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彼女がNTRられ自暴自棄の中行った合コンで出会った美少女に告白されたんですけど...。【1~10話】




【第1話】

「今日はこの後用事あるから」

 なんの用事とは聞けなかった。

 その日は付き合って丁度、2年の記念日だった。
欲しいと言っていたアクセサリーも渡せず、袋を握りしめたまま彼女の家を出た。

 最近は会っても特にすることがないからという理由で会う機会も少なくなった。
仮に会ったとしてもキスしたりとかもなく、もしそういうことをしようとすると、「気持ち悪い」と一蹴された。

 もう恋人としての関係に終わりが近づいていることは分かっていた。
それでも俺の中ではまだ可能性があるかも、なんていう淡い期待を抱いていた。

 でも、それは所詮淡い期待に過ぎなかった。

 舞い落ちる雪が頬に触れる。
いつもより冷たく感じたのは気のせいだろうか?
目から溢れる水が暖かく感じるのは、外が寒いせいだろうか?

 心が体が寒く凍える。
俺はこんなにも好きでいるのに...。

 彼女の家を出て近くのコンビニに寄り、30分ほどして思い直し、もう一度彼女の家に行った。

 ドアノブを回すと、締めていたはずの鍵が空いていた。
この時、全てを悟った。
それでも証拠が欲しくて、信じたくなくて、ほんの少し扉を開けた。

 すると、部屋の中から彼女の今まで聞いたことのない喘ぎ声と、体と体が何度も衝突する音が聞こえる。
玄関には見知らぬ男の靴。

 あの日から彼女とは連絡をとっていない。

 ◇1週間後◇

「和成《かずなり》!頼む!合コンに来てくれ!」

「...いいよ」

「いや、今回はちょっと事情が違ーんだよ!
なんと、あの聖女《せいじょ》学院のミスコン優勝者との合コンなんだよ!!しかも!!3人ともちょー可愛いんだよ!それなのに陽太がドタキャンしたせいでおじゃんになりそうなんだよ!だから頼む!...って!いいの!?」

「...ノリツッコミなげーよ」

「いやてっきり断られると思って。でもマジで全員無理だから助かったよ!あ、お金の心配ならするな!俺がお前の分払うし!プラス学食3回分奢るわ!」

「...そりゃどうも」

 ◇居酒屋前 18:40◇

 啓介《けいすけ》に教えてもらった場所に行くと、既に男の面子は揃っていた。

「あれ?和成じゃん!マジで来たのかよ!この前そんな気分じゃないとか言ってなかった?」と言う純也《じゅんや》。

「えっとー...まぁ...?」

「ま、お前もそろそろ切り替えないとな!女に傷つけられた傷は女で治すのが一番だ!」

「美少女とタダ飲みして、学食まで奢ってもらえるんだろ?最高かよ」

「けど、こういうのはライバルいない方がお前ら的にもラッキーだろ」

「まぁなー!でも、和成だってフリーはフリーだろ?」

「...まぁ」

 少し早めに着いたため、先に中に入っておくことにした。

 ◇19:00◇

 時間ぴったりに女の子たちが入ってきた。

「こんにちはー!」「はじめまして」「...どうも」と、3人の女の子たちが入ってきた。

 噂通り確かに物凄い可愛い子たちばかりだった。

「ごめんなさい!時間ギリギリになっちゃって!」

「いえいえ!全然大丈夫ですよー!」と、開始前からニヤニヤしている啓介と純也《じゅんや》。

 すると、女の子達と目が合ったので俺は俯き加減にペコリと一礼した。

 そうして自己紹介が始まった。

「じゃ、男からだな!俺は篠上《しのがみ》啓介《けいすけ》!新城《しんじょう》大学2年の大学生でーす!趣味は野球とかサッカーとか...バスケとか?スポーツ全般は何でもやるし!見るし!それ以外にも絶賛趣味探してるので、おすすめの趣味があればぜひ教えてください!よろしくお願いします!」とかいう陽キャの啓介。

「「いぇーーーい!!」」と、盛り上がっているのは純也ともう一人の女の子だけ。
他は自分を含めパチパチと手を叩いるだけだった。

「じゃー!次は俺ね!市野咲《いちのさき》 純也《じゅんや》でーす!同じく新城の2年でーす!見た目はチャラい感じだけど、女の子にはすごい一途でーす!バイトはコンビニの夜勤をやってまーす!好きな女の子は明るい女の子でーす!よろしくお願いしますー!」とか言う金髪チャラ男。

「「いぇーい!!!」」

 パチパチとまばらな拍手。

 全員の視線がこっちに集まる。
人見知りだし、こういうの苦手なんだよなぁ...。

「...千羽《せんば》 和成《かずなり》です...。同じく新城の2年です。よろしくお願いします」というインキャな俺。

「「「...いぇーい!!」」」

「こいつシャイなのと、彼女に浮気されて別れたばっかりでまだ立ち直ってないので、この合コンを機にいい女の子を見つけたいらしいでーす!」

「おい!...まぁ...でも...そんな感じです...」

「よろしくねー!」と、ニコッと笑顔を向けられる。
そうして徐に一人の女の子が立ち上がる。

「じゃ、女の子側も自己紹介しようか!私は二ノ宮《にのみや》 理乃《りの》です!聖女の3年です!好きなことは...ゲームです!こんな感じなんですけど、結構インドア派です!好きな男の人なタイプは一途で優しい人です!よろしくお願いします!」

 金髪で髪はぐるぐる巻いており、化粧はやや濃いめ。
いわゆるギャルというやつだろう。
けど、可愛いのは間違いない。

「「いぇーい!!」」

「...柊《ひいらぎ》 千里《ちさと》です。聖女の2年です。理乃先輩とはサークルで知り合いました。今日は無理矢理、理乃先輩に連れて来られました。あんまり男性が得意ではないです。よろしくお願いします」

 黒髪ロングでまさに清楚美少女といった雰囲気だった。
体も華奢でそれでいて胸は大きい。
まさに理想の女の子といった感じだった。

「この子がミスコンの優勝者でーす!本当可愛いよねー!人形みたいだもん!これで彼氏がいたことのない勿体無いよねー!」

「人を好きになったことがないので。ミスコンも賞金目当てに出ただけなので」と、冷たく言い放つ。

「「「...い、いぇーい!!!」」」

 最後の女の子。
見るからに人見知りという感じでおどおどしていた。

「...あ、あの...私は...その...」

「私が代わりに紹介しようか?」

「...お、お願い...理乃ちゃん...」
長めの前髪であまり顔が見えない。
身長が小さくて、可愛らしい女の子。

「この子は美作《みまさか》 結菜《ゆな》!聖女の1年生です!ちなみに私達の接点はサークルです!うちらはみんな旅行サークルに入ってまーす!みんな旅行が大好きでーす!趣味は勉強という変わった女の子です!人見知りで彼氏ができたこともないので、今日の合コンに誘いましたー!初心で可愛いですよー!お買い得です!!この子は未成年だからソフトドリンクしか飲めないけど!てことでよろしくお願いします!」と、そんな感じで合コンが始まった。

 それから王様ゲームとかトランプやったりなど、それなりに盛り上がった。

 けど、正直内心帰りたくて仕方なかった。
自分とは釣り合わない可愛い女の子達。
けれども、どれだけ可愛くても彼女が欲しいという感情は芽生えなかった。

 そうして、最後の最後に一番気になっている人に指を差すという、地獄のゲームが行われた。

 結果、俺に差した女の子は誰もいなかった。

 いや...まぁ、あんな態度だったし?別にいいけど?それでも学食10回分以上のダメージを負った気がした。

 その後、啓介の家で二次会をしようという流れになったが、そこで俺は一人帰ることにした。

「悪い。ちょっと家に帰らないと行けなくて」と、苦い笑顔を浮かべてその場を後にした。

 空気は壊さないようにできるだけ配慮したつもりだった。

 白い息を吐きながら1人歩く。

 駅に向かっている途中で、カップルとすれ違った。
幸せそうな顔で見つめ合い、手を握り合う二人。
俺にもああいう時期があって、できればずっとそうしていたかった。
どれだけ付き合ってもお互いを好きという気持ちは忘れたくない。
ずっと最初のような甘い恋をしていたい。
それってそんなにおかしいだろうか。

 あー。やっぱ行かなきゃよかったなと、「はぁ」と、ため息をつきながら信号を待ちながら、イヤホンを耳に入れようとした瞬間のことだった。

「ねぇ」と、後ろから声をかけられた。

 びっくりしながら振り返るとそこには柊さんが立っていた。
改めて見ると本当に綺麗な人だと思った。
流石はミスコン優勝者。

「...あれ?宅飲みいかなかったんですか?」

「うん。元々お酒そんなに得意じゃないから」

「...そうなんですね」

「...」

 話しかけてきた割に会話はそこで終わった。
なんとなく気まずくなりなんとか会話を振る。

「あっ、家こっち方面なんですか?」

「逆です」

「え?」

「千羽くんを追いかけてきただけだから」

「...なぜ?」

「あの、私の彼氏になってくれませんか?」

「...はい?」

 これが彼女と俺の出会いである。


【第2話  帰ってきた女】
 

「私たち気が合うと思うの。だから...」

 ...だからなんだ?
だから付き合いたいってことなのか?
よく分からない。なんでこんなに可愛い子が俺なんかのことを?

