辛いことを経験したわけ 母の愛と娘の愛と
すりおろしりんご、食べたことありますか?
どんな時ですか?
風邪などひいた子どもの頃ですか?
子どもの頃、妹が風邪をひいて、
母がりんごをすりおろし食べさせているのが羨ましかったです。
私は、すりおろしてもらった記憶がありません。
仙台銘菓、萩の月を食べていました。
(今は、具合悪い時、クリームが入った萩の月は食べられないなー。)
中学の頃、毎週末熱を出していましたが、
自分でレンジでおかゆを作っていました。
両親は、私のことを心配していないわけではないし、
極端に差別・えこひいきしているわけではないのだけれど、
寂しい思い、なんでという思いを感じていました。
「橋の下で拾われてきた」は、たぶん本当だろう。
と、結構本気で思っていたかも。
中学生の時は、「橋の下で拾われてきたならいいな」(血が繋がっていないといいな)と思っていたかも。
大人になって、母が言ったのは、
「長女のあなたは、お母さんの言うこと聞いて、なんでも言う通りにやったから。次女は、言うことを聞かず、手がかかったから。
そして離れて生まれた三女は小さかったから。」
大人になり、私は自分と向き合い、癒し、
今は、母ともいい距離感である。
さて、今週ちょっと具合が悪くて、食べない方がいいなと思いました。
頂いたりんごからいい匂いがしています。
チャンス到来!
なんのチャンス?
すりおろしりんごを作ってもらい、小さな私を癒し、満足させるチャンス。
「りんごすりおろして」
「OK」
「楽しい!もっとたくさんやっていい?」
noteにも、ちょくちょく登場する我が娘。さすがです。
軽やかです。
一緒に美味しく、すりおろしりんごをいただきました。
私、辛い人の気持ちがわかりたい
だから辛い経験したいと公言していました。
でも、娘が生まれて約1年後、撤回しました。
もう十分辛い経験をした。
私が辛い経験をしなくても、私は癒せる、寄り添える。
(逆に言えば、私が苦しんでいたら、癒しのエネルギーを広げることはできない)
一人一人が持つ力を信頼し、その人がその人らしくあることをサポートするヒーリングができる。
愛と喜びの人生を選択しました。
娘とは共通のところと真逆のところがあって面白いですよ。
そして、母も変わりましたよ。
なんか、私に怒られると思っていて、私を突っぱねていたらしいですよ。
私の愛の深さが怖かったんだろうなー。
娘の愛の深さ、娘が愛されていることが許せず、自分の枠にはめよう、抑えつけようとした人もいるからね。
それはある意味、母と私の関係を誇張して見せてくれたのだと思います。
それらから、すでに私たちは自由になっています。
みんな、すっごい力を持っている。
その自分の力を認めるのを怖がっている。
私がそうだった。
表面上はお互い気づいていなかったけれど、親が怖がっていたら、
子どもの私は力を出さないようにするよね。
(今気づいたけど、アナ雪のエルサもそうだよね。)
なかったことにするよね。
この力とは、ヒーリング能力とか共感力とか繊細さとかいうものではなく、
みんな生まれながらに持っている力。いのちそのもの。
私は、自分の力はないものとし、自分は弱い存在だと思っていた。
(いのちそのものを抑え込んでいたから、ロボットかな。
母の、周りの期待に応えるロボット?
でも、心は痛んでいた。傷んでいた。
さらに、私は巧みでした。適度な我儘を言うことで、自分も相手も欺|〈あざむ〉いていた。)
そこに、オープンな娘がやってきた。
私は「無条件でお預かりします」と宣言して、授かった子なので、
ただただそのまんま育てている。
私は自分のことは信じられないのに、
娘のこと、娘のパワー・いのちは信じられた。
周りがなんと言っても娘を信じられたことで、
今では私は、私のことを信頼しているし、私の力・エネルギーを恐れなくなった。
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