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生きるということ、食べるということ

どーもトンチキです。
今日もやらかしました、大爆睡。

現在、午前3時半。
またまた夕食を抜いてしまった……。

私の平日の食事ルーティンは、朝におにぎり1個、昼に冷食を詰めたお弁当とおにぎり1個。夕飯で栄養をガッツリ取っていくスタイルなのに、夕飯を抜くとはこれ如何に。

いやね、帰ってきて、彼に「横になるな!また寝るぞ!!」っていっぱい言われるんですけどね。どうにも動けなくって……なんかしんどくってぇ……。ちゃんと起きるから……。と約束して毎度毎度この時間に起きるんですよ。学習しない。

ああ、ご飯。私、食べるの大好きなんです。
基本的に苦手なご飯って無い。珈琲とかミントとかそういう嗜好品寄りのものぐらい。あとは濃すぎるパクチーの匂いとか?

さすがに虫が苦手だから昆虫食は抵抗あるけれど、あら汁に入った魚の目玉も、美味しくいただけるタイプ。

だからご飯はできるだけ抜きたくないんです。……元気な時だけは。

彼いわく、今の私は「生きる気力が湧いてない」状態に見えるらしく。
確かにここ数日、ちょっとネガティブ寄りの思考というか、とあるジャンルが苦手だとはっきり自覚しちゃって、お疲れモード。

誰かの好きをできるだけ嫌いたくないのに、生きている以上どうしても苦手があって、でもその苦手を苦手だと突っぱねきれない……八方美人な自分が嫌になって、これ以上嫌な人間になる前に、何も見ずに彼のところに行きたいなあって思っちゃう。

だからご飯も食べる気力すら湧かずに、ただひたすら眠りこける。

生きるということを支える大きな柱には、食事と睡眠と排泄があって。食事という柱を抜いたら、排泄すらバランスが崩れて。残る睡眠が浮き彫りになるのは、当然っちゃ当然。

今回はそこまで行ってないけど、鬱の時に全然動けなくなるのも、道理かなって。いや素人だからね、正解なのか分かんないけど。

だから、とりあえず彼は、私が起きたら「とにかく何か食え」って言ってくる。
冷蔵庫には色々入ってるけど、温めて、食べて、食器洗ってという工程全てが面倒で、布団に戻りたくなる。
もちろんそれは彼に阻止されるので、今日は大人しく味噌汁とヨーグルトだけは食べたけど、それすら面倒だったから、早く生きる意欲が湧いて欲しい……面倒だと思いながら生きたくないよね。

それに食べないと、当たり前だけど痩せていく。
私は結構定期的にメンタルを病んで、絶食したり、ご飯を抜くので、良い体つきとは到底言えない。

おまけに、他人はどうであれ、自分は痩せているのが美しい、痩せなければという、ある種の強迫観念がこびりついているので、メンタルが病んで痩せても「ラッキー🎶」に思ってしまう。

彼は「いつか骨と皮になっちまう」って凄い悲しそうに言ってくるから、ちょっとは太った方がいいんだろうけど。

生きるのって、難しい。
生きているのに、生きているからこそ、生きていく上で必要な作業のうち、もしかしたら一番と言っていいほどに好きな「食べる」という行為すら、拒否してしまう。

いつか彼の元へ行ったら、色んな神様に聞いてみたい。
なんでこんなに生きづらい人生で生まれてきてしまったのですか、って。
常にハッピーでトンチキでありたいのに、どうしてこんなに、色々考えるしかない生き方になっちゃうんですかって。

生きるのって難しい。でもとりあえずは簡単に考えよう。今は健康的な食事を摂れるよう、務めなければ。

というわけで今日はここまで。
なんだか暗くてごめんね。

ではでは、はい乾杯🍵🍵

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