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「複数恋愛」な生き方

前回は不倫のことをテーマに書いたけど、不倫は複数恋愛に入るのかどうかって話になると、それは入らないってことだと私は思っている。


浮気も同じで、複数恋愛っぽくは見えるけれど、ちゃんとした複数恋愛の定義とは違うと思う。


ちゃんとした複数恋愛って言い方も一般的には受け入れられそうもないんだけど、一応わたしなりのちゃんとした定義があるので、それを書こうと思う。

※私なりの考え、解釈なので、正しいかどうかは保証できませんのでご了承くださいね。

日本は一夫一婦制だから、複数恋愛というと、世間的には受け入れられないものだろうなって思う。


いまでこそ、複数恋愛をポリアモリーという愛のカタチとして広まってきたから、カミングアウトしやすくなったかもしれない。

とはいえ、まだまだ認知度は低いと思われる。


浮気や不倫が複数恋愛とは言えない理由としては、その浮気や不倫に関わる全ての人がそれを受け入れていないところにある。


複数恋愛は、それに関わる人すべてが納得した上で始める恋愛である。


なので、誰が一番で誰が二番という優先順位もないから、みんな大切な存在で平等なパートナーシップって感じかな。


この複数恋愛を成立させられる人って、精神的にすごい成熟していないとたぶん続かないと思う。

嫉妬や束縛があれば、それは複数恋愛に向いてない。

私もどちらかというと、ヤキモチ焼きだと自覚していたけれど、この複数恋愛の生き方を知ったとき、思ったんだ。


一対一で付き合うのが当たり前で、彼にとってのナンバーワンであり、オンリーワンでないのはプライドが傷つくものだ。

浮気はされたら嫌だし許せない。


という世間一般的な考えが身についていたからだなって。

でも、本当にそうなんだろうか。

本当に"わたし"は、そう思っているんだろうか?

と、自分の心と真面目に向き合ったとき、当たり前のようにインプットされていただけかもしれないな~と思ってしまった。


小さいころから当たり前に身についた考え方を「常識」と呼ぶんだけど、私はこの「常識」っていう考え方が、ことごとく納得いかなくなっている。


常識ってなんか違う。

常識って生きづらい。

ってことはその逆である非常識が合ってるんじゃないかな。


そういう考えに至ってからは、本当に私らしく生きられているから、とても楽になった。


それと複数恋愛を一緒にするのもどうかと思うんだけど、もしかすると本能に聞いてみたら、もしかすると(二回目笑)一緒かもしれないと思い、こんな記事を書いているのだ。


昔々は、日本だって複数恋愛とは呼んでなかったにしろ、夜這いとか当たり前にあったらしいし、誰の子かわかんない子を産むってこともあったんだろう。

一夫多妻な時代だってあっただろう。

昔の一夫多妻と現代の複数恋愛とは、これまた別の定義なんだけどね、一対一である一夫一婦制が、無理やりつくられた制度なんだなぁっていうのはわかる。


だから本来、人間なんて複数恋愛向きなんだと思う(ちょっと強引かな)。

結婚制度があるせいで、一生に一人の人としか交われないのも、ある意味、無理があるよね。

逆に結婚制度があるおかげで、一生に一人のひとだけと愛し愛される幸せというものもあるし、こちらのほうが、いまの世の中の常識としては無理がないと言える。


そんなわけで、このポリアモリー(複数恋愛)というものをもっと肯定的に受け止めてみたとき、また新たな世界が開けるんだろうし、もしかすると、その生き方のほうが、しっくりくることに気づくのかもしれない。

そしていま、もしかするともう、私はこの考えを肯定的に受け入れられたような気もしている。

ダメだダメだと思うほど、ストレスになるしイライラするし、嫉妬の炎もメラメラになるんだと思うから、それを全てOKにできたなら、ふーんそうか~というように受け止めることができる。

ただ、それを本気で納得の上、受け止め受け入れしているかにより、つらいのか楽しいのかにはっきり分かれるものでもある。

私はつらい恋愛なら、やる意味がないし、自分のためにもならないと思っている。

なにかしら成長もできる関係でありたい。
パートナーから、学ぶものもあるのが理想なのだ。

悩んでばかりや、悩みが多い関係なら、時間の無駄とさえ思っている。

昔は恋愛には悩みがつきものって思っていたけれど、いまは違う。

そう思い込み信じていただけだと言うことだ。

楽しいばかりの恋愛があってもいいと思うし、私はそういう恋愛関係を望む。




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