Chapter[8]何を学んだか、卒業生の声



このChapterは長くなりますが
"話すプロ"を目指す方はぜひ読んでください。

私はたくさんの"話すプロ"を育ててきました。

その教え子の生の声が"話すプロ"を目指すみなさんの確かな指標になると思い立ち卒業生の皆さんに、

"実光塾"松城メソッドで学んだことや今の活動状況など送ってくださいと
SNSで呼びかけたら
なんと150名近い卒業生からたくさんの声が届きました。

ごめんなさい。
全てのみなさんのコメントを
掲載する事はできませんが
すべての皆さんのお気持ちに心から感謝いたします。

みなさんの実体験談は、"話すプロ"を目指す皆さんの
指針になることでしょう。

貴重な体験談の中から
何名かのコメントを紹介します。

まず

初めての教え子となった、
"倉ちゃん"(名前は愛称にします)

「40数年前、常識知らず、自分勝手な19歳の子娘が松城先生と出会いました。出会った場所は、クラレ白鷺と言う結婚式場。結婚披露宴の新米司会者で怖いもの知らずの時。

先生の仕事ぶりを拝見するまでの私はMCの仕事に何の誠実さもなく、勢いだけでこなしていました。
何よりも先生はゲストの話をしっかりと聞き取り受け止めて
暖かく素敵なコメントを必ず一言言ってから次の流れへとつなぎます。
びっくりしたのは、会場の景色がその一言で一変することです。
とても感動しました。
それ以来、私もMCの仕事を真剣に頑張ろうと思いました。
話し方のスキルもたくさん教えていただきましたが、特に2点、胸に刻まれた言葉があります。

"目的の明確化"
"点々を線にしていく人間関係"

どんな人生にも生かされる
素晴らしい教えを胸に今も歩んでいます。
先生と私のこれからも、ずっと太い線でつながっています」

彼女の披露宴の司会もさせていただきました。

彼女は非常に経済に長けていて、今は素晴らしい飲食店をイケメンパートナーと数店舗営んでいます。

彼女から経済を学ぶべきだったと悔やんでいる私です。


続いては

''ひとみさん"

自由奔放という言葉が、彼女にはぴったりです。
モデル、タレント、レースクイーン
など華やかな現場で数々活躍してくれました。
しかし、ナレーターモデルと言う原稿を覚えなくてはならない大変な業務も、しっかりと努めてくれました。
インスタにもたくさんアップしているので、名前を出しても大丈夫だと思いますが、皆さん、小坂仁水
シングルマザービューティーアワードオーガナイザーでググってみてください。54歳の見事な水着姿がたくさんアップされています。(笑)
シングルマザービューティーアワードは今年で第4回を迎える素晴らしいコンテストです。
単に美を競うだけでなく、1人で
子供を育てながら、たくましく美しく生きていく女性としての生き方を競うものです。

「私はあまり先生から見ると真面目な生徒じゃなかったと思います。
でも、先生からは本当に大切なことを学ばせてもらいました。
それは株式会社マリン・ザ・ボイスの理念にもなっている
"自己を信じて、やり遂げる力"
"明日を信じて、今日を生きる力"
です。公私に渡りずいぶん辛い時期もありました。いつもこの言葉が私を励ましてくれました」

彼女のこれからがますます面白くなりそうです。


そして

"ももちゃん"

彼女とは本当に永く一緒に活動を続けて、今も大活躍中です。
だから公私に渡り
語り尽くせない想い出や
エピソードがあります。

「初めて事務所に伺ったのは、阪神淡路大震災の年のある日、入室するやいなや『ブライダルのMCコメント喋ってみて』と言われ、緊張maxで喋ったら
『あかんな』と即評価。何故かその後、師匠とうどんを食べに行くことに。(ずいぶんあとから、師匠は
見込み有りと判定したら、うどんを食べに行くとマネージャーから聞きました)
その後
レッスンの見学に行き、ここで学びたいと即断!
あれから30年が経ちました。
話し方のスキルはもちろん、
表現者として、大事な要素を学びました。
どう伝えるか?
どうやったら伝わるか?
きれいに喋るだけでは伝わらない。
独りよがりの喋りはいらん。

