スポーツとウェルビーイング
住む人を幸せにするスポーツまちづくり
スポーツを触媒としたまちづくりの究極の目標は、住んでいる人を幸せにすることです。スポーツ実施率の向上や医療費の削減など、ベンチマークとなる数値目標を設定し、達成度を測ることも重要ですが、ハピネスやウェルビーイングなど、まちで生活する住民の全人格的な健康(ボディ、マインド、スピリット)が担保されなくてはなりません。
スポーツは、レジャーやレクリエーション、そしてプレイ(遊び)といった概念を包含する、緩やかで守備範囲の広い概念です。身体的レクリエーション(physical recreation)からアウトドアアクティビティ(野外活動)まで、人間をアクティブにしてくれる行為は、すべてスポーツとして扱っています。ウォーキングもしかりで、勝ち負けもルールもありませんが、広い意味でこれもスポーツです。人間が行うアクティビティで、最も基本的かつ不可避のアクティビティが「歩く」という行為なのです。
アクティブライフを支える都市環境
私は、拙著「スポーツ都市戦略」(学芸出版、2016年)の中で、スポーツに親しむまちづくりについて、次のように述べました。
スポーツや運動をする人にやさしいまちとは、日常生活において、市民が手軽にスポーツに親しむことができる環境が整っており、年齢やハンディキャップに関係なく移動が快適なバリアフリーの都市でもある。しかしながら今の日本において、爽やかに汗を流し、深く息を吸い、景色を楽しみながら歩くことのできる空間は限られている。都市の公園では、ボール投げやサッカーなどのボール遊びが禁止され、池にはフェンスが張り巡らされ、歩くことがおっくうになる車最優先の「車道」が延々と続く。遊ぶ、歩く、走る、投げる、打つ、競う、呼吸する、汗を流す、交わる(集う)、興奮する、爽快感を得る、リラックスする、休息する、といった、スポーツにまつわる身体文化と多彩な関係を生み出す「仕組み」や「装置」が、わが国の都市には欠けているのである。現代都市には、スポーツをする施設からスポーツを見る施設、そして自然の景観を楽しみながら歩く街路まで、人間が快適に、そして健康的に暮らすためのアクティブライフを支える都市環境が不可欠である。
健康的でアクティブなライフスタイルを誘導する歩道や自転車専用道、あるいは小道や歩道など、日常生活に密着したインフラの整備は、スポーツまちづくりの中で重要な意味を持っています。日常生活の延長線上にあり、特別なスポーツスキルやスポーツギア(ウェアやシューズなどの装備)を必要としないウォーキングは、アクティブライフの原点とでも言うべき活動です。
そのような視点から、国土交通省は「居心地が良く歩きたくなるまちなか」の形成を目指し、国内外の先進事例などの情報共有や、政策づくりに向けた国と地方とのプラットフォームに参加し、ウォーカブル(歩きやすい)なまちづくりを推進する「ウォーカブル推進都市」の募集を行っています。
欧米先進国の都市では、経済を最優先するあまり、車中心のまちづくりが行われてきましたが、その反省から、ひと中心の豊かな生活空間の再創造に向けた動きが活発化しています。バスや自動車が移動できる道は、血管で言うと「動脈」のような、血液(人や商品)を大量に移送する道路です。その一方で、バスや自動車が通れない細くて入り組んだ道は、血液を体の隅々に送り届ける「毛細血管」のようなものであり、自転車や歩行によってのみ目的地にたどり着けることができるのです。
人が快適に、気持ちよく歩いて移動できる小径(こみち)や散策道、そして自転車でスムーズに移動できる専用道を整備することで、土地の細部に宿る観光資源の発掘が可能になるとともに、にぎわいづくりや、交流の場を提供することが可能となります。その意味からも、韓国済州島の方言で「家に帰る細い道」という意味を持つ「オルレ」や、英国を発祥の地とする「フットパス」の取り組みなどは、今後のスポーツまちづくりの参考になるでしょう。