接客

この前、夫と、あるラーメン屋に行った時のこと。

そこのラーメン屋は、昔ながらの中華そばを売りにしており、餃子さえない、というメニューの少ないお店だ。
シンプルで飽きのこないその味は、どちらかというと、年配の方が好むようだ。
背あぶらたっぷりといったこってり系のラーメン屋にくらべると、客の年齢層は高い気がする。

私達夫婦もよく行くが、並盛りを二つ、という注文をすることが多い。
この並盛り、ラーメンの量は普通だが、分厚いチャーシューが3枚、厚切りのメンマも4-5本、ナルトも3枚、と具はたっぷり入っている。
味はシンプルな醤油味でも、一杯で十分満腹になる代物だ。

その日は、夫は大盛り、私は並盛りを食べていた。私の方が早く食べ終わったため、水を飲みつつ、夫を待っている間に、新規の客が店に入ってきた。
70代以上に見えるおばあさんが二人と、60代くらいの夫婦という四人組。一人のおばあさんは足が悪そうで杖をついている。
あー、やっぱりここのラーメンは年配の方にも愛されてるんだな、と思って見ていた。

彼らがついたテーブル席に、20代前半くらいの女性店員が近づく。注文を聞きにいったのだろう。
私達の席から5メートル程離れた、その席からは注文のやり取りがうっすら聞こえてきた。食事も済んでボーッとしていた私は、聞くともなしに彼らの会話に耳を傾けていたのだ。

女性店員が、客からの質問に対して、
「そうですね、お好きな方でしたら、頼まれることもありますね。」
と答えていた。質問内容は聞き取れなかったが、メニューについてのものだろう。

その後、店員が確認のために注文を復唱しだした。
「では、チャーシュー麺を3つ、メンマ麺を1つ、でよろしいですね?」

え!?
思わず、顔を上げてしまった。

チャーシュー麺って言った?しかも、3つって??

いやいや!30代のちょっと食べる量多めの私でも、並盛りで十分だよ!その並盛りのチャーシュー3枚でも、3枚目はちょっとモタれるなぁって、いつも思ってるよ!!
それなのに、中高年、てか、ほぼ高齢者のあなた方に、チャーシュー麺は無理ですよ!このお店のチャーシューのボリューム、なめてもらっちゃ困るんですよ!!

思わず、この驚きを小声で夫に訴えてしまった。
「ヤバイよ、あの人たち、絶対食べられないって!」

不安を感じたのは、私だけではなかったのか、その客が、再度女性店員を呼び止め、
「ハーフサイズってできるの?」
と質問した。

ほらほら、言わんこっちゃない。ハーフとかいうなら、チャーシュー麺なんか、絶対無理だよ。

しかし、質問に対し、彼女は朗らかにこう答えた。
「ハーフサイズというのはないんですが、お値段は同じで量を半分にすることはできます。」

すると、そのやり取りを聞いていた男性の店員が、厨房から出てきた。あ、と思い、その成り行きを見守っていると、男性店員はまっすぐ件の客たちの席へ向かった。

そして、彼は、
「お客様、チャーシュー麺というのは、かなり厚く切ったチャーシューが7枚入っておりまして、相当なボリュームです。並盛りでも、チャーシューは3枚入って
いますので、そちらでも十分な量になりますが、チャーシュー麺でよろしいでしょうか?」
と丁寧に説明し、再確認した。

すると、案の定、客からは
「あら、そうなの。じゃ、並盛りでいいわ。」
という返答があり、
「承知いたしました。では、並盛り3つとメンマ麺はお変わりないですね?ハイ、かしこまりました。」
と、再度訂正された注文内容を確認して、厨房に戻っていった。

そりゃ、そうだ。
明らかに高齢者の方にはチャーシュー麺は厳しい。
だから、本来なら、女性店員は最初に質問を受けた時点で、男性店員がしたような丁寧な説明をすべきだった。そして、その時に並盛りをお勧めするような配慮は、できたはずだ。

百歩譲って、チャーシュー麺3つの注文を受けたとしても、その後、ハーフサイズに、という要望があった時点で、やはり並盛りを勧める、という選択肢は当然とれただろう。

そこでも、気づけない。

これが、気遣いのできる良い接客と、そうでない接客の分かれ目だ。

決して、彼女の態度は悪かったわけではない。言葉遣いにしろ、愛想にしろ、平均点以上のものだったと思う。
でも、決定的に欠けていたのは、お客様を見て、何を望まれるのか、どうしたら喜んでいただけるのか、を想像する力だろう。
そして、それを機敏に行動にうつせる対応力。

ラーメン屋の店員で、そんな一流ホテルのような接客術は不要なのかもしれない。ただ、このお店の男性店員はそれが自然とできていたのだ。そうである以上、彼女にもそういう力は望まれているはず。
ぜひ、今後は、彼からその技術をしっかり見て盗んで、成長していってもらいたいものだ。

私自身は接客業ではないけれど、彼のような気遣いや対応力を、私も身に付けたいな、としみじみ思う。

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