による持続可能な医療システムへの取り組みを促進するためのロードマップとして、「the NTD road map 2021–2030」を発表しました。
このロードマップとは、2030年までに多様な顧みられない熱帯病(NTDs)と疾患群を予防、制御、撲滅、根絶するための世界的な目標を定めたものであり、3つの目標に分けて設定されています。
1つ目の目標は、NTDsに罹患する人口を90%まで削減し、100カ国が少なくとも1つのNTDsの制圧を達成することや、2つのNTDs(ドラクンクラ症、顎口病)の撲滅など、顧みられない熱帯病そのものの撲滅に焦点を当てています。
2つ目は、国が治療に関わることを目標に、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジのための予算確保や国のオーナーシップについての目標を設定しています。
3つ目は、疾患別目標です。各疾患、または疾患群について、2030年に向け、1つのメインターゲットと1〜2つのサブターゲットが作られ、その各ターゲットに2020年のベースラインに加えて、2023年と2025年のマイルストーンが設定されています。
そのほか、アフリカ諸国の国家レベルで対策を講じていますが、政府のNTDs保健分野への支援はわずか0.6%であり、依然として経済的な課題を残しています。
※参照URL:The road map targets for 2030
日本の取り組み
日本では2013年に公益社団法人GHIT Fund(Global Health Innovative Technology Fund)が設立され、民間企業主導の画期的な取り組みとして登場しました。
この基金は官民連携で資金を拠出し、世界初のグローバルヘルス研究開発基金として、途上国の最貧困層に必要な医薬品やワクチンの研究開発・製品化を支援しています。
特に、三大感染症と顧みられない熱帯病に焦点を当てた共同研究開発プロジェクトに助成を行い、官・企業・市民の連携により、研究開発に特化した基金として、世界的な健康課題に取り組んでいます。
※GHIT Fundにパートナーとして参画している企業は以下の通りです(2020年7月現在)。
1.フル・パートナー:アステラス製薬株式会社、中外製薬、第一三共株式 会社、エーザイ株式会社、塩野義製薬株式会社、武田薬品工業株式会社
2.アソシエイト・パートナー:富士フイルム株式会社、大塚製薬株式会社、シスメックス株式会社
3.アフィリエイト・パートナー:グラクソ・スミスクライン株式会社、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社、協和発酵キリン株式会社、メルク株式会社、田辺三菱製薬株式会社、小野薬品工業株式会社、大日本住友製薬株式会社
また、上記以外にも、北海道大学・長崎大学・東京慈恵医科大学が参加したAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)は、2015年度の「アフリカにおける顧みられない熱帯病(NTDs)対策のための国際共同研究プログラム」に採択課題を決定しました。
このプログラムでは、日本とアフリカの大学などが共同でNTDsの予防、診断、創薬、治療法の研究開発を行い、成果を現地で実用化し、若手研究者の育成も目指しています。
安倍晋三元総理がアフリカのNTDsに焦点を当てた国際共同研究を提唱したことを受けて、このプログラムが2015年度に立ち上げられました。
※参照URL:NTDs克服に向けて | 三大感染症および顧みられない熱帯病 | 日本製薬工業協会
※参照URL:「アフリカにおける顧みられない熱帯病(NTDs)対策のための国際共同研究プログラム」がスタートします(3件の研究開発課題を採択)
まとめ
顧みられない熱帯病(NTDs)は、主に熱帯地域で発生し、貧困層に影響を与える20種以上の疾患を含み、三大感染症を凌駕する勢いで蔓延しています。
これらは寄生虫、ウイルス、細菌、真菌などによって引き起こされる感染症で、予防が難しく、治療法も限られていることが特徴です。
顧みられない熱帯病が問題になる理由は、その感染症自体が軽く治療可能であっても、地理的・経済的・環境的・国家的なさまざまな要因により、治療が困難になり症状が重症化したり、命を奪ったりしてしまうことです。
アフリカ諸国で蔓延しているNTDsは、アフリカ睡眠病(トリパノソーマ症)、カラアザール、シャーガス病、毒ヘビ咬傷、および水がんなどが含まれています。
これらの疾患は、人々の健康だけでなく経済的影響も大きく、特に資源が不足している地域で広く見られることから、WHOやCDCなどの機関、または日本など多くの国や企業がこれらの疾患の予防・管理に取り組んでおり、研究や効果的な対策の開発が進められています。
ライター紹介
増田さなえ |AA Health Dynamics株式会社 グローバルサウスにおける事業開発支援集団 (aa-healthdynamics.com)
米国ピッツバーグ州立大学卒業後、セントマシュー医科大学とウィンザー医科大学に進み医学博士取得、救急医師として、米国やカリブ海の医療に従事する。2014年に出産のため休職し、ウェブライターを始める。2014年からカリブ海の救急医として2019年まで働く。2020年からは米国に戻りウェブライター専門で活動中。
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AA Health Dynamics株式会社
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