師匠は惜しむことなく、あの手この手で、一人ひとりに合わせわかるまで指導してくれました。
漠然としゃべる仕事がしたいと遅ればせながら飛び込んだ世界
いろんなチャンスを与えてくれました。
展示会のナレーター、ラジオ、テレビ、リポーター、ニュースキャスターショッピング番組のモデレーター
司会に至っては式典、イベント、ブライダル、セレモニー、などなど
よそのウグイスとは、一味も二味も違う選挙戦の戦い方も学びました。

《どんな仕事も品をなくしたらあかん。あんたは品がある。》
その言葉を大きな支えにして、今までたくさんの仕事をさせていただくことができました。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

"花野桃"
「そんなキャバ嬢みたいな名前はやめとけ」とアナウンサー界の重鎮、大変お世話になった
故水本貴士さんに言われたのを思い出します。

水本先生、大丈夫ですよ。

どんなジャンルの仕事をしても
1度もクレームを受けた事はありません。彼女の品の良さは絶品なんです。
そして何と世界でも名だたる
超一流ホテルから
"最優秀司会者賞' をいただいたんですよ。


"あだっちゃん"

今も思い出す彼女の言葉
「航空会社の国際線CAをしていても飛行機を降りたらただのおばさんです」

それはそれで素晴らしいキャリアで
身に付けたスキルもたくさんあることでしょう。
それでも大胆にそう言ってのける彼女が非常に面白かったのを覚えています。

「松城先生から学んだ話し方のスキルは数知れず、特に松城メソッドの"切りきらず" と 文末の"上げて止める"は話術の真髄で、徹底的に叩き込んでいただきました。
それにも増して強く教えていただいた事は
話す仕事をすると言う表現者の在り方です。
誰のために、何のために、何を、
どう魅せるか!
また私の英語力を生かしていただき、国際マラソンの通訳や展示会、披露宴等のバイリンガルMCも、たくさんさせていただきました。
今私がメインで行っておりますコーチングや、各研修の仕事も先生のアシスタントとしてオブザーブさせていただき、その基を築かせていただきました。
先生のコーチングで受講生がみるみる成長していく姿を見て
"人は限りなく変われる"
そう確信しました。
私の結婚披露宴の主賓のスピーチをしていただいた事は、私の生涯の宝物です。


"あすかちゃん"

大阪本社から東京支社へ移動したあすかちゃん
彼女は、モデル、MC、ナレーターモデル、テレビ、ラジオなど数々の場面で今も活躍しています。

何より、彼女の素晴らしさは人への想いに溢れているところです。

東京での彼女の披露宴に招かれた
時も、私を主賓としてスピーチの依頼もしてくれました。
やはり話す仕事をして、50年
特に教え子たちの結婚披露宴で祝辞を述べるのは、私の楽しみの1つです。よくわかってくれています。
今は可愛いベイビーも誕生
幸せいっぱいの彼女から
嬉しいメッセージが届きました。


「私が松城社長率いる、マリンザボイスに入ったのは21歳の頃でした。
ボイスとつく名前からもわかるように、まさしく声のプロ集団でした。
当時の私は、社会のことも、礼儀1つ
も知らず、レッスン費の捻出もままならない状況でした。
社長はそんな私に親身に対応してくださり、生活費が稼げるようにいろんな仕事を与えながら育ててくださいました。
レッスンはといいますと非常に厳しく、本当に厳しく
怖い、きついと思いながらも、必死にしがみついていきました。
今思えば、ものになるかどうかもわからないレッスン生に、あれだけのパワーで真剣に向き合ってくれた人は、どんなに探してもいません。
唯一無二の人です。打っても打っても響かない私たちを信じ、営業活動をして現場に出してくださいました。
もっとあの時に社長の努力に応えるべきでしたが、歳を重ねてこそわかるのが人の常です。
人は限りなく変われる
社長がその信念を持って育ててくださったおかげで、今の私がいます。
一生、感謝です。
東京まで披露宴に駆けつけてくださり、娘が誕生して、初めての帰阪時にも、マネージャーと会いに来てくださいました。
誰よりも、パワフルで
人情熱い、大阪のお母さんです。


