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尊敬するホースマン

2024年はパリオリンピックが開催され、馬術では初老ジャパン🇯🇵が活躍しましたね‼️
総合馬術での団体銅メダル🥉おめでとうございます㊗️
さて、1932年ロサンゼルスオリンピックでの障害馬術で個人金メダル🥇をとった日本人をご存じですか?

バロン西と呼ばれた、西竹一中尉です(ロサンゼルスオリンピック当時の階級。最終階級は大佐)


破天荒な性格で、愛馬ウラヌス号(品種はアングロノルマン)に乗って車を飛び越えるなどのパフォーマンスを日常的に行っていたそうです🚗🏇💨

CGではありません


また障害飛越においても、アイリッシュボーイ号という馬に乗りなんと210㎝の障害を飛び越えたことがあります。世界でも数例の2メートル越え記録の1人が日本人なのです!現在のオリンピックや国際大会でも大障害は160㎝なので、それを50㎝も上回るとは想像出来ませんね!✨

ただ、バロン西は有名でもそのまわりの人はバロン西ほど知られていません。今回はあと3人ご紹介させていただきます。
残りの3人のなかで知られているとすれば城戸俊三少佐(階級はロサンゼルスオリンピック当時。最終階級は中佐)でしょうか。

城戸少佐もバロン西と同じくロサンゼルスオリンピックに出場。久軍号と共に総合馬術に出場しますが、久軍号は競技馬としては高齢で、クロスカントリーを走行中、馬体に異常を発生してしまいます。無理をして走破させれば入賞は出来ても馬の命が危ないと判断した城戸少佐はあと1つの障害を前に久軍号から降りてしまいます。そんな城戸少佐に久軍号は涙を流しながら謝るように何度も頭を下げて顔をすり寄せたそうです。この話はバロン西の金メダルと同じように美談として語り継がれています。

あとの2人は知らない方も多いかもしれません。
今村安大尉(階級はロサンゼルスオリンピック当時。最終階級は大佐)です。

今村大尉とソンネボーイ号(ハンター種)

この方はロサンゼルスオリンピックでは障害飛越に出場。しかしかなりの難度の障害コースで、各国の人馬も失権や落馬が続出。今村大尉も3反抗からの落馬により失権してしまいました。オリンピックではバロン西のように活躍できませんでしたが、実はバロン西にウラヌス号の購入を勧めたり、当時ウラヌス号を所有していたイタリア軍とやりとりしていたのは今村大尉でした。(バロン西の栄光に今村大尉あり)
また、彼は馬術の為にイタリアに留学したり、世界で身につけた騎乗技術を普及するため多くの論文や本も執筆しています。

中の人も持ってます📕

さらに、当時フランスやドイツの馬術を取り入れていた日本陸軍に、イタリア馬術を普及させようと軍部にかけあい尽力されました。現在の障害馬術では馬の頭頸の高さや飛越に向かうスピード、何歩で踏み切るかなどはライダーがコントロールしますが、イタリア式では手綱もゆとりをもたせスピードや歩幅もある程度馬に任せ、ライダーはついていくことに集中します。こうすることで、馬の飛越姿勢は大きくなり人間がついていくのが大変なのですが、そのぶん自由に飛ぶ馬は負担が減ります。これはスポーツではなく戦争の為に馬を走らせる騎兵にとって、馬の体力を温存させる走法ということで、今村大尉は強く軍部に勧めたのですが、やはりライダーの技量も求められてしまうことにより採用はされませんでした。

最後に中の人が1番好きな…
遊佐幸平大佐(ロサンゼルスオリンピック当時の階級。最終階級は少将)です‼️

日本馬術の父と呼ばれています

この方はロサンゼルスオリンピックでは馬術役員を務められました(選手ではありません)
今まで上げたバロン西、城戸少佐、今村大尉の上官であり、馬場馬術を得意とし、また馬政にも大変貢献された方でもあります。その知識と技能から昭和天皇など皇室の御乗馬を選定、調教したり、論文や著書も数多いです。

これも中の人持ってます📕

日本の近代競馬は、江戸時代末期の開国と共にイギリスから持ち込まれ始まりました。そして日露戦争で日本とロシアの軍馬の違い(大きさ、速さ、従順さ)に危機感を持った日本陸軍が軍用馬の生産と予算の確保の為に競馬に力を入れたため、今でも日本の競馬はおじさんのギャンブル(大衆が馬券を買えるようにしていたため)のイメージなんですね。イギリスはもともと貴族の社交場でもありましたし、王室主催のロイヤルアスコットには厳しいドレスコードがあります。
今はJRAがイメージアップ(ファミリーやカップル向けのさわやかスポーツテーマパーク化)に努めていますが、正直競馬場のファミリーって民度低いというか、低所得者をメイン客層にするのではなくブルジョワに焦点を当てたほうが1人あたりの単価も高くなるし競馬場の治安も良くなると思うんですけどね…個人的にはひらかれた感じより高級路線のステータス感アップさせてほしいんですけどね…(働く者の愚痴)
あ、だいぶ脱線してしまいました。とにかく日本の競馬はもともと軍が絡んでましたので、中山大障害のコース設計も陸軍騎兵学校がやってるんですよ❗️(持久力に富みさまざまな悪路を走破できる優秀な軍用馬の選定)

今は日本に軍隊も騎兵もなく、競馬も乗馬もただのスポーツになりました。
戦争は2度と起きてはいけませんが、馬やライダーの質というのは、私個人的には当時が1番世界に通用したと思います。当たり前に馬がいて、クロスカントリーも毎日やれる環境、街中も馬で歩いて移動。騎兵学校の将校さん達が羨ましいです。今は日本では乗馬クラブに行かないと馬を見れないし、ライダーも馬といる時間が短いです。これでは海外の馬術が強い国(街中に馬がいて、乗馬を誰もが当たり前に行っていて、馬と接する時間が長い)には勝てるわけがありません。
2024年パリ五輪ではもともと「もしメダルがとれるとしたら総合馬術の団体」と言われていました。今後も団体では障害ならともかく馬場はメダルは無理だと思います🇯🇵世界のトップライダーと日本の壁は厚いままです。1番世界に並べた1932年ロサンゼルスオリンピック🥇
2028年のオリンピックはロサンゼルスで開催されます。
バロン西のメダルから、日本の馬術チームは続くことができるのか。4年後が楽しみですね🏇

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