俺たちはまだ付き合っては、ない。
自分より柔らかい髪が顔にあたって、擽ったくて思わず目を開けた。
「はよ」
昨日の夜にコンビニで追加して買った桃の缶チューハイが足元で転がっていた。
「おはよーーー」
思ったより近い距離だったのだろう、少し前田はベッドの端に寄った。
「履修決めた?」
「いや、まだ決めてない」
「ちなみに締切は今日の12時までだけどそれはご存知ですか?」
「えぇ、そうなの?」
慌てて彼女はスマホを手に取る。
時計の針は10時34分を刺していた。
しばらくスマホにかじりつくのを察して、俺は先にベッドから出た。
カーテンの隙間から外を見ると、少し雨が降っている。
前田の分の傘はあったかな、と少し思った。
「そういえばさ、昨日の写真送ってよ。疲れてそのまま寝ちゃったよ」
「履修が決まったら送るからはよ決めろ」
「カナにもう履修送ってもらってるからあとは合わせるだけなの〜〜〜〜」
ケチだなぁ、とぶつくさいいつつも前田はもう一度スマホに目を向けた。
無防備な太ももに思わず目が行く。
「…昨日のことなんだけどさ」
少し目が合った。
目を逸らす。
いつもなら「おい今どこ見てたのこの変態やろうが」とかなんとか言うが、今日はもう俺たちは男と女という生物の枠に当てはまっていて、その言葉はこの状況に当てはまってない気がするのは前田も分かっているのだろう。
「私は、前も言ったけど付き合うのが苦手なの」
「うん」
何も言葉にならないのでとりあえず音を発する。
「あたし、塩田は今のままでいいと思ってる。」
彼女は後ろの窓の外の、俺と一緒の方向を見つめた。
「塩田にドラム習って、家に行って映画見て酒飲んで、暇な日にドライブしてTwitterの裏垢知っててさ」
窓の外では、雨なのにおばさんが落ち葉をほうきで掃いていた。
「記念日を祝うとかほかの男と会わないとか、そんな制約で愛を測りたくないよ、塩田とは」
クズ女が言うようなセリフを、ばか真面目に話す前田は何も間違ってはいなかった。
「でもね、付き合うならきちんと記念日はお祝いしたいタイプなんだ」
そっぽを向いている前田を思わずこっちに向かせて、右頬のホクロの涙を舐めた。
ひとつしかない傘を前田が差していけばいいと思ってしまうのも、
一緒に差して部活に行きたいと思ってしまうのも、
世間一般的には、俺はきっとどこかで間違えている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?