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とほほ喫茶
SNSに流れるレトロな喫茶店。あら素敵と弾む指先でハートをタップし、赤色にする。美味しそうだったり、フォトジェニックだったり。それらを見て微笑みながら、私はチェーン店のコーヒーをすすっていた。
主の好みをよく学習しているSNSは、そんな画像をたくさん見せてくれる。過去には私もノスタルジーを感じ、偶然出会った喫茶店に入ったこともある。だがことごとく、とほほだった。積み重なるとほほ。その中でも最上級だったのが浅草橋の喫茶店だ。
もう10年以上も前の夏。その日、転職活動中の私は面接だった。早く着きすぎてしまい、カフェで時間を潰そうとしたが、付近に飲食店が全くない。唯一見つけたのがその古い喫茶店だった。何となく嫌な予感がして、他の選択肢はないかと周りを見渡すも、ないものはない。ここしかないのだと、意を決して扉を開ける。瞬間的に「無理!」の単語が飛び出した。だが開けた扉を閉める勇気はない。中に客も誰もいない。もう引き下がれないと息を飲んで席に着いたのだった。
その店は床も壁もむき出しのコンクリート。アーバンな打ちっ放しのヤツではない。ただのむき出しのコンクリート。しかも薄暗く、冷房じゃない冷えが漂っていた。こんな内装は見たことが無い。私は驚きと警戒心で震えていた。
更にテーブルと椅子はとても小さく、両方とも脚が細い鉄パイプ。それが全面サビで覆われ、赤茶色になっている。椅子のクッションなんてほぼ無く、カバーは合皮というより、皮っぽい見た目の緑色のビニール。身を小さくして座った椅子の上で「どうして」と思いながら、運ばれてきたアイスコーヒーにただただ向き合っていた。
コーヒーを出し終えた店主はカウンターの中。そこは明るくて温かくて快適そう。彼はいつも通りな様子でスポーツ新聞を読んでいる。カウンターの位置は高く、私は見上げる形になっていた。初めての雰囲気にビビりながら、なんとかこの店の良い所を見つけ出し、心を落ち着けようとする。ひねり出した答えは
「水はけが良さそうな床」
とても喫茶店の良さを表す言葉じゃない。暗く小さなテーブルから、もう一度店主を見上げる。なぜかさっきよりもカウンターが高くなり、まるで城壁のように見えた。その後は店内を何も見ず、頭の中を空っぽにして、着いていたテレビだけを見つめていた。コーヒーの味は覚えていない。
以来古い喫茶店を見つけ、入ろうかしらと思う度にこの店がよぎる。だからもう、喫茶店はSNSで鑑賞する物とした。そうして私は、今日もチェーン店でコーヒーをすする。
「う~ん。普通に美味い。」