"熱海ちゃん"

彼女は非常にユニークな女子大生として私の前に現れました。
体験レッスンに来た彼女はしばらくの間何も連絡がなく、ある日卒業間近、もう就職する会社の内定が決まっています。
でも、マリン・ザ・ボイスのレッスンは受けたいです。
レッスンだけでもいいですか?
珍しい不思議な質問でした。
今でも時々不思議ちゃんですが
結局、内定を断り弊社の所属MCとして5年間活動。
そしてある日、しばらくアメリカで勉強をしたいので、少し契約期間よりは早いのですが、行かせてくださいと申し入れがありました。
数年アメリカで勉強をしたり、仕事をしたりして日本に帰国。
しばらくは、日本の一般企業に就職し、少しずつ弊社の仕事も復活、
現在もニュースキャスターやイベント司会などを担当しています。

「片道1時間のレッスンは全く苦痛ではありませんでした。

たくさんの学びを松城先生から頂きました。話すスキルはもちろんですが、たくさんの人々の積み重ねがあって今の自分があること、感謝を忘れない。
オンとオフの切り替えが大事であること。
いろんな研修にアシスタントとして同行させていただき、
自分は表に立つより、他の人が育つことの方が楽しいことに気づかされました。スミスクラブはそういうたくさんの機会をいただいたことから、設立に至っています。
ありがとうございます。


"あんちゃん"

あんちゃんが弊社に来たのはまだ10代だったと思います。
キャンペーンガールやコンパニオンの仕事を中心に活動していました。
非常に素直で、誰からも可愛がられる愛らしい女の子。
でも、残念なことに(事務所にとっては)早く結婚、出産をして、しばらくは遠のいていました。
彼女の結婚式に出席し祝辞を述べたのが昨日のようです。

本当に久しぶりに訪ねてきた彼女は
"話す仕事を" していました。
私と縁のある人は、みんなしゃべる仕事をするようになるのでしょうか?
久しぶりに会った彼女は
昔と変わらぬ愛らしさと
スタイリッシュな大人の面も持ち合わせているようになっていました。
先日の再会ランチパーティーにも参加。実光塾の東岸和田校のチラシ配布をお願いしたら、その日のうちに
いろんなお店に配置してくれていました。結婚も早かったけど、仕事も早いあんちゃんです。イベント、ブライダルの司会はあんちゃんにお任せください。


"めぐちゃん"

彼女もマリンで活動してしばらくは
家庭の都合でお休みしていました。

そしてずいぶん時が経ったある日、またMCのレッスンを受けたいと尋ねてきました。
こういう方が年々増えてきています。
それからの彼女は猛スピード、ドンドンといろんなものにチャレンジをしました。いや
チャレンジをさせたと言うべきでしょうか。
彼女はボートレースが昔から大好きで、いつかその実況してみたいなーとつぶやいた言葉を私は聞き逃しませんでした。
やりたいならやればいいじゃん
次来るときに実際に実況されている女性の方のYouTubeをリライトしてきてとすぐにホームワークを差し上げました。
また、ある日、小坂ひとみのシングルマザービューティーアワード、チャレンジしてみたらと言う話が湧いて
やればいいじゃんと背中を押しました。
なんと彼女は第二回シングルマザービューティーアワードで日本グランプリを取りました。
そして、今年6月琵琶湖ボートレースの実況アナウンサーとしてデビューしました。
"人は限りなく変われる"
私の信念をより強くしてくれためぐちゃんです。