「よく分からないですけど、その...そういうのはよく考えた方がいいと思いますよ。それじゃ」と、信号を渡ろうとすると、腕を掴まられる。

「待って。話はまだ終わってないから」

「ちょっ、危ないですよ...」と、ツルツル滑る歩道の上で腕を引っ張られる。

「とりあえず、飲み直しましょう」と、彼女は居酒屋を指差す。

「お酒...苦手なんですよね?」

「...うん。ダメなら千羽くんの家に連れてって」

「...じゃあ家で」

「家なんだ」

「いや、あの...まあ...恥ずかしながら金欠なんで」

「分かった。私も家の方が都合がいいから」

 その意味はよく分からなかったが、とりあえず一緒に家に帰ることになった。

 歩く時も、地下鉄の中も、なぜかものすごく距離が近い。
相当お酒を飲んでいたし、酔っているだけなのだろうと思った。

 すると、ある瞬間いきなり手を握られた。

 びっくりして思わず手を引っ込めると、「...ごめんなさい」と、謝られた。

「こ、こちらこそ...」

 本当にどういうつもりなのだろうか。

 そうして、俺の家に着いた。
家の前について、ようやく自分の家の悲惨な様子を思い出す。

 鍵を開けて玄関に入ったタイミングで、「あの...散らかってるので少し片付けてもいいですか?」と、伝えた。

「うん」

 とりあえず急いで部屋を片付けた。

 「ふぅ」と、ひと息ついたとき、振り返ると彼女が真後ろに立っていた。

「び、っびっくりしたぁ!!」

「私、お化けじゃないけど」

「あ...ごめんなさい」

「いいけど」

 そういうと彼女は上着をハンガーに掛けると、もぞもぞとコタツの中に入る。

「コタツ気持ちいいね。私も買おうかな」

「は、はぁ...」

 この人本当に何しにきたんだろう。

「あったいからなんだか眠くなってきたぁ...」と、言いながらそのままこたつに入ったまま横になる。

 男の家に来てみたかったとか?
俺は特にそれを気にせず洗濯などしたり、茶碗を洗ったり、家事を一通り済ませると、彼女はいつの間にか寝てしまっていたようだ。
何度か声はかけたが返事はなかった。

 なので、コタツの温度を少し下げて、横になっている彼女に一枚布団をかぶせて、俺はベットで眠りについた。
お酒の効果もあり、すぐに眠りにつくことができた。

 ◇翌朝◇

 何かが自分の体を触る感触で目を覚ます。

 けど、目の前には何もいなかった。
その代わり背後が人の呼吸音が聞こえる。

 振り返るとやはり柊さんが俺の背中に張り付くように眠っていた。
「あの...」と、声をかけると彼女のほうから質問してきた。

「なんであの状況でおっぱいの一つも触らないの?」

「...はい?」

「可愛い女の子あんなに無防備だったら、普通、そういうちょっかいかけるんじゃないの?」

「触らないですよ...。そういうのは彼女としかしないでしょ」

「へー?彼女ならするんだ。ねぇ、なんで別れたの?まだ未練はある?」

 ものすごい鋭利な質問をしてくる。
まだ癒えていないその傷にさらに切り込むように。

「いやぁ...別に...ありませんよ。俺は捨てられるべくして捨てられましただけですから」

「愛が重かったとか?」

「...そうかもしれませんね。あとは価値観の違いかもしれません」

「振られちゃったったんだもんね」

「...まぁ。そうですね」

「ふーん。彼女さんそれは勿体ないことしたねー」

「とりあえず離れてもらえませんから」言うと渋々体から離れた。

「告白の答え。聞いてないんですけど」

「...え?あぁ...うん...自分に柊さんは勿体無いので...」

 そんな話をした瞬間だった。
鍵が開く音がする。
合鍵を持っている人間は他にいない。

 案の定入ってきたのは元カノだった。



【第3話 第3話 始まりがあれば終わりがあり、出会いがあれば別れがある。】


「...誰?」と、呟いたのは部屋に入ってきた元カノの凛奈《りんな》だった。

 そのタイミングの悪さに、あの時のことがフラッシュバックする。

「柊 千里です。聖女の2年です」と、再びコタツに入った彼女はクールにそう言った。

「それで?あなたはなんで和成の家にいるの?」

「それより私は答えたんだから、あなたも名前と千羽くんとの関係性を聞かせてくれるかしら?」

 なんともいえない重い空気が流れる。
1番の関係者である俺が入れない空気が出来上がってしまっていた。

「...私は石神《いしがみ》 凛奈。和成とは恋人関係。それ以外何か聞きたい?」

 ...恋人関係?
俺は別れたつもりだ。
けど、それは単純に連絡を取らなくなっただけで、別れましょうと言ったわけではなかった。

 それでも1週間、俺が連絡しなければ、向こうから連絡もない。これが付き合っている状態なのかと言われれば疑問だが、はっきり別れるとは言ってなかったのは事実だ。
...なんで今日に限って。

「和成。これ浮気ってことでいいの?1週間連絡ないと思ったら。最低だね」と、ため息をつきながらそう言った。

 まぁ、そう言うだろうな。
自分の悪行はバレてないと思っている以上、俺を責めて別れる口実までできたんだ。これほど都合のいいことはない。

 このまま黙っていようとしたその瞬間。

「私を差し置いて浮気とか。何の取り柄もないあんたのこと好きになる人なんてもういないよ。あんたには私しかいないんだから」

 激しい怒りがフツフツと込み上げる。今までそういう小言は聞き流すか、俺が謝る形で終わっていたが、これだけは聞き流すことも、ましてや謝るなんてことはできなかった。

「お前こそ...浮気してただろ」

「は?なにそれ?もうちょっとマシな言い訳考えたら?」

「1週間前...。あの日がなんの日だか覚えてたのかよ」

「1週間前?何もないでしょ」

「...記念日だよ。1年目だって二人で旅行に出かけたのに...」

「まだそんなの気にしてたの?2年も付き合ったらそういうの要らないでしょ」

「別にそれならそれでいいよ。あの日、帰るつもりで出たけど、買ったプレゼントは渡そうって思ってお前の家に行ったら...。ずいぶん気持ちよさそうに喘いでたじゃん。俺とは気持ち悪いとか言って...そういうの避けてたくせに...。もう3ヶ月もしてなかったのにな。今日だってどうせ学校から近いからって理由で、泊まりに来たとかそういうのだろ。もういいだろ...。俺も女の子を家に上げたわけだから凛奈だけを攻める気はない。...俺たち別れよう。もう疲れた」

「ふーん。っそ。じゃ、さようなら。あと、そこの女も和成とどういう関係か知らないけど、どうせ付き合ったら、最後には他の男のところに行っちゃうと思うよ?だって、あんた重いし気持ち悪いから」と、合鍵を地面に叩きつけて出ていった。

 本当に最後まで嫌な女だ。

「...ごめんなさい」と、言いづらそうに柊さんは呟いた。

「...いえ...。すみません。彼女がいるのに合コン行って...」

「でも、千羽くんの中では別れていたんでしょ?なら別にいいと思う。実際別れたわけだし、...理由も理由だと思う。ねぇ、あの子のこと好きだったの?」

「...はい。まぁ...お恥ずかしながら」

「恋は盲目って言うから。仕方ないと思う。けど、私でよければ話聞くよ?」と、ジェスチャーで一緒にコタツに入ろうと誘ってきた。

「...つまらない話ですよ」

 ◇3年前 高校2年 冬◇

「おはよ!千羽くん!」

「おはよう。石神さん」

 俺は友達は決して多い方じゃなかった。
クラスの中でもほとんどいつもの男3人組で連んでいた。
女の子の友達なんていなかった。

 けど、石神さんは男女問わず友達が多く、
俺みたいな冴えない男子にも話しかけてくれた。

 今思い返すと、その頃にはもう好きになっていたんだと思う。
毎日おはようと言ってくれるだけの、それだけの関係の女の子に恋するなんて、人によっては鼻で笑われてしまうかもしれない。

 けど、好きになった。

 でも、好きだからと言って何をできるわけもなく、ただ彼女を見ていることしかできなかった。

 そうして...1年経った。

 いやいやいや...。まじで本当になんもできなかったんですけど...。
3年になると周りは受験モードに切り替わった。それは彼女も例外ではなかった。

 そんなある時。
体操着を忘れて教室に取りに帰った。

 教室には誰もいなかった。
急いで体操着を取ろうと、小走りで机に向かっていると、足が他の人の机にぶつかる。

「いてっ」

 一枚の紙がひらひらと落ちる。

 それを拾うとそこには『風間くん。好きです。付き合ってください』と書いていた。

 風間《かざま》 俊喜《しゅんき》
サッカー部のエースでうちの学校で一番かっこいい人。

 その席は間違いなく石神さんの席だった。

「...」

 言葉は出なかった。
ただ、ひたすらその紙を眺めていた。

 すると、扉が開く音がする。
俺は紙を握りしめたまま視線を上にあげる。
そこにいたのは石神さんだった。

「...千羽...くん?」

 俺も彼女も青ざめた表情をしていた。

「あっ、えっと、つ、机に足が当たって...落ちてきて...」

「...そっか」

 俺は気まずくなり、その紙を彼女の机のうえに置いて、そそくさと立ち去ろうとする。

 彼女のいる扉の反対側から出ようとすると
「待って!」と叫ばれた。

「...相談乗って欲しいの」

「...え?」

 それから何故か放課後彼女の相談に乗る日々が続いた。
男の子はどんな女の子が好きなのか?
どんな髪型が好きなのか?どういう人に魅力を感じるのか?
何をされるとときめくのか?

