先日、昼休みに一人でカフェに入った。
そこは今年3月にオープンしたばかりのお店で、前から一度行ってみようと思っていたのだ。さすがにオープンしたて、ということで、平日の昼なのになかなかの混雑ぶりだった。広いお店なので、席がない、ということはなかったが、駐車場は満車だった。

先にカウンターで注文とお会計を済ませ、窓際の席についた。
外は小雨が降っていて寒そうだ。ふと、前に視線を向けると、一人の女性店員の姿に目がくぎ付けになった。よく知っている顔だった。
「こんなとこで働いてるのかよ・・・」

彼女は、私の会社で派遣社員として働いていた元同僚だった。
年は私の一つ下で、同じ課で働くうちに、気が合うことが分かり、個人的にも親しく付き合っていた。ちょっと天然、明るく気さくな性格で、皆から好かれる子だった。私も、その天然っぷりをいじりつつ、仕事上でもかなり面倒をみたと思う。なにせ入ってきた時、エクセルもろくに使えなかったのだから。

そんな彼女が会社を辞めると言い出したのは、3年ほど前のこと。
「正社員になりたいので、就職活動しようと思ってるんです。」
と理由を言っていた。既婚者だが、子供はいないから、フルタイムで働けるし、より良い条件を求めるのは当然だ。正社員になる努力をする決心をした彼女を応援しようと、最終日にはちょっとしたプレゼントと手紙を渡した。
「あなたならどこでも皆に好かれて、うまくやっていけるよ。就職決まったら、必ず連絡してね。祝杯をあげましょう。」
と書いた手紙。もちろん本心だった。

その応援がまったくの無駄だった、と知ったのは、彼女が会社から去って、半年ほど経った時。私と彼女は同じ美容院に通っており、そこの美容師さんから衝撃の事実を知らされたのだ。
なんと、彼女はすでに夫と離婚して、別の男の子供を妊娠中で、その人と再婚する予定だという。
退社以来、まったく連絡をとっていなかったので、寝耳に水だった。

しかも、別ルートから、その再婚相手の男が、私の会社の関連会社の社員だと判明。別会社だが同じ職場なので、私ももちろん知っている。さらに、彼はその前年結婚したばかりで、結婚祝いに寄書きをした記憶もまだ新しかった。
社内でW不倫の末に妊娠。退社時にはすでに妊娠しており、私に話した退社の理由もまったくの嘘だった。思い返せば、当時彼女は「胃腸炎で」とよく会社を休んでいた。それも大嘘で、つわりだったようだ。

ショックだった。不倫とか不貞とか、それはこの際どうでもいい。前の旦那とあまりうまくいっていないと聞いていたし。私には直接関係ないから。
少なからず仲良くしていた子に嘘をつかれたこと。その嘘を信じ切って、応援までしたこと。それが、辛かった。傷ついたし、腹が立った。

その後、再婚相手の男はしれっと働き続けていたし、彼女が無事男の子を出産したことも美容院で聞いた。

お互いの元配偶者やその家族、友達、同僚など、多くの人間の信頼を裏切り、傷つけた、彼女たちが幸せになるのはおかしいと思った。その罪はどこかで必ず贖わなくてはならないはずだ、と。

その彼女が目の前で、別の客の皿を片付けていた。横顔のひきつり具合で、私の存在に気づいているのが分かった。私がお店に入ってきた時から気づいていたのだろう。その上で、気づかないフリをしていたに違いない。こちらに視線をよこそうともしない。それが逆に不自然に見えた。
そして、その後から、ずっと彼女はホールに出てこず、カウンターの中にいた。店長に事情でも説明したのだろうか。
「以前の職場の人がいて、あまり顔を合わせたくないんです。」とでも。

それなら、もういい。

私は、さっさと食事を終え、カフェを出た。
でも、その帰り道、その午後、ずっと気分が悪かった。
お互い気まずい思いをする原因を作ったのは、あの女の方なのに。なぜ私が気を遣って、彼女に気づかないフリをしてやらないといけないのだ。

大体、そんなひどい辞め方をしたくせに、知り合いに会うかもしれない場所(私の会社からも近い)で接客業につく無神経さ。なんなんだ。お前は、知り合いに会うリスクが低い所で働けよ。日蔭を生きろ。堂々と生きるな。

私は二度と、そのカフェには行かない。
そして、彼女とその夫のように、人から後ろ指さされるような罪は犯すまい、と強く思う。


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