グレートリセット:ニューノーマル時代のスポーツ地域マネジメント
新型コロナウィルス感染症が導いた価値観と行動の変化
広辞苑によれば、価値観とは「何に価値を認めるかという考え方」であり「善悪・好悪などの価値を判断するとき、その根幹をなす物事の見方」を意味しますが、通常、普段の生活の中で価値観が大きく変わるような経験をすることは滅多にありません。大地震や津波など、命の危険を体験することで、死と生に対する見方(死生観)が大きく変わることはありますが、日常的なスポーツ実施のような「ライフスタイル」(生活様式)を大きく変容させることは難しいのです。実際、多くの自治体がスポーツ振興計画を策定し、スポーツ実施率の向上を謳っていますが、具体的な施策によって目標値を達成したケースは多くありません。
しかしながら2020年の2月以降、世界に蔓延した新型コロナウィルスは、人々の価値観と行動様式に大きな変化をもたらしました。その中で、最も分かり易いのが、消費性向や消費選択の対象の変化であり、テレワークの増加等による「余暇消費」の増大です。例えば米国のThe NPD Group, Inc.の報告によれば、2019年6月に比べ、2020年6月の「自転車」の売り上げは63%増の約710億円でした。同様に、カヌーやカヤックといったパドルスポーツの売り上げも56%増の約200億円であり、密を避けて行われるスポーツの定番であるゴルフ用品も51%増の680億円でした。アウトドアスポーツも人気で、キャンプ用品が31%増の620億円であるのに加え、バードウォッチングに用いられる双眼鏡の売り上げが22%増の18億円になるなど、米国人のライフスタイルと消費行動の変化が数字で示されたのです。
日本においても、コロナ禍の中、自然回帰のトレンドは堅調です。最初の緊急事態宣言が発令された2020年4月7日以後、スノーピークやロゴスといった総合アウトドア用品メーカーの売り上げはしばらくの間低迷しましたが、その後急激に回復し、通期では増収増益を見込めるまでに復活しています。欧米の傾向と同じく、自転車の売り上げも伸びており、例えば自転車の販売や修理を行う「あさひ」の2020年6-8月期の売り上げは、対前年比で1.42倍を記録するなど、特徴的な動きを見せています。
グレート・リセット
シュアブ&マルレは、「グレート・リセット」の中で、本のタイトルになっている概念を、世界が協力して、持続可能かつレジリエンス(resilience:回復・復元する力)のある未来のために、経済・社会システムの基盤を緊急に構築するためのコミットメントであると定義しました。彼らは、コロナ禍は、何を優先するかの順番を変え、日々の生活のさまざまな場面において人々の行動を変えたと述べています。本の中では、「私たちは皆、自身の肉体的および精神的なレジリエンスの重要性を意識するようになるだろう」と指摘し、「心身ともに健康でありたい、免疫システムを強くしたいと考える人々がいれば、それを手助けするウェルネス産業のセクターが勝者として浮上する」と述べましたが、その背景には、運動やスポーツ、そしてエクササイズや健康管理に対する意識の高まりと価値観の変化が存在します。
高まる「するスポーツ」への関心
コロナ禍が衰えを見せない2020年10月に、20歳以上の市民を対象に行われた「横浜市民スポーツ意識調査」(注3)は興味深い事実を明らかにしました。2019年秋に行われた同じ調査に比べ、スポーツを「週に1日以上」実施した市民は対前年比8.7ポイント増の64.5%であり、「週に3日以上」は4.4ポイント増の33.5%になったことが判明したのです。わずか1年でこれだけのスポーツ実施率の増加は、過去に見られない稀有な現象です。
65歳以上の高齢者も同様に、「週に1日以上」は1年で5.4ポイント増の80.2%で、横浜市が目標とする70%を10.2%も上回る数値となりました。さらに、過去1年間に一度でもスポーツを実施した市民の割合は、83.2%という極めて高い数値でした。
「スポーツへの感じ方」については、2019年度調査に比べ、「することが好き」と答えた回答者(48.1%)が10.5ポイント上昇した一方、「観ることが好き」は39%で6.2ポイント下降するなど、対照的な結果になりました。またスポーツを「好きではない」と感じる市民の割合(28.0%)が5.9ポイント下降するなど、前述の「グレート・リセット」が指摘した、ウェルネス産業への関心の高まりを実証するような数値が示されました。
「1年間に行った運動・スポーツ」において、最も数値が上昇したのがウォーキングであり、ラジオ体操などの健康体操・美容体操・ストレッチ、そしてトレーニングの割合が増えています。特に興味深いのが、「関心がないために行っていない」市民の割合が、15.3%から8.5%と6.8ポイントも下降していることで、同報告書が「新型コロナウィルス感染症による外出自粛により、運動の必要性に対する認識が高まった」と指摘するように、コロナ禍による市民の価値観と行動の変化が、数字で裏付けられる結果となりました。
このように、新型コロナウィルスとの共存が常態化するニューノーマルの時代においては、特に心理的なレジリエンス(回復する力)を高めるのに必要な「するスポーツ」のニーズが高まりを見せているのです。どこにウィルスが潜んでいるかわからない世界では、常に健康と衛生状態を保ち、スポーツによって体力を維持し、内部免疫力が低下しないように気を配らなければなりません。そのためには、新しい生活様式を支える「地域デザイン」が、まちづくりの重要な視点になるのです。