 けど、モテモテの風間の感覚と、童貞非モテの俺の感覚が一緒なわけもなく、たいしたアドバイスもできないまま、一ヶ月経ったある時のことだった。

『ねぇ...。和成くん今どこにいる?』と、RINEが飛んできた。

『家だよ』

『ちょっと外出られる?』

『うん。大丈夫だけど...』

 そうして近くの公園で会うことになった。

 彼女は普段はしないポニーテールでやってきた。その姿を見て改めてこの子のことが好きだって思った。でも、それが叶わないこともわかってる。

「...どうしたの?」

「ごめんね。こんな時間に」

「ううん。別に。暇だったから」

「はい、これ!缶コーヒー。あったかいよ?」

「あ、ありがとう...」

 そうしてベンチの雪をさっさっと払い二人で座る。

 白い息で自分の手を温める彼女。

「和成くんに報告があって」

「...何?」

「風間くんに告白された」

 ...本当はおめでとうと言うべきなんだろうけど、その言葉がスッと出てこない。
それでも喉から無理矢理それを引き出した。

「...おめで...とう」

「ううん。千羽くんのおかげだよ」

「おかげなんて...。俺は何もできてないよ」

「でもね、断ったんだ」

「...え?なんで...?」

「私、他に好きな人ができちゃったの」

 その言葉を聞いて少し喜んだ自分がいた。
これでまだ彼女に傍にいられるのだと。

「...そ、そうなんだ...」

「ね?この1ヶ月、千羽くんにはたくさん色んなこと教えてもらったよね。どんな仕草にぐっとくるとか...、男子はどういう服が好きとかー。ねぇ、今日の私はどう?」

「え?...まぁいいと...思うよ?」

「そう?ありがとう。和成くんの好きな格好に好きな髪型だもんね」と、言いながら彼女は耳に髪の毛をかけた。

「こういう仕草が好きなんだもんね」

「...うん」

「ね?和成くんは好きな人いるの?」

「えっ、あっ...まぁ...うん」

「そうなんだ。そっかー...。うちのクラスの子?」

「うん...」

「私だったりして?」と、冗談っぽく笑った。

 俺も精一杯の苦笑いで「違うよ...」と言った。

「そうなんだ。残念。...ね?私の好きな人って誰だと思う?回答権は三回まで。当てられなかったら罰ゲーム」

「...え?」

「...五十嵐?」

「ぶっぶー」

「野沢?」

「ぶー」

「...村上」

「ぶーーー。はい、終了ー!じゃあ、罰ゲーム。千羽くんの好きな人教えて?」と、首を傾げながら彼女は言った。

 いいじゃないか振られたって。
きっと、この気持ちを伝えなかったことをいつか後悔する気がする。だから。

「...ほ、本当は...本当は...」
ずっと前から好きだった。だから、相談乗るのだって辛かった。
それでも、どんな形でも君と話すことが出来て嬉しかった。
俺は...俺はずっと前から...。

「ふふっ。そんなに焦らなくても大丈夫だよ?和成くんの好きな人が私ってことはわかってたから」

「...え?」

「だって、私の顔見るだけでいつも顔真っ赤だったし?それに和成くんの友達の間宮くんからも聞いてたし」

「...え?」

「もう一回聞くね?和成くんは好きな人は誰?」

「...俺は...石神さんのことが...す、好きです...」

「ありがとう。私も好きだよ?」

 そうしてキスをした。

 これが12月15日のことだった。

 それからはひたすら楽しい1年だった。
色んなところに旅行に行って、色んな体験をした。(意味深)
俺は幸せだった。勿論それは彼女も同じだと思っていた。
けど、一年過ぎてから徐々に彼女の行動に疑問を持つようになった。

 二人とも同じ大学に進学したが、彼女は旅行サークルとやらに入り、その人たちと遊ぶことが増えた。

「明日何時からにする?」

「ごめん!明日サークルの人との飲み入っちゃって!遊びは今度でもいい?」

「...うん」

 そこに男がいるのか聞きたいけど、聞けなかった。

 そうして遊ぶ機会も減って、会う機会も減って、会ってもほとんど泊まりはしなくなった。
また、泊まったとしてもそういうことは拒否されるか、してもほとんど無反応か、呆れた感じで嫌々している感じになった。
それでも俺は彼女のことが好きだった。
愚かな話だった。

 そうして、2年目の記念日をあの日を迎えた。

◇回想終了◇

「...大体そんな感じです」

 話しているうちにだんだん涙がこぼれそうになり、俯き加減で話していた。

「...っ...!」

 顔を上げると彼女の目には大粒の涙が何粒も、何粒も頬を伝っていた。
クールでカッコいい印象の彼女がそんなふうに涙を流していることに、驚きと一緒に感情が強く揺さぶられる。

「ちょっ...えっ?」

「...だってッっ!...かわいそうでっ...!」

 そんなストレートに可哀想と言われると...、こっちも悲しくなる。

「...ありがとうね...」

 その彼女の姿を見てから間もなく俺も涙が溢れる。
これがもらい涙か。

 そうして二人でわんわんと泣いた。

 それから10分ほど経ってようやく二人とも落ち着いた。

「...」「...」

 二人ともこれから何を話せばいいのか分からず、ちょっとの無言が続く。

「あの「あっ」
二人の言葉が重なる。
それが少しおかしくて二人で笑った。

「千羽くんからどうぞ?」

「えっと...。その...。柊さんはなんで俺と付き合うとか...言ったの?」

「...そうよね。話すべきよね」

「...うん」

 そうして今度は彼女の過去を話し始める。



【第4話 普通という特別】
◇柊 千里の過去◇

 私の家はお金持ちだ。
そして、私は昔から可愛かった。
だから、昔から色んな人にチヤホヤされて育った。

 けど、それは自分が努力で手に入れたものではないのだから、調子に乗るなと自分に言い聞かせていた。
だから、みんなからいろんなことを褒められても「そんなことないよ」と、謙虚に返していた。

 でも、その態度が良くなかったのか、中学の時に完全に孤立した。
出来るやつの「そんなことないよ」という謙遜はただの嫌味に違いなかった。
特に女子からは好きな男子が私のことを好きだからという私にはどうしようもない理由で、無視されたりもあった。
更に胸の成長が他の子より少し早く、男子からはいやらしい目線を向けられた。

 けど、物を隠されたりとか、そういう表立っていじめられていたわけではなかったと思う。
誰も積極的には関わろうとしないといった感じ。

 それでも毎日学校には行かないといけない。
行きたくない気持ちと、行かなければならないという矛盾を抱え続けながら、勉強だけは人一倍頑張って、なんとか中学生活を終えた。

 そして、勉強の甲斐もあり、ここら辺では有名な女子高に入学することができた。

 それからは楽しい日々が続いた。

 男子の取り合いで揉めたりすることもなく、女子の本音を語り合うのが楽しかった。
だから、彼氏なんていらないって本気で思っていた。

 そのままストレートで大学に進学した。
すると、仲の良かった女子たちが合コンなるものに行くようになった。
そうして、徐々に彼氏ができてしまった。
けど、中学の時とは違い、彼氏がいる人のラブラブ話を聞いていると、少しだけ羨ましかった。

 そんなある日、先輩に誘われて初めての合コンに行った。

 それは5対5のコンパだった。

「柊千里です。よろしくお願いします」

 すると、いやらしい目線が一斉にこちらを向く。
「可愛いね」と、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
あの時のことを思い出す。
この人たちは私のことを見ていない。
私の顔を、私の胸を、私の表側しか見ていない。
私の中身を見ようとしていない。

「...」

 それがただただ気持ち悪くて仕方なかった。

 最終的にみんな、私にだけ連絡先を聞いてきた。
その後は他の女の子達とも気まずい空気になり、二度と合コンには行かないと決めた。

 それから1年が経った。

「ね!千里ー!23日暇?」

「理乃先輩。おはようございます。暇ですけど...なんですか?」

「よーし!飲みに行こう!」

「いいですよ」

「じゃー19時からね」

「分かりました」

 そうして数日経った。
待ち合わせ場所に行くとそこには理乃先輩と、一個下の美作ちゃんが来ていた。

「珍しい組み合わせですね」

「うん!今日は合コンだからねー!」

「合コン...。それなら帰ります」

「ちょっちょっと!!もう行くって言っちゃったから!!とりあえず行こっ!」

「...あんまりいい思い出ないので嫌なんですよ」

「大丈夫!今日は楽しいメンバーだから!ね!」

 そういう問題じゃないんだけど...。

 それでもすでに予約を取っているからと言われて、渋々行くことにした。

 けど、そこにいた人は今までの男と変わらなかった。
私に向かっていやらしい笑みを浮かべるだけ。

 けど、1人だけ雰囲気が違う人がいた。
俯きがちであまり表情出すタイプではない感じ。
なんとなく気になってチラチラみていた。
けど、ずっと心ここに在らずというか、わたしたちに興味がない感じだった。
それがむしろ私の興味を引いた。

 そんな感じで終盤に一番タイプの人に指を差すというのが始まった。

 本当は彼に差したかったけれど照れて、他の人を差してしまった。
けど、彼は私を差してくれた。

 でも、それでも彼は私を見ている感じでなかった。

 私の表も裏も見ていない。
そんな人、今までにいなかった。

 指されたのにも関わらず、指さなかったということに、少しだけバツが悪い顔をしたが、それでも彼は優しく少し気まずそうに笑った。
その笑顔が可愛くて堪らなかった。

◇回想終了◇

「...?」

 彼女の過去については分かった。
興味を持ってもらったのはわかるけど...。
それでいきなり付き合うということになるのだろうか?