「人は限りなく変われる。松城社長から教わったこの言葉が私の大切な座右の銘になりました。
マリンザボイスに入った時は、全くの素人です。
そこからいろんな活動をさせていただき、今は司会やマナー講師までさせていただいています。
松城社長との出会いがなければ
今の私はありません。
久しぶりに尋ねた私を快く受け入れてくださり、私が想定していた以上の大きな夢を叶えさせてくださいました。
感謝しかありません。
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


"ひさかちゃん"

ビックリが続きます。

ひさかちゃんが20年ぶりに訪ねてくれました。
彼女も結婚出産で遠のいていたのですが、最近マナー講師を依頼されたようで(話す仕事をしていると人前で話し慣れているからとよく頼まれたりします)
何だか深刻に悩んでいました。

「私は1996年ブライダル司会者を
目指し、マリン・ザ・ボイスの門を叩きました。当時、クラレ白鷺と言う結婚式場で、松城先生が演出、司会、ピアノ演奏などなどすべてプロデュースなさっていらっしゃいました。
ブライダル司会者になりたいです。と言う私に、自分の人生に自分で小さなフレームをつけてはいけません。人は限りなく変われるのです。
と、言って
イベントのMC、テレビのリポーター、展示会のナレーターモデルなどいろんな活動をさせていただきました。結婚、出産で長くお会いしてなかったのですが、ある日、マナー講師の依頼が来て、やってはみたものの、大きな壁にぶち当たりました。
マナースキルもきちんと学びたいと思った時、やっぱり松城先生に学びたい。松城先生しかいない。そう思ってネットで検索をし、たどり着くことができました。
久しぶりすぎて、ワクワクドキドキしながら、レッスンルームに入りました。
今マナーを教えることに、全く自信が持てないと言うと

『勘違いの心のブロックを外しなさい。長く司会をして子育てをして一生懸命生きてきたあなたに、マナー講師ができないはずはない。何事も問題を解決するのはブレーンです。あなたはできないと思い込んでいるだけです。できます。』とのご指導に涙が溢れて止まりませんでした。
人の心の琴線に触れる、ドストライクな先生の言葉に
松城先生はやっぱり本物だ。勇気を出してやってきて本当によかった。
心からそう思えました。
私も先生のように、一人ひとりの本質を見抜き、誰かの人生を豊かにできる人間になりたいです。
これからもご指導よろしくお願いします」


"あいさきちゃん"

彼女は非常にアクティブな
行動派です。
この春、熱海ちゃんの結婚披露宴で10数年ぶりの再会をしました。

「本当に久しぶりの再会に感動しました。『他のメンバーにも会いたいわ』とのこと。早速懐かしい数名をを集めて、先生のマンションの38階のスカイラウンジをお借りして、
ランチパーティーを開きました。
それぞれ、道は別れても、
マリンのメンバーはみんなつながっています。

ナレーターモデル、テレビのリポーター、イベント、ブライダルの司会といろんな仕事をさせていただきました。
その中でも、テレビのレギュラーで魔女と言うキャラクターをさせていただいた事は、他のメンバーとは
違う個性を確立できました。
現在は結婚、出産4人の子供の母です。
子育てに追われながらも、自分の世界を追求し、脳疲労改善のサロンを開いています。現代社会のストレスの渦の中で戦う皆様の健康を守りたい。そう心から願っています。


登場させます❗️
一番の不思議ちゃん❗️

"よしみん"

彼女こそ天才かもしれない⁈

おそらく誰よりも永くレッスンを受けています。
今もレッスンを受けています。
アイドルグループ、
とんぼりエンジェルの一員として
お笑い担当をしていた彼女。
スタイルも良く、美人で勉学もできて、ただ少し地球人とはコミュニケーションが取りづらいようです。
初めて、レッスンを受けに来た時
担当した講師は、彼女は異星人ですね。非常に交信がしづらいです。と言っていました。

