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「学芸出版社」より2020年7月出版

 アフターコロナの時代におけるスポーツの舞台は、オリンピックのようなメガスポーツイベントからノン・メガスポーツイベントへ、そして大都市から地方へ分散化されていくでしょう。今後、地域とスポーツの関係性をより深め、地域の課題解決の触媒としてどう活用するかが「スポーツ地域マネジメント」の鍵となります。

 以下は、本書の「はじめに」からの引用です。

 本書が目的とするのは、スポーツを活用した地方創生の処方箋を提示することです。現代のスポーツには「稼ぐ力」が内包されており、この力を活用することによって、税金に頼らず、公民連携の仕組みを使い、創造的な方法でスポーツによる地方創生を行うことが可能となります。よって本書では、なぜそれが可能かを論理的に説明するとともに、具体的な事例を交え、地域の実情を踏まえつつ、最適解が得られるプロセスを提示します。
 そのために必要なことは、スポーツという概念を深く理解することです。欧米のスポーツは、ラテン語のdeportare(デポルターレ)を語源とすることが知られています。この言葉は、「運び去る、運搬」という意味ですが、近代になると、そこから転じて「気晴らしや遊び」、「楽しみ」、「休養」といった意味で使われるようになります。よってスポーツには「プレイ」(遊び)の要素が強く反映しており、レジャーやレクリエーションと近接した考え方が強いのです。
 英国を始め、豪州やカナダ、そしてシンガポールなどの旧英連邦諸国が、プールや体育館を備えたコミュニティ向けのスポーツ施設を「レジャーセンター」(leisure center)と呼びますが、これはスポーツとレジャーの概念的近接性を示すひとつの事例です。その一方米国でも、コミュニティにあるテニスコートやプールなどの公共スポーツ施設は、当該自治体の公園・レクリエーション(Parks & Recreation)局が施設を管理運営しています。ここでもスポーツとレクリエーションの距離は近く、スポーツ=遊びという「エートス」(慣習や慣行:ethos)が人々の心の底流をなしています。
 それに比べて日本におけるスポーツは、明治期に海外から輸入された概念ということもあり、レジャーや遊びよりもむしろ、体操術や歩兵操練といった、国の富国強兵策に沿って立派な軍人を育てる軍事教練的な性格を強めていきました。その残滓は現代の日本の体育やスポーツにも色濃く残り、整列や団体行動などの規律と秩序が重視され、教育をベースとする概念として定着しました。
 しかしながら現代的なスポーツは、体育の世界の外側で大きく成長を遂げます。特にグローバルな商業化と産業化の波は、日本におけるスポーツの捉え方を大きく変え、スポーツ産業やスポーツビジネスに対する考え方を、より欧米的(というよりもむしろグローバル的)なものにシフトチェンジしていったのです。今やスポーツは訓練や教育のためだけの媒体ではなく、消費の対象であり、個人が自由時間に自発的に、快楽を求めて行うレジャー的なアクティビティになりました。
 歴史学者の梅棹忠雄は、江戸後期から明治まで、藩校などを通じて行われた教育には武士階級の価値観が貫かれていたとして、これを「サムライゼーション」と呼びました。すなわち近代日本は、国民を総サムライ化することで富国強兵を成し遂げたのです。しかし現代日本では、より豊かで幸せな社会をつくるために、消費をベースとした「町人文化」の熟成が必要と唱え、これを「チョニナイゼーション」と呼びました。日本における「武士の論理」から「町人の論理」への大きな転換が、スポーツの世界にも起きつつあると考えると分かり易いでしょう。
 スポーツにおけるパラダイムシフトに関しては、拙著「スポーツ都市戦略」(学芸出版、2016年)の第1章において、「アマチュアイズムからビジネスイズム」へというテーマで詳しく述べましたが、80年代後半から現代に至るスポーツの急速なビジネス化は、スポーツを取り巻く風景(landscape)を大きく変えました。プロスポーツは、エンターテイメント産業としてIT産業やメディア産業、そしてスタジアム・アリーナ等の建設産業と呉越同舟の関係を築く一方、スポーツ用品メーカーは、シューズからウェア、そしてアウトドア用品まで、川上(繊維や素材)、川中(製造業)、そして川下(販売)から構成される、一気通貫の流通構造を確立することで巨大産業に成長しました。このような成長は、たとえコロナウィルスのような突発的な災害で一時的に停滞しても、地球規模の健康志向(ウェルネスやフィットネス)や観光ブームが続く限り、今後も継続するでしょう。
