悲しみのバーミヤン
久しぶりの外食だった。
年末は何かと出費がかさむから、最近は奥さんと一緒の時以外、外食は避けていた。
ただ今日は、仕事と仕事の間にどうしても持て余してしまう時間があったので、久しぶりに外食しようと決めた。
選んだのは、大好きなバーミヤン。
極力出費は抑えようと、平日の日替わりランチを見る。
すると、幸運なことに今日のメニューは「豚キムチ」(他の曜日はあんまりだったから尚更嬉しかった。)
もちろんご飯は大盛りを注文。
そして近くには「おかわり自由」という最高の文言が。
それを見た僕は追加で半ラーメンを注文。
出費を抑えようと思ったあの頃の僕はもういない。
注文して少し待つと、配膳用猫型ロボットが僕の席の近くまで豚キムチランチセット+半ラーメンを運んできた。
席から立ち上がり、配膳用猫型ロボットからご飯を受け取る。
いつのまにか、人が料理を置いてくれる時代から、ロボットから料理を受け取らせていただく時代に変わっていた。
豚キムチ・大盛り白ごはん・半ラーメン
最高の3品が僕の目の前に並ぶ。
その姿はまるで三国志の劉備・関羽・張飛の桃園三兄弟のようだった。(劉備しか分からなかったからネットで調べた)
しかし、僕はすぐにがっついたりはしない。
もう35歳。良い大人なのだ。
良い大人は頭を使う。
ペース配分を考える。
ご飯にベストマッチの豚キムチ。
そして、僕はラーメンと一緒に白ごはんを流し込むのが何よりも大好きなのだ。
ガリレオの福山雅治ばりに脳内で計算する。
35歳の大人の胃袋は宇宙ではない。
朝を食べてない大人の胃袋は、今目の前に置かれている桃園三兄弟と、あと、もう一杯くらいは普通盛り白ごはんを食べられると判断した。
豚キムチを慎重に食べ進める。
ここで豚キムチを食べすぎて、2杯目の白米と残った豚キムチの比率が乱れたら、こんなにも悲しいことはない。
豚キムチに対して多すぎる量の白米を食べ進める僕。
しかし構わない。
これは2杯目の白米の事前準備・前説・始球式にすぎないのだ。
豚キムチを半分残し、半ラーメンは上のメンマと一口分だけの麺をすすって、まだ94%は残っている。
ーーー心臓の鼓動が速くなる。
注文のタッチパネルを手に取り、おかわりご飯を選択する。
すると、「普通」or「大盛り」を選べることに気づいた。
「 いっちゃおうぜ 」
僕の胃袋が僕に話しかけてきた。
「俺とお前ならやれる。見せてやろうぜ、満腹の向こう側を。」
我ながら頼もしい胃袋を持ったものだ。
将棋盤に最後の王手を叩きつける藤井聡太のごとく、僕は「大盛り」のボタンを力強く押した。
厨房から「大盛りご飯ひとつー!」の声が漏れてくる。
その大盛りご飯は紛れもなく僕のものだ。
誰もそのことを知るものはいない。
その大盛りご飯が僕のものだと知っているのは、
僕と胃袋と劉備元徳を失った関羽と張飛だけだった。
ニヤケが止まらない。
僕の目の前には、「半豚キムチ」と「94%半ラーメン」が今か今かと「おかわり大盛り白米」を待ち望んでいる。
店員さんが近づいてくる。
「あぁ注文しましたっけ?」みたいな顔をして待っている僕。
配膳用猫型ロボットではない、血の通った生身の店員さんが目の前にくる。
店員さんが言う。
「すいません、日替わりランチはおかわりなくて、こちらの満腹定食を頼んだ方だけになります。」
「あぁ、そうですか!笑 すいません、間違えました笑」
ーーー絶望。
僕はメニューを読み間違えた。
残されたおかずたちと、空(から)の白い茶碗がやけにまぶしかった。
なにが「もう35歳、良い大人」だ。
良い大人はメニューを読み間違えたりしない。
親に捨てられた子どものように、半豚キムチが僕を見つめている。
「ねぇ、白ごはんは?」
今にも泣きそうな声で僕に聞いてくる。
隣で、94%半ラーメンが「わかってた。おかしいと思った」というような顔で帰り支度を始めていた。
伸び始めた麺を冷めかけたスープで必死に抱きしめたまま…
僕は残った半豚キムチと94%半ラーメンをそっと胃袋にしまって、店を後にした。
誰も悪くない。
読み間違えた僕がわるい。
悲しさと寂しさの味がした。
そんな日替わりランチだった。
原いい日
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