確かに現場に出すと、必ずクレームが来ました。どうも現代日本では彼女は理解されにくいようです。
だからこそ変えてみたいと言う講師魂が燃え上がりました。
彼女の何が今の日本社会に合わないのか、そこを探ることから始めました。彼女は表現をする事はとても好きなのだけれど、対個人として接することに興味がないことがわかりました。だけど、人に対して何か表現をしたいのなら、人の気持ちを
わかろうとしなければ、本当の表現はできないよと伝え、日々の挨拶、
言葉遣い、その他人と関わる諸々の必要事項を台本にして指導しました。台本になると俄然やる気になる彼女です。今でも自分で作文をしません。私が作り上げた台本は難なくこなします。彼女の脳の中の神経伝達物質が私たちとどう違うのか
頭をかち割って、時々入り込みたくなります。
今は私も取り組んでいる。
"やさしい日本語" の研究を続けています。それはかなり彼女の興味を引くようで、ずっと続けてやっています。TikTokにも紹介しています。
いつまで、彼女とのレッスンが続くのか、神のみぞ知るところであります。私はそんな彼女が大好きです。
できれば、私が生きてる限り、レッスンをしたいものです。


そして素敵なダンサー

田方詩織ちゃん

"詩織"という名前、好きです。
もちろん彼女も大好き。
芯がしっかりあるダンサーさんで今は東京で活躍しています。
旦那さんもダンサーさんで
コカコーラのCMに出演するほどの
実力。
彼女は一番に勘が良くて、何でも
どんどん吸収していきました。
ダンサーなので、話し方はそんなに
勉強の必要性がないかなと思う私に
こんなメッセージを送ってくれました。

「マリン・ザ・ボイスに通っていた頃は、関西が活動拠点で標準語を使う機会は少なかったですが、
上京して、「東京出身?」とよくきかれます。
松城先生は、ナチュラルで身につく標準語を身体に擦り込んでくださいました。
今も感謝の日々です。ありがとうございました。」

わずか半日の選挙街宣活動レッスンで、あんなにパーフェクトに
やってのけたダンサーの詩織ちゃん
これからがますます楽しみです。

続いては

"那波ちゃん"


海遊館でガイドの仕事をしていた彼女が知人の紹介でレッスンにやってきました。

おそらくレッスンの期間は最短の彼女ですが、今もニュースキャスターとして頑張っています。おそらくそれはテレビ局のプロデューサーさんが熱心に育ててくださった賜物です。2年位収録の上でニュースをさせてくださいました。そんな彼女も今ではいろんなイベントやブライダルの司会をするまでに成長しました。今は一人息子のリチュトくんが可愛くて、可愛くてたまらないようです。


最近の生徒さん

"原ちゃん"
お世話になっているプロデューサーさんの紹介でレッスンにやってきた原ちゃん、既にたくさんのイベント司会は自己流でやってきたのだけれど、いろんなことをチャレンジするのが好きな彼女、今ではドローンの飛行操作のコーチングもしています。
今ここに来て、やはりMCの仕事がしたいと決意をした彼女です。
その持ち前の明るさと素直さで、
多くの人の応援を受けています。
基礎からしていないので
気になるところはかなりあるのですが、天性の人を惹きつける魅力が
仕事を引き寄せるようです。
プレバト出演中の世界的スクラッチアーティスト、アカダチアキ先生のトークショー司会や
日ハム応援歌ソング作ったシンガーソングライターのライブ司会など
大活躍‼️
仕事があっても、きちんとしたプロになりたい!そんな彼女の心意気が好きで、レッスンに熱が入ります。

他にもたくさんのMCの方々からコメントをいただきましたが、掲載できずごめんなさい。

また、東京支社では、

芸能界をメインにやっていた時活躍してくれた
モデルのいおりん、駒井ちゃん二人は、関西、関東共に大人気で、今もその美しさはより磨きがかかっています。

特に駒井ちゃんとは、今も撮影会に
同行したり、少し前までは、私のマンションのパーティールームで
まちちゃん手作りメニュー
ファンミーティングを何回も
開催したのは、楽しい想い出です。
いつも来てくださいました、Uちゃん、Sさん、ありがとうございます。また、ニューアイドル発掘の
折はよろしくお願いします(まだやるんかい〜笑)