「えっと...それで...なんで俺と付き合う...って言ったの?」

「うん...。その...この人と話してみたいなって思ったから...。男の人はみんな嫌いだって思ってたけど...。初めて嫌な感じしなかったから...。もしかしたら好きになれるかな...とか...。ここでバイバイしちゃったらもう会えないって思ったし...。だから、友達からとかでもいいと思ったんですけど...。その間に誰かに取られたら嫌だなって思って...仮の彼女でもいいので...とか...思ったんですけど...」と、さっきの修羅場を見た後でこんな頼み事をするのは申し訳ないという感じなのだろう。

「...別に俺だって他の男と変わらないですよ。可愛い女の子居たら見ちゃうし、む、胸だって...見ちゃいますし...」

「いいよ?その...千羽くんになら見られても嫌な感じしないと思うし...?試しに見てみて?」


「えっ...?」

 そう言われて自然と目が胸に向いてしまう。

 すると、チラッと顔を見ると顔が真っ赤になっている。

「やっぱり嫌なんじゃないですか!」

「ち、違うの!は、恥ずかしくて...」

「...な、なるほど...」

 確かに彼女の胸はなかなか豊満である。
多分Eカップぐらいあるだろう。
凛奈は胸は小さめだったからということもあるだろうが、惹かれる部分がある。

「と、とりあえず...別に俺は特別じゃないですから...。俯きがちなのもただ人見知りなだけだけし...」

「じゃあ...付き合ってくれない?」と、涙ぐみながら上目遣いで聞いてくる。

 正直可愛すぎる。
けど、別れたばかりで付き合うっていうのはいいのだろうか。それに彼女は俺のことを過大評価している気がする。
きっと、現実知ればすぐに去ってしまうだろう。

「うーん...。本当に俺...普通の男ですよ」

「私が特別って感じたから」

「...そっか...なら...とりあえず友達からってことで...」

「うん。それでいい...」

 本当にこれで良かったのだろうか?


【第5話 嫌がらせの始まり】

その後は彼女を駅まで送った。

「じゃあ、またね」

「うん。あ、連絡先を教えてくれない?」

「あー、うん」

 そうしてQRコードを交換した。

「次いつ会える?」

「うーん。基本的に暇だけど」

「じゃ、またおうちお邪魔するね」

「俺の家何もなかったでしょ...」

「うーん。でも、すごく落ち着くの」

「変わり者だね」

「そうね。そうかも」

 そうして彼女は手をひらひらさせながら、駅へと消えて行った。

 ◇翌日◇

 いつものように大学に行くと、昨日の二人が来ていないようだった。
さては啓介と純也の奴、酔い潰れたな。

 そんなことを思いながら、1限を受けている時のことだった。
教室に手を繋ぎながら入ってくる男女二人が見える。男は確か1個上の男。
金髪でいかにも頭の悪そうなやつ。
そして、その男と手を繋いでいたのは凛奈だった。

 俺と目が合うとその男に凛奈が何かを耳打ちする。
すると、ものすごい剣幕でこっちにむかってくる。

「お前がストーカーか?」と、いきなりその男に胸ぐらを掴まれる。

「ちょっ、な、なんの話ですか?」

「俺の女に手を出すとはいい度胸だな」

「いやいや俺は...」

 ここで言い訳したところで火に油。
とりあえず謝っておくか。

「...ごめんなさい」

 そう言った瞬間思いっきり頬を殴られる。
すると、小走りで凛奈がやってくる。

「龍くんありがと!本当にこいつ気持ち悪くて」と、俺を見下すように嘲笑うかのようにそう言った。

「二度と凛奈に近づくな」と言うとそのまま二人は教室を後にした。

「...いてっ」と、言いながら席に座る。
周りからはクスクスと笑い声が聞こえる。
なんて惨めなんだろう。
こういう時に限って1人なのが、本当に惨めで仕方なかった。

「いって...」

 3限目を終え、殴られた頬を押さえつつ、昼ご飯を食べようと学食に向かっている時だった。

 見覚えのある後ろ姿があった。
あれは...柊さんだ。

「あのー...」と、声をかけると彼女はニコッと笑った。

「おはよ。千羽くん」

「おはようございます...。今日大学は?」

「今日は休んだ」

「休んで大丈夫なんですか?」

「別に?出席は足りてるから問題ないわ。それでその頬の傷は何?」

「...こ、これは...何でもないです...」

「何でもない...ね...」と、彼女は近づいて柔らかくて細い指が頬の傷に触れる。

「...何でもないですから」

「そう。あなたがそう言うなら分かったわ。お腹が減ったからとりあえず学食に行きましょう」

「...はい」

 こういう時にしつこく事情を聞いて来ない所が、大人っぽくてなんかいいなと思うのであった。

 ◇学食◇

「あの2人は学校来てないみたいね」

「ですね。多分酔い潰れてるのかな」

「まんまと理乃先輩に潰されたようね。さっき理乃先輩から連絡きてたわ」

「そうなんだ。二人とも酒強いと思うけどな...」

「恐らくあの2人は理乃先輩を酔いつぶしていやらしいことでもしようとしてたんでしょうけど、あの人は一人でワインのボトル3.4本開けても平気なひとだから」

「いやー...そこまでゲスではないと思うけど」

「そうね。千羽くんの友達を悪くいうのは違うわね。ごめんなさい」

「いや、別にいいよ。多少ゲスだと思うし。それで?何しにうちの大学来たの?」

「会いに来たの」

「...誰に?」

「千羽くんに。会いたくなったら来たの。そんなにおかしい?」

「...昨日会ったばっかりじゃん」

「何?昨日会ったら今日会っちゃいけないの?」

「いや...そんなことは...」

「ふふっ、ご飯冷めちゃうよ。話は後ね。じゃ、いただきます」と、可愛く手を合わせる。

 そうして美味しそうにカレーとカツ丼の大盛りを平らげる。
いや、その華奢な体のどこにそれが入るんだ?
胸か?胸に全部栄養がいくんだな?

 15分後

「ごちそうさまでした」

「早い...」

「だっておいしいんだもん」

 そんな会話をしている時だった。

「お?君可愛いねー?」と、見知らぬ複数人の男が彼女を囲むように集まる。
確かこいつはさっきのあの金髪とよく連んでる奴らだ。
遠くで凛奈とあの男がニヤニヤしながらこちらを見ている。
本当に嫌な奴らだ。

「あの、柊さん。行こう」と、少し強引に手をひこうとすると、彼女は嫌がるように手を離される。

 一瞬の沈黙。

「...っぷ!!はははははっ!!」
「かっこつけてwww馬鹿みたいwwwやばすぎwww」「調子乗っちゃったのかなぁー!」と、爆笑する男たち。

 その言葉に一気に顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかる。
もうどうしてもいいか分からずにいたところ、彼女が一言放った。

「い、いきなり手を握られたから...!び、びっくりしたの!!//...それに...これぐらいの人達なら問題ないから」

「あ?」

 手を出そうとしてきた男の手を払う。

「悪いけどあなたには何の興味も湧かないわ。」

「てめぇ」

 そうして彼女の乳房に触れようとする男の手を、器用にいなしながら、足をかけて地面に倒す。

「がっはっ!」

「調子に乗ってんじゃねー!」と、もう1人の男が手を出そうとしたところで、それもひらりと華麗な身のこなしで交わしつつ、一気に間合いを詰めて、柔道の技のようにあっさりと投げる。

 その時には周囲の人の目もこちらに向いていた。
そうして、騒ぎを聞きつけたのか警備員らしき人たちがやってくる。

 すると、彼女はぐずぐずやっている俺の手を引いて、そのままエレベーターまで駆け抜け、なんとかエレベーターに乗り込んだ。

「ちょっ...すごいね...」

「柔道と空手と護身術を習っていたから」

「そ、そうなんだ...」

「ごめんね。さっきは。...申し訳ないことしたと思ってる」

「怒ってるわけじゃないけど...ね」

「私からぐいぐいいくのはいいけど、千羽くんからされるのは...その...慣れてないから...。ごめんなさい」

「いや...本当ごめんなさい」

「ううん。私は別に千羽くんが頼り甲斐がある男だから好きになったわけじゃないから。気にしなくていいよ」と、言われたもののそれはあまりフォローになってないような...。

