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面白い話があります。

同じ寺院で長い間修行を積んだ2人の僧侶がいて、2人は親友でした。2人は2,3か月のうちに相次いでこの世を去りましたが、一方は極楽浄土に生まれ変わり、もう一方は虫となって糞の中に生まれました。極楽浄土に生まれた方はありとあらゆる無上の喜びを味わい、至福の時間を過ごしていました。けれど彼は、友は一体どこへ行ったのだろうと考え始めました。そこで、極楽浄土をくまなく探し回りましたが、友は見つかりません。次に人間界を探しましたが、やはり見つかりません。それで動物界、虫の世界と順に探してみると、生まれ変わって虫となっている友を糞の中で見つけます。「なんということだ」と彼は思います。「友を救わなければ。あの糞の中に降りて行って友を極楽浄土へ連れてこよう。そうすれば一緒に無上の喜びを味わうことができる。」 彼は糞の中へ降りて行き、ともに呼びかけます。すると小さな虫が糞の中から這い出てきて「お前は誰だ」と言います。「君の友だ。過去世で僧として一緒に修行したじゃないか。君を連れ戻しに来たんだ。一緒に極楽浄土に行こう。」 しかし虫は「あっちへ行け。消え失せろ」と言うばかりです。極楽浄土がどれほど素晴らしいか言って聞かせますが、虫は「余計なお世話だ。俺はここで十分満足している。帰ってくれ」と聞く耳を持ちません。ともかく捕まえて無理やりにでも連れて行けば極楽浄土の素晴らしさが分かるに違いない。そう思って虫を捕まえます。けれども引っ張れば引っ張るほど、虫は糞にしがみつくのです。 <アジャン・プラーム著 トラック1台分の糞を注文したのは誰だ>


1.悪い方へ変わるかも知れないという考えは変わる事が恐怖になる

2.何かを得る期待よりも、何かを失う恐怖にインパクトを覚え行動する

この2つが人を変化する事から遠ざけているのです。


周囲が嫌だと言うからと言って、あなたがそれに合わせ進む必要はありません。それ等をそのままにしておく事を薦めます。

ただし、時が来るまでにあなた自身が変化を受け入れる事によって、どれだけ恩恵を受けられたかを見せる事が最善となります。

そうする事によって、人生において

「何かを変えたければ、まず自分から」という言葉の意味が更に深みを増し、人生を歩んで行けるようになるでしょう。


2020年6月10日 25:25

1人では何もできないからこそ、人の助けが身に沁みます。