 さらにスポーツと地域の関係に目を転じると、そこには大きな可能性が残されています。本書では、自立した地域の発展を支えるキーワードとして、スポーツ×文化×観光を媒体として、地域資源を有効に活用する実践スキームの紹介に重きを置きまhした。その構成は以下の通りです。
 序章では、高齢化と人口減が進展する社会におけるピンチ(危険)を十分に把握しつつ、それをチャンス(機会)に転じる方法について論じました。モノづくりからコトづくりへの発想の転換とともに、世界的に見ても優位性が高い観光資源が眠る地方を、どのようにマーケティングすべきかを考えます。そして体育からスポーツへとパラダイムシフトが進む日本で、旧来の制度に改革の手を加えながら、稼ぐ力を内包した新しいスポーツ地域マネジメントの考え紹介しました。
 第一章では、30年以上前に制度化された官主導のスポーツ振興施策の問題点を指摘しつつ、地域スポーツマネジメントに必要なパラダイムシフトを俯瞰しました。従来のインナーの視点だけでなく、そこにアウターの視点を持ち込むことによって、スポーツを振興する経営事業体のハイブリッド化が可能となります。これは、補助金に頼らない自律的な事業体への転化ですが、そのためには、マーケティング的発想が不可欠となります。
 第二章では、プロスポーツが地域で担う新しい役割というテーマで、地域密着型プロスポーツの現代的ミッションについて考えるとともに、CSV経営によって、社会課題の解決を目指す新しいビジネスモデルの在り方を指摘しました。プロスポーツの本質は、ファンをどうつくるかにありますが、ファンづくりにおいては、シビックプライドの喚起が重要な課題とされます。日本では、昭和から平成、そして令和にかけて、スポーツ行政は着実に発展しましたが、今後令和の時代においては、豊饒なスポーツ文化を実現するための方策が必要とされます。それが、スポーツが持つパワーを最大限に活用した地域活性化と、スポーツによる社会課題の解決、そしてスポーツホスピタリティに代表されるハイカルチャーの形成です。重厚な土台を築くことによって、日本のスポーツは新しいステージに向かうことが可能となります。
 第三章では、アウター政策に必要なスポーツツーリズムの新しい展開をテーマに据えました。日本は観光資源大国であり、大きく分けると「自然資源」と「人文資源」があります。前者には「海洋資源」「山岳資源」「都市近郊資源」「氷雪資源」があり、四季を通じて、アウトドアスポーツのフィールドは全国に広がっています。さらに後者には、公園、庭園、社寺、城郭など多くの歴史的建造物があり、これらを組み合わせることによって、スポーツ文化観光の可能性は大きく広がります。サイクルツーリズムやスノースポーツなど、デスティネーションマーケティングを駆使することによって、今後の発展が期待できる領域を紹介しました。
 第四章では、スポーツとまちづくりについて考えます。「スポーツまちづくり」とは、住む人を健康に、そして幸福にするためのアクティブライフの場づくりに他ならないのです。そのためには、歩くことを基調としたコンパクトなまちづくりと、住む人のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高めるコミュニティづくりが必要とされます。地域のサイズに合ったスポーツイベントも、まちづくりの大切な要素のひとつです。これからのスポーツイベントには、経済的な効果だけでなく、地域の社会的課題の解決に向けたCSV志向のベクトルが必要となります。
 最後の第五章では、地域スポーツを支える新しいマネジメント手法として、公民連携による効率的かつ多様な施設マネジメントや、新しいパークマネジメントであるPark-PFIの事例等を紹介しました。さらに今後重要となる人的資源の問題や、スポーツ地域マネジメントに有効な資金調達の方法について解説を加えました。


 


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