 俺って情けないな。
そう思っていると、それを察してか彼女は嬉しそうに俺の顔を覗き込んだあと、キスをするように顔に近づいたかと思うと、耳元で囁くように言った。

「今日お家行っていい?」

「...//いい...けど...//」

「うん。じゃあ、行っちゃおうか」

 そうして何故か2人で4限目の授業を受けて家に帰ってきた。

 あと少しで家に着くという時だった。
遠目からすぐに異変に気づいた。

 郵便ポストの中に何かが詰め込まれていた。

 それは何かの生物だった。

「...なんでこんなこと...」と、思わずつぶやいた。
けど、彼女は何も言わずに綺麗に掃除を始めた。

 掃除が終わると二人で家の中に入る。

「ごめんね」

「なんで千羽くんが謝るの?何も悪いことしてないじゃない」

「でも、迷惑かけちゃったし...」

「私は気にしてない。それより元カノさん相当頭がおかしいようね」

「...うん」

「さて、どうしようかしら」と、言いながら
コタツの中に入り、ぬくぬくしながら話す彼女が可愛かった。

 けど、これが始まりでしかなかったことを俺たちはまだ知らない。


【第6話 二ノ宮さんは…】

「あったかい...」と、頬をテーブルにくっつけたまま動かなくなる。

「...柊さーん」

「なに?いまぬくぬくしているところなのだけれど」

「えっと...うん。ぬくぬくしてもう2時間経ってるよね?」

「何?時間制限なんてあったの?ここはネカフェなの?」

「いや...ちがうけれども...」

「ふんっ。わたしのぬくぬく時間《タイム》は誰にも邪魔できないのよ」

「そ、そうなんだ...」

 俺も炬燵の中に入り思考を放棄してぬくぬくタイムを満喫することに決めた。

 正直この後どうすればいいかわからない。
凛奈が何を考えているのかわからない。わかりたくもない。
もう関わりたくもないけどゼミは一緒だし、今期に関しては受けている授業ほとんど一緒である。
まぁ月曜以降は啓介も純也もいるだろうし、ああいうことをされることはないと思うけど...。考えるだけで疲れてくる。

「はぁ」とため息をつくと体を起こすことなく、首だけをこちらに向けて柊さんが見上げるように話しかけてくる。

「大学辞めたら?」と言ってくる。

「いやいやいや...そんなに簡単にやめられないよ」

「そう?就職先なら私が紹介してあげる」

「いやいや...。いいよ。どうせ少し経てば飽きると思うし」

「無理しないでね?何かあったらなんでも言って」

「うん」

 その日は何をするわけでもなく、二人とも炬燵の中でぬくぬくし、夕方ごろになると柊さんは帰っていった。

 明日は待ちに待った土曜日。
特にすることもないし映画でも見に行こうと決めた。
たまの休日に一人で映画を見に行くのが俺の数少ない趣味だった。

 ◇翌日◇

 何を見るかは決めずに映画館に向かう。
この何があるかわからないまま映画館に向かうギャンブル感が少し好きだった。

 10時には準備を終えて駅前に向かった。
さすがに土曜日ということもあり、駅前は人で賑わっていた。

 その人混みを潜り抜けて映画館に到着する。

 そうして放映している映画のタイトルが並んだ掲示板を見上げる。
「うーん。何見ようかな」と、少しつぶやいている時だった。

「あれぇー?千羽くんじゃーん!」

 振り返るとそこには二ノ宮さんが立っていた。
相変わらず彼女の服装はギャルっぽかった。

 冬だというのに短いジーンズを履いて、生足が見えている。
その様子は見ているこっちも寒く感じるほどであった。

「あ、二宮さん...」

「おはよ!映画見に来たの?」

「えぇ、まぁ」

「なんの映画見に来たの?一人?」

「いえ、特に何ってわけじゃないですけど。たまに一人で見に行くんです」

「へぇーそうなんだ!奇遇だねー?私も一人で見に行くこと多いんだよね!
あ、そうだ!折角だし一緒に見ない?」

 少しだけ柊さんに悪い気がして、返答に困っていると腕に抱き着いてくる。
「いいじゃーん!いいっじじゃーん!!いこー!!」と、流されるまま券売機に向かう。

 肘に胸が当たっているのに、彼女はそれを気にしていないようだった。
正直俺の意識はほとんど腕に集中していた。
男というのは本当に単純である。

「何がいいかなー?あ、恋愛ものいいねー!もしくはホラーかなー?どっちがいい??」

「どっちかというとホラーですね」

「ほーー!!いいね!じゃあこれにしよう!」と、洋画のチケットに2枚買う。

「あの、お金」

「えー?いいよ気にしないで!私が無理やり誘ったわけだし」

 そうだ。俺金欠だった。ここはおとなしく感謝することにした。
「じゃあお言葉に甘えて...」

「はーい!」と、楽しそうに返事をして映画館の中に入っていった。

 結構話題のホラー映画ということもあり、正直俺はずっとびくびくしていた。
けど、正直少しだけ期待もしていた。
怖いシーンが来た時にまたあの胸の感触が味わえるのではないかと。

 しかし、映画の座席に座ると彼女が腕につかまってくることはなかった。
それどころかどんなに怖いシーンが来ても、彼女はびくともしなかった。
俺はというと、でかい音が出るたびに体がビクンと反応していた。
その様子を見られ、少しだけ二ノ宮さんが笑った。

 そんな感じで何とか2時間を耐え抜き、ようやく映画館を出ることができた。
心臓に悪すぎる。なんだよあの映画!ちょうこえーじゃん!とか思いながらも虚勢をはって怖くなかったオーラを出していた。

「いやー!こわかったねー!ね?」

「ま、まぁまぁ...ですかね?」

「へー?あれより怖い映画見たら千羽くんはどうなっちゃうのかなー?」

「...」

「嘘嘘!w怒んないでよー!ちょっといじりたくなったの!あ、そうだ!連絡先教えてよ!この間連絡先交換する前に千羽くん帰っちゃうしー!」

「あぁ...まぁ...。用事あったので。あの後、啓介たちと飲んだんですか?」

「そう!あの二人と飲んだけどさー、私のこと酔わせようと何杯ものませようとしてきてさ!それで私が酔わないと分かると、結菜にダルがらみするからさー!もう連絡先も消しちゃったー」

「それは...すみませんでした」

「いいよいいよ!別に千羽くんは悪くないし!あ、この後暇?」

「まぁ用事は特にないですけど」

「おっけー!じゃあ買い物付き合って!」

「...まぁ...大丈夫ですけど」

 それからよくわからないまま彼女の買い物に付き合うことになった。

 某店の店の中。
「んー?どっちがいいと思う?」

「いや...そのー...自分はそういうのセンスがないので...」

「直感でいいの!教えて!」

「じゃあ右で...」

「ほほーん?おぬしも中々エロよのう」

「なんでお代官風なしゃべり方なんですか。てか、ブラジャーとか...俺に選ばせないでくださいよ...。店の中にいるだけでも気まずいのに...//」

「だって見せる時っていうのは男の子に見せるわけじゃん?だから女の子の意見聞いても意味ないしー」

「は、はぁ...//」

 だからって普通知り合って間もない男に下着を選ばせるか?

 その後も服やまくら、よくわからないインテリアグッズを購入し、彼女は満足そうにしていた。

「いやー!買った買った!付き合ってくれてありがとうね!あ、ごはんおごるよ!」

「いや、いいですよ」

「えー?本当にいいのー?おいしい焼肉屋さん知ってるんだよー?お夕飯分お金浮くよ?」

「...じゃあ...まぁ...」

「やったー!じゃあ行こう!」

 そのまま焼き肉屋に行ったのだが...。
よくわからないけど高そうな焼肉屋さんに案内された。
おいおいおい...。大学生が行くような店か?これ。

「好きなの頼んでいいよー?」

 もはやメニュー表に値段が書いていない。
ぼったくりバーか?ここは。

 俺がどれにしようか迷っていると、「男なら即断即決しないと。モテないぞー?」とやや煽られ、決まっていないまま店員さんを呼ぶ二ノ宮さん。

「私はこれとこれとこれでー」と手際よく注文する。

「それで千羽くんはどれにするのー?」

「じゃあ、これで...」

「それ以外は」

「じゃあこれも...」

「大学生の男の子がこれで満足なわけないでしょー?」

「じゃあ...これも」

「お願いしますー!」

 その後はおいしいお肉を食べながら、おいしいお酒を飲んだ。
すごく楽しかった。たぶん、久々に心から楽しめたのだと思う。

「いやー!満腹満腹!」と、お店を後にして二人で駅まで歩いていた。

「本当ご馳走様でした」

「いいってことよー!あ...そうだ」というと二ノ宮さんは振り返りながら、耳に髪の毛をかけて「酔っちゃったみたい...」と、あざとい表情を見せてきた。

「二ノ宮さんがそんな簡単に酔うわけないじゃないですか」

「あはっ!ばれた!」と笑った。
その笑顔が少しだけ凛奈と被った気がした。

 そうして駅に着くと俺が持っていた荷物を受け取り、「んじゃ!また今度暇だった遊ぼうねー!」と、走っていなくなった。

 嵐のような人だなとなんとなくそう思った。


【第7話 妹の友達】

 日曜日。
昨日出かけたので今日は家で大人しくしようと思っていた。

 そう思っていると携帯に連絡が入る。

『母さん:父さんが盲腸で帰ってくる』
『俺:え?』

 そう思っていると携帯の充電が切れる。
やべ、充電するの忘れて寝たんだった。

 俺の親父は単身赴任でこっちには住んでいなかった。
その父さんが盲腸。まじかよ。
帰ってくるってことは結構やばい状況なのか?

