【マンガ】「惑星のさみだれ」感想 大人は子供に"大人って楽しそう"と思わせるために笑う
惑星のさみだれ 全10巻
水上 悟志
ヤングキングアワーズ (少年画報社)
2005年〜2010年
2022年7月からアニメが始まるということで、久しぶりに読み返しました。
初期では会話のクセ、若干のお色気要素で気になるところがあります。
しかし全10巻で綺麗に完結し、"輪廻転生と意志の伝承"、"大人とは何か"、"自己とは何か"という作者が描きたいテーマと、練り込まれた構成があります。
もう一度読み返すことで新たな発見や伏線がいくつもあるという。私的には名作です。
ネタバレしないように感想を書きますので、少し抽象的な内容となります。
おじさんがカッコいいマンガは良いマンガ
"犬の騎士"こと、東雲半月(しののめはんげつ)のセリフです。
主人公の"トカゲの騎士"こと、雨宮夕日は大学生。上のセリフを言った東雲半月は28歳。
正直おじさんというほどの年齢ではないですが、作中では"大人"として描かれます。
無意識のうちに他人に心を開けない雨宮夕日。
少年時代に親代わりの祖父から、"人間は全てクズだ"、"人と関わらず孤独に暮らせ"と洗脳されたり、友達を家に連れてきた時には鎖で縛られて監禁されたり、というトラウマを持っています。
そこへズカズカ足を踏み込んでくる東雲半月のお節介さには嫌気がさします。
しかし雨宮夕日がこのセリフを聞く頃には、裏表のない東雲半月の人柄や考え方に"尊敬できる理想の大人像"を見つけて、信じて心を開くようになります。
大人とは何か?
このマンガでは、"子供には将来に明るい希望を持っていて欲しい"と願う、大人達が溢れています。
一緒の時間を過ごし、疑問を持った時には問いかけをし、子供たちが自分なりの答えを出すのを見守る。そして"道しるべ"のように、困難に立ち向かう姿を見せる。
まさに"背中を見せる"ことで語らずとも自分の生き方や、良い大人になる方法を伝えます。
ただ大人達は決して"大人"な訳ではなく、子供っぽいところも描かれています。正義のヒーローに憧れていたり、子供のように感情を隠さずに泣き喚いたり。
それでも子供に"大人"な姿を見せるのは、きっと同じように大人の背中を見てきたからなのだろうと思わされます。
この物語では、"500年"という長い時間もキーワードの一つです。
この長い長い時間に対峙する短命な人間は、次世代に知識、技、想いを伝えることで大きな困難に立ち向かいます。
ここも本作の熱いポイントの1つです。
いろいろな経験を経て成長した雨宮夕日も"大人"となり、子供達に背中を見せる姿は感動しました。
最初はひねた大学生で、正直魅力というよりウジウジする様子を見てイライラを感じます。しかし全体を通して見ると、これは本来の心のままに生きる自分を取り戻す物語とも言えます。
"犬の騎士"以外にも、素敵なおじさん達が出てきます。
"カジキマグロの騎士"や"猫の騎士"、そして人間ではないですが従者"フクロウのロキ"もいい大人していますね。言いだすとキリがないです。
みんな失敗や悔しい思いを繰り返して大人となり、それを子供に繰り返して欲しくない。
しかしその思いをうまく伝えられる人と伝えられない人、逆にうまく受け取れる人と受け取れない人。ここに、このマンガの登場人物たちの不器用さや魅力があります。
サイキックと自分の殻
この物語では"サイキック"が重要な意味を持っていると思います。
魔法使いアニムスは"サイキック"、つまり超能力者です。そして獣の騎士団に選ばれた指輪の騎士達には、"掌握領域"という"サイキック"を与えられます。
最初の"掌握領域"は、物を少し動かせる、少し高くジャンプできる、というごく小さな力でした。
しかし自分の体力と想像力を鍛えて成長させることで、槍の形にして突き刺す、炎を出す、凍らせるなど独自の能力に変化させることができます。
獣の騎士団に選ばれた指輪の騎士のメンバーは生い立ちやトラウマから、自分の限界を決めてしまう、自分の感情を秘めるなどの、"自分の殻"を持っている人が多いです。
雨宮夕日の場合、自分を縛る鎖という形で表されますが、今考えるとこれは自分に対する縛りの"サイキック"でもあります。
また別の登場人物として、自分の能力に限界を感じて悩んでいた"猫の騎士"こと風巻豹(しまきひょう)。
強大な"サイキック"を持つアニマから受けたアドバイスの言葉も良かったです。
敵である魔法使いの手下、"泥人形"とは何か?それと対峙する人間とは何か?そして自分とは何か?
風巻豹が出した結論は、"形なんて何でもいいんだ。心の内なるものを投影する。"
人と比べること、人に言われて気にすることで悩むことは自分自身でもよくあることですが、最後は"自分がこうしたい"と思う自分の声を聞く努力をした、ということでした。
風巻豹はこの結論に至るまでに、仲間に悩みを相談して意見を聞き、試作改良して失敗し、また試作して失敗し、その後10日間悩んでいます。
選択を間違えて失敗としても良い。
それでも考え続けて挑戦することで、"自分の殻"が何だったのかに気づきます。そしてこれまでの常識に囚われない方法で、能力を開花させます。
敵に立ち向かう中で、指輪の騎士同士が互いに影響を及ぼし"自分の殻"を破る。
ここが本作の熱いポイントでもありますが、その中でも好きな言葉があります。
世界に問いかけたら、世界はきっと応えてくれます。自分でもよく思うこととして、他人は案外優しい。
人間というのは1人で悩み始めるとネガティブになってしまって、最後にはネガティブな想像に押し潰されて何もしたくなくなります。
新しいことは不安であるけれど、飛び込んでみると新しい世界が広がるということは、何歳だって同じだと思います。
このマンガの主人公と仲間たちは、戦いの中でそれを見つけていきます。
では自分はどうだっただろう?
そんな気持ちにもなりました。他者も世界も、問いかけられるのを待っています。だから問いかける勇気、それが必要。
本編のあらすじ
"女王"朝比奈さみだれとその従者である"獣の騎士団"の12人が協力して、地球を壊そうとする悪い魔法使いとその手下に立ち向かう。というストーリーです。
あらすじだけ見ると、ありがちで何が面白いのか?となります。
このマンガで描かれるのは、主人公の雨宮夕日の成長物語です。
何度も挫折をして何度も克服するという成功体験をし、自分を知る。他人を知り、自分を知る。大人から見せてもらったカッコいいヒーローのような姿を子供に見せる。そしてまた自分を知る。
手下の泥人形を7〜8体倒した頃に獣の騎士団のメンバーが揃います。この中盤以降ではメンバーの生い立ちや関係性がわかるとともに団の結束力も高まり、終盤の強敵に立ち向かう頃には怒涛の熱い展開が始まります。
朝比奈さみだれと騎士団のメンバーも、味方や敵に影響されて葛藤し"自分の殻"を破る。自分と他者との対立を通じてお互いのことを理解する。
登場人物たちの不器用でひたむきな姿に、何度も感動して泣かせられました。
そして作者である水上先生の最終巻巻末コメントに書いてありましたが、"登場人物の後日談まで書きたい"、とのことで、読後もスッキリした気持ちになるのも素晴らしいです。
今回アニメ化されることで、このマンガについての感想を見るのが楽しみです。
もっとたくさんの人に知られるべきマンガだと思います。
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