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モンスターの左手【前編】

洞窟の中で、ツノの生えたモンスターは絵を描いていた。
3日にいちどは食糧を取りに外に出ていた。
そこで見た牛を、水鳥を、農耕を湿度の高い壁に、毎日毎日。

いくつもの時代を経て、モンスターのライフスタイルは変わった。
ひと月に1度だけ洞窟に戻り、絵を描いていた。
外で出会う人々を、ビルの森を、スクリーンに映し出されるアートを。

ツノは削り、洋服を着て、言葉を学び、人間のように振る舞った。
舞台の役者のようでもあり、こどものままごとのようでもあった。
描かれる出来事はより複雑になり、物語のようであった。

脳を醒ます珈琲の香り漂うコーヒーショップで、モンスターはお気に入りの帽子を脱いだ。
不思議なことになぜか生えてきた髪の毛で生えかけのツノを隠した。
当たり前のように小銭を数え、足りないと気づき電子マネーで支払いをした。

ラップトップを開き、下絵を描きながら視線の気配を強く感じた。
真隣の席から美しい人が見ている。
液晶の中の描線と、モンスターにしか解らない言語の連なりを。

ーーーごめんなさい、あまりにも綺麗で目に留まったのーーー

美しい人の口元に動きはなかったが、そう言っていることがモンスターにはわかった。
どちらからともなく、彼らは言葉を交わした。
人間の言葉だ。

モンスターは在庫ともいうべき絵画の数々を示した。
美しい人はたいそう喜んで1枚づつ摂取するように味わった。
難解で奇妙な言語すら謎解きの冒険を楽しむように読み進めた。

美しい人は洞窟に来たいと言った。
モンスターは戸惑った。
ハイパーグラフィアの暮らす部屋の、夥しい描線を披露することを恐怖した。

to be continued...

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