 よくわからないがとりあえず俺は急いで準備して家を出た。

 久々にJRに乗って地元に戻る。
地元といっても、JR一本で帰れる程度の距離ではあるが。

 雪道をなんとか早歩きで歩き自宅に着いた。

 ピーンポーン

「はーい」

 久々に聞く母さんの声だった。

「ただいま」

「あらー。どうしたの急に帰ってきて?」

「どうしたのって...。父さん大丈夫なの?」と、靴を脱ぎつつ家に入る。

「父さん?何が?」

「いや、盲腸で帰ってくるって」

「何言ってるの?父さんは元気よ」

「え?母さんが盲腸だって言ったんじゃん」

「そんなこと母さん言ってないよー。何言ってんのよもう」

「いや、RINEで言ってたじゃん」

「えー?」と、言いながら携帯を確認する。

「あ...。ごめーん!もうちょっとで帰ってくる打ったつもりだったんだけどねー」
...母さんの機械音痴ぶりをすっかり忘れていた。

「なんだよ。大丈夫なのかよ」

「だからそんなに急いでたの?そもそも盲腸だとしても向こうで手術するでしょー」

「...帰るわ」

「せっかく帰ってきたんだからゆっくりしていきなさいよー」

「いや、別いいよ」

「あれー?お兄ちゃんじゃん。久しぶりー」と、奥から出てきたのは妹の雪《ゆき》だった。

「久しぶり」

「お兄ちゃんはいつ見ても代り映えしないねー」

「会うたびに変わってる兄のほうが嫌だろ」

「確かに?あ、そういえば凛奈ちゃんと別れたんだってー?」

「...それ誰から聞いたんだよ」

「え?結菜から聞いたよ?」

 結菜?誰だそれは?
そう思っていると奥から一人の女の子が出てくる。

「こ...こんにちは...」

「あ、この前の...」

 美作 結菜?だっけか。
そういえば雪は聖女に行ったんだっけ?
まさかの繋がりかよ。

「ご、ごめんなさい...。苗字が一緒だったからもしかしたらとか思ってたんですけど...」

「いや、本当のことだし。大丈夫だよ」

「...」

「お兄ちゃんさー、別れてすぐ合コンに行くとかいつからそんなアゲアゲ系男子になったわけ?しかも未成年を居酒屋にとか...。雪、悲しいよぉ~」

「...別にそういうわけじゃないし。俺だって乗り気だったわけじゃないし」

「乗り気じゃなかった?乗り気じゃなかったから誰にも指を差されなかったっていいたいのかなー?お兄ちゃん。強がりはよせよ。お兄ちゃんは誰にも指をさされない人生なんだよ。いや、後ろ指は差されるのかな?」

「相変わらず口が悪いな」

「顔はいいけどね?」

「そんな話は今していない」

「否定はしないんだ」

 すると、その会話を聞いていた。
美作さんがクスクスと笑い始める。

「ね?言ったでしょ?お兄ちゃん人見知りなだけで中身は結構面白いの!ぜひいじってあげて?」

「余計な事言うな」

「いいじゃんー!どうせ今はフリーなんでしょ!あ!ほら!結菜も年上の彼氏ほしいって言ってたじゃん!ちょうどよくない!!あ、よくないか!お兄ちゃんと結菜じゃ、月とすっぽん、天と地、エビとクラゲぐらい釣り合ってないもんねー」

「いや、エビとクラゲは結構どっこいだろ」

「どこが!!エビはおいしいじゃん!クラゲはきっとまずいじゃん!!」

「いや、それは知らんけど」

「はーい!てことで二人のお見合いターイム!!私はリビングで1時間ぐらいゴロゴロしてるから、私の部屋でどうぞお二人の愛を高めちゃってください!」と、無理やり二人きりにされる。

「...」「...」

 うわー。気まずい。俺ほとんど年下との接点とかなかったし...。何話せばいいんだよ...。

「えっと...、この間は急にかえってごめんなさい...」

「い、いえ!全然...気にしてませんから...」

「...」「...」

「あ、あの...!篠上さんと...市野咲さんに聞いたんですけど...。元...彼女さんに浮気...されちゃったんですよね...」

「うん...。まぁ...ね」

「そう...なんですね...。女の子は...嫌い...になっちゃいましたか?」

「そんなことはないよ。けど...今すぐに彼女っていう気にはなかなかなれないっていうのは...少しあるかも」

「そ、そうでしたか...。と、年が...下の...女の子でも...いいと思いますか?」

「え?まぁ別に気にしたことはないけれど...」

「そ、そうですか...」

「雪とは仲いいの?」

「は、はい!雪ちゃんはかわいいですし...うちの大学でも人気です...。わ、私みたいな地味な女の子とも...仲良くしてくれます」

「そっか。まぁ基本的にアホだけど悪い奴ではないと思うから、仲良くしてくれると嬉しいな」

「...雪ちゃんのこと好きなんですね」

「家族だしな」

「羨ましいです...。雪ちゃんと話しているとよくお兄さんの話が出てくるので」

「それはあんまりいい話ではない気がするけど」

「そうですね笑。愚痴ったりすることも多いですけど...でも、信頼関係がちゃんとしているからこそ...悪口の中にも愛情みたいなものを感じるんです...。私には兄弟がいないので...仲のいい...お兄ちゃんとか...憧れちゃいます...」

 すると、勢いよく扉が開く。そこには仁王立ちをしている雪が立っていた。
「よし!じゃあ、結菜も今日からうちの家族だー!」

「...え?」

「いやほら?結婚したら家族になれるじゃん?」

「けけけけ、結婚なんてっ!!//」と、顔が真っ赤になる結菜ちゃん。

「結婚したとしても兄にはならんだろ」

「今からお母さんに男の子を生んでもらって、その子と結菜が結婚すればお兄ちゃんになれるでしょ!!」

「ものすごいこと言ってる自覚あるか?あと、盗み聞きするぐらいなら最初から部屋にいろよ」

「いやーん!お兄ちゃんは私と結菜ちゃん二人とも食べたいんだってー!いやらしいー!」

「ごめん。さっきの発言取り消すわ。妹とはあんまり仲良くしないほうがいいかも」

 そんなくだらないやり取りをして、その後はゲームしたり、ごはん食べたりでなんだかんだで19:00過ぎまで遊んでいた。

「そろそろ帰るわ」

「えーもう帰んのー?」

「明日は大学あるし」

「さぼればいいのにー」

「さぼるか」

「じゃ、結菜のことちゃんと送ってあげてねー」

「わかってるよ」

「二人きりになったからって襲っちゃだめだよ?」

「俺を何だと思ってるんだよ」

「けだもの」

「...よし。帰ろう」

 そうして、結菜ちゃんと一緒に家をでた。

「家はこのあたりなの?」

「はい...。近所なんです」

「そっか。じゃあ、もしかしたら昔あったことあるかもね」

「そうかもしれませんね」

 そんな感じでなんとなく話しながら、彼女の家の前まで来た。

「それじゃ。妹のことよろしくね」

「あ、あの!!」

「ん?」

「また...、会ってくれますか...?」

「うん。あんまりこっちに帰ってくることはないけどね」

「なら...今度は私が和成さんの家に行ってもいいですか!!」

「別にいいけども...。何もないよ?」

「是非お邪魔したいんです!」と、満面の笑みで笑った。

 そうして連絡先を交換し、その場を後とした。すると、それと同時に携帯の充電が切れた。
やばい。これから帰るのにJRの中で暇潰すことがない。

 でも、改めて考えるとあの時の合コンしたメンバーとこうやって話すことになるなんて...。人生何があるかわからないもんだなと思うのであった。


【第8話 寝起きが弱い柊さん】

 目を開けるとまだ真っ暗だった。
ベットの脇にある携帯をポチッと押すと、辺りが少し明るくなる。
急な明かりに思わず目を窄める。

 AM4:44

 何とも不吉な数字の並び。
よくこういう時間に起きることがある、なんていう人もいるらしいが、それは印象的な数字の並びざ脳に残っているからそう思っているだけらしい。
などと、しょうもない雑学が頭に思い浮かぶ。

「うぅんっ...。千羽くん...。眩しい...」

「あ、ごめん...」と、携帯の電源を切る。

 ...ん?

