単身中国で就職(現地採用)

前回から続き。
2007年3月より、広東省深セン市の某企業にお世話になる事となり、まずは就労ビザ取得の為、香港へ。ここでようやく「中国やられた話2」に繋がります。
月給は約12000元(約180,000円)。
家賃は自己負担で市内の会社から徒歩で行けるところのマンションに住む事にしました。
家賃は2LDKで2,600元だったと思います。

入社間もなく、営業のお勉強という事で、先輩営業マンと同行しました。2ヶ月ほどそんな日が続きました。
5月には第一子が無事産まれまして、1児の父となりました。男の子が産まれる想定だったので、男の子用の名前しか考えておらず、産まれてきたの女の子。嫁さんに決めてもらいました。素敵な名前になりました。
技術職に5年間携わった事もあり、アフターサービス部へ配属となりました。販売した設備の立上げや修理の業務がメインとなりました。
この業務が約1年続いた2008年8月、リーマンショックが訪れます。
販売した設備をメンテするのが仕事なのに、不況により設備が売れない状態で、サービス部の仕事が激減したある日、某お方より営業やらないか、と打診されました。
営業はやった事もなく、自分は人見知りで、お喋りが上手な訳でも無い。こんな自分を責任持って育てるから、というお言葉を頂き、営業部へ異動する事になりました。
リーマンショック真っ只中で、営業マン人生がスタートします。
続きは次回、営業マン編にて。

ありがとうございました。

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