また、ワイン王子Nさん、毎年毎年10月になると高級ワインを持って訪ねてくださいました。(家族全員10月生まれの我が家)
弊社撮影スタジオオープン時は
撮影用の道具やカウチソファなど、スタジオセットをプレゼントしてくださいました。本当にお世話になり
ありがとうございました。

みなさんとのご縁が私の支えとなり、たくさんのタレントたちを
育てることが出来ました。
ファンの方への感謝を忘れず
みんな、これからも歩んで欲しいです。

そして
カメラマン、MC、モデル、幅広い才能の持ち主、山井ちゃん
からもメッセージが届きました。

「松城社長の講演会で青森出張した時、たくさんお話しする時間を持てたことが
一番の想い出になりました。
その時社長は『あなたは、抜群に絵が上手いから、絵本作家もいけるよね。いつか、絵とストーリーのコラボしたいね』とおっしゃってくださいました。
おかげさまで、"叉乃えみ"という
似顔絵師としても活動しています。
まだ子供達も幼い頃から気にかけてくださり、ある時は、主人と共に
TV番組で有名だった"料理の和の鉄人中村孝明さん"の店にも招いてくださいました。本当にありがとうございます。」

そして、何より力を入れて育てた 松川領佑
大学卒業後弊社に所属
男子タレントです。
ビジュアルも性格も良く
小さい頃から、野球一筋
岡山理大附属高校ではキャプテンをして、甲子園にも行きました。
今年、現時点では、地方大会準決勝まで進んでいるらしいです。

優秀で、オーディションはほとんど
ラストまで残ります。

映画rookiesも厳しいオーディションを勝ち抜き、新人でいきなり
セリフあり、エンドロールにネームアップのデビュー
たくさんの舞台も出演、

私の敬愛する久松真一先生の脚本、宇治川先生の演出
「贋作水滸伝」の彼は決まっていました。

ライブ、CM出演もたくさんさせました。
(本人はしてやったと思ってるかも笑)

歌手としても『今、ここから』で
デビュー、カラオケDAM配信は
今もされています。ぜひ皆さんカラオケに行かれたら『今ここから』を1曲歌ってください。
私の作詞曲で印税が入ります。ただいま印税は385円です。哀れな作詞家救済をお願いします。

今も変わらずイケメンの彼は
人気沸騰中のパーソナルジムオーナーとして、活躍しています。

なんとマネージャー諸君からも、応援メッセージをいただいています。
たくさんのマネージャーがいましたが、内側をしっかり守ってくれた
"かんちゃん"
完璧な仕事振りでした。多才で今は流通会社を経営するご主人と可愛いお嬢さん二人の良きお母さん、
お姉ちゃんのゆのちゃんとは
昨年、CMで共演出来て嬉しかったです。制作会社代表が、元マリン・ザ・ボイス所属のくるみちゃん。
是非社長にと声を掛けてくれました。現場に行くと、別の親子さん
もキャスティングされていて
何とこちらも元マリン所属タレントのママでした。現場は大盛り上がり。また、かんちゃんは
ネイリストとしても一流なんです。

外側を攻めてくれたのは
"ミタカちゃん"
時には、現場のディレクターを任され、リピートが来ます。
何よりスノーボード大好き
アウトドア派の彼女、
仕事になると、私のアバウトさを
暴く、鬼と化します。
彼女がいたから、株式会社マリン・ザ・ボイス有りきで、改名後のアクティブオール株式会社代表とおなりいただきました。(今も怖い!)

経理担当"ともみん"
は、殺気立つ業界で、
一人黙々とパソコンに向かい
事務作業をクリアしてくれました。

などなど、どうもうちは、女性陣が
要でした。

だけど、女の子に人気があったのは
"中川くん"

東京撤退でやむなく退職となった彼は今も私の誕生日には素敵なプレゼントを送ってきてくれます。
昨年は久しぶりに三鷹マネージャーも一緒に呑むことができました。

人と人、繋ぐ心に乾杯🥂


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