 恐る恐る携帯とは反対側の方を向くとそこには誰かが寝ていた。

 まだ暗闇に目が慣れず誰かまでは分からない。

 え?何?どういうこと?

 寝起きの頭では状況の整理ができない。

 覚えていることは昨日の夜は確実に鍵を閉めた記憶があるということ。

 勿論冬だから窓を開けているわけもないし、そとそもこの部屋は3階。窓からの侵入もほぼあり得ない。

 いやいやいや...、何よりも怖いのが一緒に寝ているということだ。
なになになになに!?と、パニックに陥っていると、その人がのそのそと起き上がる。

「...お邪魔してますぅ...」

 声は何となく聞き覚えがあるが、トーンというかそういうのが違う気がする。
目を凝らして良く見てみる。

 うっすら見える可愛いもふもふの寝巻き。それが少し乱れて、大きな胸の谷間らしきものが見えてくる。

「...柊さん?」

「うーん...。えー?ほかに誰がいると思ったのぉ〜...」

 いつものハキハキした喋り方ではなく、おっとりとしていて、ものすごく甘い感じの声色になっている。

「いや...柊さんだとしても...何でいるの?どうやって入ったの?」

「合鍵ぃ〜...」

 言われて思い出す。
そういえば凛奈が叩きつけた鍵が探しても見つからなかったことを。

「...何しにきたの?」

「会いたくなったんだもんぅ...」

「いやいやいや!明日学校は?」

「朝イチで起きれば間に合...」と、言い終わる前に眠りにつく柊さんだった...。

 流石にこのままは色々やばい。理性とか、理性とか。

 俺はベットから降りて炬燵の中で横になる。
火事にならないようにかなり弱めに暖房をセットし、もう一度眠りについた。

 ジリリリリリリンンンンンという携帯のアラームが少し遠くから聞こえる。

 あ、そうだ。携帯はベットにあるんだ。
...そうだそうだ。柊さんが来ていて...。

 よく見るとベットには誰もいない。

 ...ん?もしかして俺は夢を見ていたのか?

 ...いやいやいや、夢だとしたらコタツで寝ているのおかしいだろ。
だとしたら俺は夢だと分からずに柊さんがいると思って、一人コタツで寝たってこと?

 夢遊病なんじゃないかそれ?と、不安になりつつアラーム止めに行こうと思い、起き上がろうとした時、違和感に気づく。

 後ろにまた人の気配。
というか、ものすごい密着感を感じる。

 そこにはスースーと寝息をかいている柊さんが俺の背中に張り付くように寝ていた。

 本来一人でもギリギリのコタツに無理やり入ってきているため、かなり密着した状態になっていた。

「...あの...柊さん」

「あさぁ?はやいよぉ...」などと、ムニャムニャ何かを言っている。

 この時、実はものすごい朝は弱いということを知ったのだった。

 とりあえず俺は起き上がり、アラームを止め顔を洗う。
ルーティンのように軽くシャワーを浴び、朝飯を作る。

 しかし、一向に起きる気配がない柊さん。

 仕方ないなと思って、彼女を起こそうとするが、彼女のはだけた寝巻きから、彼女の大きな胸が見える。
思わずそれに見入ってしまうと、彼女がようやく目を覚ます。

「...おはようございます」

「お、おはよう...ございます...」

 すると、亀のようにノソノソとコタツから出てくる。髪の毛は実験が失敗した人みたいにボッサボサになっていた。
なんだかいつもの完璧でスマートでかっこいい印象とは違うギャップに、少しだけ萌えた。

「...シャワー借りていいかしら」

「ど、どうぞ...」

 そのまま欠伸をしながらシャワーを浴びに行く。

 15分ぐらい経った時だった。
何やら脱衣所でドタバタと音が聞こえる。

「あ、あの...せ、千羽くん...私の下着はどこ?」

「え?いや知りませんけど」

「知らないわけないでしょ。だってそこに置いて...」

 指差したのは洗濯籠だった。

「え?そこに入れたんですか?それならさっき回しちゃいましたよ」

「...着替え...持ってきてないのだけれど...」

「...」

「と、とりあえず俺の...着ます?」

「...うん...」

 とのことなので、俺は少し開けた扉からパンツとTシャツとジーパンを彼女に渡す。

「...迷惑かけちゃってごめんなさい」

「別にいいですよ。これぐらい」

「...ちゃんと洗って返すから」

 そう言いながら彼女が脱衣所から出てくる。

 ...今、俺の服とパンツを履いていて...、ノーブラ...なんだよな...と、思うとダメだと思っても思わず視線がそこに向かってしまう。

「む、胸は...//みちゃダメだからね?//」と、お風呂上がりだからかそれとも照れてか、手で胸を隠していた。


「ご、ごめんなさい!」と、謝り目を背ける。
彼女のそんな恥ずかしそうにしている態度を見て、少しだけドキッとしてしまう。

 よく考えるとあんなに可愛い女の子が俺に猛アピールしてくれているなんて...。超ラッキーじゃん。

「そ、その...!洗濯が終わったら速攻乾燥させてアイロンがけするから!」

「えっ!?//私のパンツとブラジャーを千羽くんが!?//」

「あ、いや!確かにそれはおかしいな!」と、俺もだいぶテンパっていた。

「今日は大人しく学校休むから。私に気にせず千羽くんは大学行ってらっしゃい。いろいろ迷惑かけちゃったし、代わりと言ってはあれだけど家のことは私がやっておくから」

「...うん。じゃあ、時間ないからそろそろ行くね。それ、朝ご飯よかったら食べて」

「...ありがとう。優しいね」

「いやいや、これくらい。じゃ」と、言い残し家を飛び出した。あのままあの空間にいたら変な気持ちを抱いてしまいそうだったから。


【第9話 最悪の指令】

 ◇Side 柊千里 日曜日の夜◇

 眠れない日々が続いていた。
彼のことを考えると眠れない。

 ベットの上でゴロゴロしながら携帯を見つめる。
夜8時くらいに連絡したものの全く返事がない。もう寝てしまったのだろうか?けど、いつもなら12時くらいまでは起きているのに。

 なんだかよく分からない不安が体を襲う。
もしかして倒れてるとか?

 嫌なことばかりが頭をよぎる。
そんなことを考えると余計に眠れなくなってくる。
私は決心した。

 ...よし。家に突撃しよう。
そうして彼の家に向かった。

 ただ疲れて眠ってるだけかもしれない。
でも、もしかしたら何かあるのかもしれない。

 向かっている最中も引き返そうか向かおうか悩んでいた。

 けど、気づくと彼の家の前に立っていた。
とりあえずインターホンを押してみる。

 ピーンポーン

 反応はない。

 ピーンポーン

 ピーンポーン

 3回も押したのに...。
もしかして...他の女の子が部屋の中にいて...。もしかして元カノさん...とか?
そういう嫌な予感が頭をよぎる。
けど、もしそうだとしても別に私に責める権利はない。私たちは友達なわけだし...。

 でも、確かめずにはいられなくなり、持っていた合鍵を取り出す。

 これを持っているといつでも会える気がして、咄嗟に持って帰ってしまった...。
すぐに返すつもりだったけど...。

 私は「ごめんなさい」と、呟きながらその合鍵を挿した。

 部屋を開けると真っ暗だった。

 玄関に女物の靴はない。
少しだけ安心して部屋に入っていく。

 そうしてベットを見ると可愛らしい寝顔で寝ている彼の姿があった。
それを見てなんとなく安心した。

 やっぱり好きだ。こんな気持ち初めて。
彼のことを考えるだけで胸が痛くて、会いたくて仕方なくて、好きで好きで好きになってほしい。
その気持ちが抑え切れない。

 私はすぐに持ってきた寝巻きに着替えて、彼のベットに潜り込む。

 そして、彼の背中に張り付くように私の頭を彼の背中にくっつけて眠りにつく。
最近眠れない日々が続いていたのが嘘のようにすぐに眠ることができた。

 気づくと朝になっていて、なぜか私はコタツの中にいた。

 そして、いろいろありながらも彼は急いだ様子で家を飛び出し、ガチャンという音と共に、誰もいなくなった。

 結局、私の壮大な勘違いでしかなく、ただの迷惑でしかなかった。
鍵をこっそり持って帰ったのだって...。
よくよく考えたらただの泥棒じゃん。
それで夜中に押しかけて...。
こんなんじゃ...嫌われちゃう。

 けど、恋愛なんてしたことなくて、初めて誰がを好きになった私にはどうすればいいか分からなかった。

 体育座りしながら落ち込んでいると、ピピーという音が鳴る。
どうやら洗濯が終わったようだ。

 そうして、洗濯物を取り出す。
私のブラジャーとパンツ以外にも、千羽くんの服なども一緒に入っている。

 そんな時、足元にある千羽くんのパンツに目がいく。これは朝まで履いていたやつ...。

 徐にそれを手に取る。

「...すんすん」

 ダメだと思っているのにそれの匂いを嗅ぐ。
なんだかいつもの匂いと少しだけ違う感じがする。でも、私の好きな匂いだった。って!私、本当に変態じゃんッ!!

