アメリカミズアブ が変えるトイレの未来
メリアブ関連のメディアを散見しているとこれまでは食品や農産業から排出される産業有機廃棄物を有効利用した持続可能な代替飼料生産という視点での記事がほとんどであった。
その点科学ジャーナリストのChelsea Waldの新著で健全な未来の為にトイレにまつわる変革を勧める"Pipe Dream"に関するこの記事はいきなり世界のトイレ問題の解決策の一案としてメリアブをピンポイントでお勧めしている点に今後のグローバルなメリアブ展開のスピードとその限りない可能性を感じさせられたのでメリアブのトイレ利用について備忘録的にまとめてます。
Pipe Dreams: The Urgent Global Quest to Transform the Toilet (English Edition)
食品廃棄物や農業副産物以外のウジ餌を使っている現行のシステムは?
一般にメリアブの仕事は養鶏や養殖魚産業用の代替タンパク質(家畜の虫バージョン)となることが中心で、産業を管理管轄する国などが食品の安全性を確保するために、家畜飼料たるウジ餌(有機廃棄物等)の生産方法や質を定義し法令化するなどして管理している場合が多い。
欧州連合(EU)の場合、当局がウジ餌として認めているのは現時点で農業廃棄物と肉と魚を除いたプレコンシューマー材(商品生産時の余剰、製造加工工程で出る廃棄物)のみとなっていて、それ以外のいわゆる生ゴミ的なポストコンシューマー廃棄物は認めておらず、特に動物の糞を利用することは懸案事項であるものの慎重な姿勢を示している。
実際に昆虫を動物飼料として産業的に生産する歴史が浅いため、国や地域によってその定義や管理方法はまちまちだが、家畜の糞を他の農業廃棄物等と配合してイエバエを含むウジ餌として利用する取り組みはされてきた。(参照:持続可能農業の救世主、イエバエが堆肥と飼料を生み出す仕組みとは)
そんな中、食品サプライチェーンにおいおい何らかのプロセスを経て家畜の糞や人間のし尿がウジ餌としてシステム的に利用されるいうのは長期的には展望と可能性があるし、廃棄されている有機物からのエネルギーの回収と循環という意味で理想的だが実際に運用している事例をメディアを通して聞いたことがなかった。
人類ののっぴきならないトイレ問題
そもそも貴重な水を大量に消費する水洗トイレ、それを支える下水道やし尿処理施設は建設、運転とメンテナンスに要する技術レベルとコストの面から、世界のどこでも簡単に作れて維持できるものではなくそれを当たり前としてお勧めすることが正しいのかグローバルな食料生産システムと同じレベルで問わねばならない問題のはず。
世界中の、特に広がり続ける都市部周辺の人口密集地域ではトイレ問題は深刻で、衛生的で持続可能なシステムの構築と運営方法が常に模索されている。
そんな中、これまで電話線が引けない事情の地域にあっという間にケイタイ電話が普及したように、今後メリアブの産み出す価値に着目した新循環型システムが世界中のトイレ問題の解決に変革をもたらす可能性をひめている。
汲み取りならではの相性の良さ
世界のトイレ問題は公衆衛生的な機能を最優先として設備の普及と利用、手洗い習慣を含む衛生教育を切り口に文化的地域的な背景を考慮して解決方法を見出して行く手段が一般的だと理解しています。特に人口密集地域ではどんな形であれ施設整備、し尿回収と汚物の処理というサービス業が持続的に成り立つためにある程度の社会的な基盤(法律の施行と取締り、産業と技術の発展を支える経済、衛生習慣の普及のための意識教育などなど)が不可欠、的な流れにあったと思う。
以前(2019年)読んだケニアはナイロビに広がるスラム街でSanergyというソーシャルエンタープライズがフランチャイズ方式で公衆汲み取りトイレを設置し、利用者から料金をとった上でし尿を回収、処理施設で他の有機廃棄物と共にメリアブに与え、育ったウジは養鶏・鶏卵用等の動物飼料に、ウジフン(Frass)は近隣の農場のオーガニック肥料として利用し、街ででた有機廃棄物が食料として地域に循環するシステムを運転しているという記事を改めて思い出した。
おまけに飼料、肥料になりそこなったその他諸々のクズ残渣は圧縮してブリケット状のバイオ燃料として商品化され利用されており夢のような循環型経済システム(Circular Economy) に仕上がっている。
し尿糞尿の価値と利用リスク、社会問題解決の優先順位
便所バチとして知られたぐらいなので、ウジがし尿を餌として好むことについて(実は人糞のメリアブによるバイオ変換率(fig.2 参照)が生ゴミと比べてもかなり良いとの事)は理解はしていたが、実際にし尿で育ったウジを食料循環システムのベースに組み込んで既に運転していることに驚いた。