 とりあえずそれを洗濯機の中に入れた。

 それから彼の家を掃除を始めた。
迷惑かけた分、私のできる限りのことをしてあげよう。
正直、えっちな本が出てこないかなと少しだけ期待していた。まだ出会って日も浅い。
どういう子が好きで、どういう子に興奮するのか。やっぱり元カノのあの人みたいな感じの人が好きなのかな。
そういうのも知りたかったけど、怖くて聞けなかった。
もし、全然自分と違うタイプだったら...。

 けど、携帯電話が普及した時代にそんなものはやっぱりないか...と、諦めている時だった。

「むむむ?」

『家庭教師のお姉さんに...』というタイトルのAVがベットの下から出てきた。
こういうものを初めて見た。

 ふーん。えっちなお姉さん。ふーん?

 ちょっとだけムッとする。
年上が好きなんだ。
いや、他にもあるかもしれない。

 そうして更なる探索をしている時に、何かを発見する。

「...何これ...?」

 よく分からない小さい機械を発見する。

 一定間隔で赤く点滅している謎の機械。

 なんらかの機械番号が書いてあり、なんとなく気になったのでそれを携帯で検索してみた。

「...これって...」

 ◇side 千羽和成◇

「ちゃーす!」と、元気に声をかけてきたのは啓介だった。

「おー。なんか久々に感じるな」

「いやー!合コンは悪かったな!結局、俺も純也も上手くいかなかったから安心しろ!」

「お、おう。それはどんまいだな」

 そんな話をしながらいつものように教室に行くと、啓介と純也と陽太が待っていた。

「おっすー」

「「おっすー」」

 いつものメンバーが集まる。
そしていつも通りくだらない話をしていると、あの人たちが入ってきた。

「でしょー?やばいよねー?」

「それは確かにやべーな」

 またあいつらだ...。
あの2人が入ってきたのを視界の端で捉える。
絡まれないようになるべく視線を外す。

 すると、携帯に一件のメッセージが飛んできた。

『今日暇?』

 それはおよそ2週間ぶりの元彼女からのメールだった。
思わず苦笑いが込み上げる。

 俺は返信せず、携帯を仕舞う。
そうして、授業が始まる。

 すると、ポケットの中で携帯がバイブする。
もう一度メッセージが届く。

 そこには文章は書いておらず、2枚の写真が添付されていた。

 一枚は俺のパンツの匂いを嗅ぐ柊さんの写真だった。

 ...どういうことだ?
いろいろ理解ができない。
どう考えてもこれは今朝の写真だ。
俺の家の脱衣所で撮られた写真。
彼女が着ているのは俺のTシャツにズボン。
そして、彼女が手に持っているのは今朝俺が履いていたパンツで間違いない。

 でも、誰がどうやって撮ったものだ?

 そうして、もう一枚は一糸纏わぬ柊さんの写真だった。
思わず携帯をすぐに閉じる。
これは見ちゃいけないやつだ。
...どうしよう...。どうしよう。
でも、頭からなかなか離れてくれない。

「どうしたよ。真剣な顔して」

「あ、いや、何でもない」

「ふーん」

 流石にこの写真は見せられない。

 そんな中またメッセージが届く。

『この間学食にいた子でしょ?いろいろ調べちゃったー。聖女2年の柊千里。頭も良くて、運動神経も良くて、真面目で、学校内でも結構有名な女の子らしいじゃーん?そんな女の子が彼氏でもない男の家で、男のパンツの匂い嗅いじゃってるとか...。それにスタイルすごいねー。アニメのキャラみたいなボンキュッボン。これで処女とかあり得ないなー。あ、この写真ばら撒いちゃおうかなー?』

 それは流石にまずい。
とりあえずこの写真がどうやって撮られたか後回しだ。

『何が目的なの?』

『今日、和成の家に行く。あの女の前で私たちが付き合うことになったって言って』

「は?」


【第10話 ネゴシエーション】

「安心して。今日は龍は居ないから」

 そんなことをいつもよく来ていたカフェで二人で話していた。

 こうして二人で会うのは随分久しぶりに感じる。

「...凛奈は何がしたいんだよ」

「慈善事業...とか?」と、嫌な笑みを浮かべまる。

 その言葉を理解なんてできなかった。

「...柊さんを巻き込むのは違うだろ。もうやめてくれよ」

「ふーん。あんな女の事庇うんだ。私と付き合ってる時も外でベタベタするの嫌がってたのに。私に見せつけるように他大学の女の子を連れてきて、一緒に授業受けてるとか...。浮気されたのがそんなに傷ついたのか知らないけど、そういうのやめてくんない?キモいんだけど」

「...別にそんなつもりはないけど」

「ま、和成にはそういうつもりないことは知ってるけどね。私と付き合ってる時は毎晩のように私を求めたのに、彼女には一切手を出してないみたいだし?結局、私のことは忘れられないんでしょ。家に行ったら久々にエッチしてあげようか?溜まってんでしょ?」

「...柊さんとそういうことをしないのは付き合ってないからだよ。もう凛奈ともべつにしたくない」

「ふーん?ま、何とでも言えばいいと思うよ。どうせ私の裸見たら勃っちゃうんだから。じゃ、行こう。まだ家に彼女いるんでしょ?あ、携帯貸して?私の携帯充電切れちゃって」

 そうして、俺の家に向かった。
携帯は取り上げられているので、柊さんに連絡することもできなかった。

 どうすることもできないまま家に着いてしまう。

 鍵を開くと彼女の靴が置いてある。

 帰ってくれれば...。と、思ってしまう。

「...柊さん?」と、声をかけると奥から出てくる。

「あら。早かったね」

 俺の後ろにいる彼女を見たが、驚いた様子はなかった。

「ごめんね。柊千里さん。和成から話があるんだって」と、チラッと俺をみる。

 彼女の気持ちを踏み躙る行為。
でも、このままじゃ...。
流石にあの写真がばら撒かれるわけには...。

「俺達...また付き合うことになったんだ...。だから、もう二度と...二度と...」

 そんな中も柊さんはずっと俺を見つめている。

「本当に付き合うの?」

 その真っ直ぐな視線に思わず目を逸らす。

「...う、うん...」

「そう」

「空気読んでよー?早く帰ってくれない?それとも好きな人がちがう女の子としてるの見たいの?処女のくせにいい趣味持ってるじゃん。じゃ、お言葉に甘えて」と、言いながら服を脱ごうとする。

「霰もない姿になるのもいいけど、できれば服着ておいた方がいいわよ」

「...は?何言ってんの?」

「もう少しでここに警察が来るからよ」

「は?」

「盗撮に盗聴は十分に犯罪よ。そんな当たり前のことも知らなかった?」と、彼女の手には二つの機械が握られていた。
よくみると彼女は手袋をしている。

「ここに来たのはこれを回収するためでしょ?」

「は?意味わからないんだけど...。そんなの知らないし」

「そう?けど、千羽くんは何か合点がいったという顔をしてるけど。恐らく、脱衣所にカメラを置いていたってことはお風呂上がりの千羽くんの写真かもしくは私の写真を使って、『これをばら撒かれたくなければ私にああ言え』とかで脅してここまで来たんでしょ?いや、優しい千羽くんのことだからきっと後者なんでしょうね」

「は?意味わからないし」

「...どう見ても言わされてる感じだったの誰でもわかるわよ。それでどうする?今なら私の勘違いってことにもできるけど、認めないなら警察が来たら私は真実を伝えるまでだけど」

「...っち。分かった。画像は消す」

「そう。じゃ、まず携帯出してもらえる?」

「...それは無理」

「無理?そう。じゃ、警察に行くしかないわね」

「まっ、待ってよ。画像は消すって言ってるでしょ」

「ふーん?見られると都合が悪い写真が他にもあるのかしら?」

「べつにそういうわけじゃ...」

 それから押し問答が続いたが、結局凛奈が折れる形となった。
けど、写真を消すのは柊さんではなく俺がすることになった。

「その写真以外見たら殺すから」

「分かってるよ...。べつに他人のスマホ覗く趣味はないよ」

「...他人って」

 そう言いながら写真フォルダを開いた時だった。

 一つのフォルダに目がいく。
『私の大好きな彼氏』と書いていた。
付き合っていた頃の仲の良かった俺たち二人の写真が何百枚も入っていた。

「...これ...消してなかったんだ」と、呟いた。

「!!//余計なのみるなって言ったでしょ!//」

「ご、ごめん」

 そうして、柊さんの写真を消そうとした。
意図的ではないにしろ、彼女の裸の写真が視界に入る。
本当に綺麗な体をしていた。

「これでいいでしょ。それ返して」

「はい」と、大人しく凛奈にそれを返した。

「それで?なんでそんなもの設置してたの?」

「...何でもいいでしょ」

「浮気していないかチェックしていたとか?」

 凛奈はそれに答えることなく家を出ていった。

「...柊さん。ごめんなさい」

「なんで千羽くんが謝るのよ」

「だって俺のせいで...」

 すると、柊さんは少し笑ってこう言った。

「好きな人と一緒にいれるならこれぐらいなんてことはないわ」



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