考えてみれば、このメリアブ(や他のハエ類、土壌分解生物)が長い年月を経て種として今日に至るまで、彼らの餌は死んだ動植物と動物の糞あった訳で、固有の腸内細菌やら消化酵素が糞尿を餌として競争に勝てるようデザインされて来たことはほぼ事実。
それはそうと、感情的にこのシステムを運営させ得るのっぴきならないインフラ未整備による厳しい衛生状況と水不足、安価な労働力やこのシステムを安全面、感情面で容認できる社会や法令環境などが特殊に思え、実際に公共インフラとして普及させるにはまだまだ壁が高いのではと思っていた。
しかし実際にはのっぴきならない状況は世界中そこら中にあるだけでなく、今後増える都市部で更に問題は深刻化する事は分かっている訳で、メリアブが解決してくれる問題だけでなく、生み出してくれる社会と環境全体への利益が可視化さえできれば、特に一部新興国などにおいてシンプル(柔軟)な意思決定が可能であればこの手の変革は一気に進むかもしれない。
世界的な水不足とその先にあるメリアブによる汲み取り回帰の可能性
経済協力開発機構(OECD)の「OECD Environmental Outlook to 2050(2012)」によると、 2050年には、深刻な水不足に見舞われる河川流域の人口は、39 億人(世界人口の40%以上)となる可能性もあると予想されている。
将来的に水がより貴重になり、現状の水洗トイレや下水道システムの環境負荷、経済的負担の見直しが社会の優先順位として認識される日が来るはず。その際、いわゆるコンポストトイレで一般的なし尿分離式の汲み取りトイレとメリアブによるし尿処理、回収した資源の農業利用の組み合わせがグローバルな小中規模衛生施設のスタンダードとなり土木工学の教科書に記載ことになるのだろうか。
トイレは人や社会を映し出す「鏡」
少なくともキレイで便利、機能やデザイン性に優れた快適さを売りとするトイレテクノロジーとそれを「豊かさ」「先進的」の象徴とすることがお門違い、恥ずかしい勘違いになる日も近いかもしれない。
限りある資源の採掘依存を極力減らし、人間の積極的な自然への関わり(食生産と脱廃棄・アウトプットの循環)による生態系拡張を大前提とする生態系中心目線で社会をデザインし直し、メリアブが食べてくれるし、と思いながら用を足し、そんなメリアブを食べて育った鶏、メリアブの糞が循環して育ったネギやら大豆やら生姜でを頂くの唐揚げやだし巻き卵はどんな気分だろうか。
おそらく今のところゾッとするくらい気持ちが悪い、というのが本音かもしれない。
農業の誕生以来、食生産は社会の基盤であり、中央権力の象徴であった訳ですが、人類が経験したことのない地球規模の危機に瀕している、という中、「人間の健全な生活が,生態系の健全性の中に織り込まれていることを見いだすことは可能」であり、生態系の健全性の追求を含まない個人の幸福の追求が自らがよって立つ土台を食いつぶすような価値観であるという実感を得るための、生命・生態系中心感覚と視点(政策として、またイデオロジーとして定義される生態系中心「主義」ではなく)を体験を通して認知、獲得することが重要なのではと感じます。
その本質的な循環システムを中規模で実装をしているこのSanergy という会社、ナイロビでの成果を元に投資会社のAXA Investment Managers (AXA IM)や東京ベースのMani Kapital と Kepple Africa Venturesから資金を調達し地域内でのスケールアップ(年間有機廃棄物処理量72,000t!)を着々と進行中の模様。
世界の急速な都市化に伴う人口密集地のし尿と有機廃棄物の処理問題は現在の一般的なアプローチ(下水処理施設、コンポスト、焼却と衛生埋め立て)では到底間に合わないし、ただ廃棄量の減容、捨てるためだけの施設の建設と運営を経済的環境的に賄えないのは明らか。
都市部から排出される有機廃棄物をほぼ全部食べてくれるメリアブを核として回収するエネルギー(栄養、燃料、希望)をBeyond-Zero-Wasteで地域内循環させ食生産に還元するシステムを既に構築、パーパスドリブンでゴリゴリ回す夢のような仕組みがケニアでは動いています。
リープ・フロッグ現象(leapfrogging)
ケニアでは他にも地熱発電を使った炭素回収(カーボンキャプチャー)や高い再生可能エネルギー比率などいわゆる先端技術を導入して一気に発展するリープ・フロッグ現象(leapfrogging)が多く見られるようで、すなわちメリアブ技術を使った都市部のし尿公衆衛生問題と地域循環型食システム開発は人類的には先端を突っ走っているとも考えら、輸入エネルギーに頼らない独自の循環型経済の発展が期待されそうです。
今後も世界で広がるメリアブによるし尿処理の展開からも目が離せない。